「金木犀が香る季節になると君のことを思い出すの。」






The Jack Moves "Make Love"



吉祥寺の鄙びた映画館で3本立ての映画を観た。
客席は銀幕に向かって緩やかな下り坂。
投影機から真っ直ぐ伸びた光の帯は
薄暗い空間を異国の渇いた空気で埋めていた。
映画と映画の間には休み時間が設けられていて
昭和な意匠と忘備のために帳面に録る常連の姿が
ぼんやりとしたやわらかい電灯に照らされていた。
次の映画が始まる合図はベルだったのだろうか。
また空間に闇と静けさが訪れ、
かつては新かった光の礫たちが投じられるのだった。




人生の交差点の中で、人々は何度か交わりまた遠く離れていく。


縁というのは不思議なものだ。
会うはずのない場所で
会うはずのない人と出会う事がある。
全ての人の軌跡を辿れば
見えなかった何かが見えてくるのだろうか。
そこに意味を求めることに意味はあるのか。


宵闇の中、芥川が酔いどれて歩いた道を
ほろ酔いになった2人はぶらりと歩いていた。
もっと知らない路地を往けば良いのに
目抜き通りを選んで他愛もない会話で
ふわふわと続けて宙に浮き上がる時間を満たす。
久しぶりに出会ってもいつも僕らはそんな風だった。
そうして満たされた時間は積み重ねると
晩夏に食べる氷菓のように溶けていき
結局2人の間には何も残りやしないのだ。







金木犀が香る季節になると僕はそんな風に言う君の事を思い出すんだ。






薄暗い部屋で耳を澄ませていると
雨のような湿気った低い香りが鼻の奥に届く。
未明の眠れない時間の1秒1秒は
誰にも邪魔されず海洋底に積もりゆく塵のようだ。
見上げた雨がそうであるように
ひと粒が落ちると思うと続くひと粒も落ちる。
そう。連続はいつも不連続の集合体なのだ。






The Marias "I Don't Know You"



いくつかの純喫茶を想う。
どれもまだ入ったことのない店だ。
きっとドアにはころんころんと低く鳴るベルが付いていて
どうせ近所の常連さんだろうという顔で
店の主人は顔を上げる。
主人は髭を生やしていても良いのに
きっと毎朝小綺麗に髭を剃るような人だ。
注文するものは決まっているのにメニューに目を落とす。
ブレンドを頼むと、こりこりと豆を挽く音が聴こえる。
店の小さな音を聴くのが好きだから
想像の中の喫茶店にテレビはついていない。
そんなことを想っていると空間が香ばしい匂いで満たされる。
目の前に熱い珈琲が乗った受け皿がことんと置かれるのを合図に
頭の中で"煙草はいつもの席で吐く"が流れだす。




匂い菫について。
その時々の想いの花を名詞の意匠に。
なんて素敵なんだろうと思う。
自分の中の香りの引き出しには
いったい幾つの香りが入っているのだろう。
思い出せる香りと思い出せない香り。
匂いをかいだことのある香りと
未だかいだことのない香り。



二十一年振りの京都は
変わっていたのかそうでないのかすらわからない。
夜遅く到着してから一息もつかず
時間をかけて四条河原町へと歩く。
違う言葉の海に飛び込む感覚が好きだ。
記憶を辿って料理するために買い物をした商店街を見つけたが
身を寄せていたアパートはどこにあるのか
全く見当がつかなかった。
切ったにんじんのやわらかさと甘さは覚えているのに。






 


反射光が煌くグラデーションのメタルと燻んだ赤褐色の時間の流れが溶けゆく。


 


 


 


 


 




"Winter Lights" Ovall


 


 


 


 


かき集めた塵のような記憶の断片は


少しずつ風化しているのは誰が見ても確かなのだろうけれど


零れおちた粒の数々はまた心の海の底に溜まって積もるのでしょう。


もう一生訪れることがないかもしれない街を後にする。


大きな街の中心でまとめられた束のような線路は


街のはずれでゆるみ散らばってゆくのが見える。


逆光に海の鳥が飛んでいた。


車窓から空を削る建物の群れはもう見えない。


 


 


 


 


 


 


ジェット音が響いている。


夜に見上げる時はいつも、音の繋がりはどこから始まり


どこで終わるのだろうといくつもの軌跡を想う。


今、自分は繋がる音の中に居て、


広い夜空に限りなく直線に近い音の曲線を引き続けている。


暗くなった機内で青白い光に照らされて


優しい線画に耳を傾ける。


 


 


 


 


 




"線画"ハナレグミ


 


 


 


旅とは、xとy


或いはθとφが直行するグラフのなかを動き回るようなものだ。


メタルと歴史が溶けあうあの街のように


時間と空間が溶けあったたったひとつだけの世界。


たとえ紐の向こう側や、次の世に別の世界が待っているのだとしても


僕らの認知の海の中にはこの素晴らしい世界が一つ広がっているだけ。


いつも美しく生きることなんてできなくてもいいのだ。


僕らが誰かのことを想っているのと同じに


誰かがあなたのことを想っている。