集落では、尚もケイリー率いいる部族部族兵達と、ドイツ騎士団部隊長率いる貴族兵達との戦闘が続いていました。
不意をつかれたように襲いかかられ、狼狽の色を隠せなかった貴族兵達の前に、怒りに燃えたケイリー率いる部族兵達は、最初のうちは一方的に押しまくり、瞬く間に百人あまりを血祭りに上げました。
しかし、次第に落ち着きを取り戻した貴族兵達と、ウェリア人との戦慣れしたドイツ騎士団の騎士達は、体制を整えて反撃を開始し、形成は五分と五分…
更には、数の差と、ケイリー軍は集落の男達をかき集めただけの民兵なのに対し、ドイツ騎士団側は、引率して生きた騎士達も、引率されている欧州諸貴族達も、正規兵であり武将であるだけに、体制は次第に逆転し始めてきました。
そして、何よりも…
「ウワーッ!」
「ギャーッ!」
「グワッ!」
いつの間に、何処からとなく姿を表した、黒い甲冑に肩を鳥の羽飾りに縁どらせた黒いローブ…
「ヴァンピルだ!」
「ヴァンピールだー!」
十字軍に抵抗を続けるウェリア人達からはヴァンピル(吸血鬼)と呼ばれ、自らはアプストリス(使徒)と名乗る、キリスト教を受け入れ、十字軍に忠誠を誓ったウェリア人の兵達が、死神のような長柄の槍鎌をクルクルと振りかざしながら襲い掛かり、集落の兵達を次々と屠っていったのでした。
「怯むな!かかれ!かかれ!」
パパパパパパッ!
パパパパパパッ!
パパパパパパッ!
既に半数以上の兵を失いながら、尚も戦意失せぬケイリーは、二十連発式の弩四丁まで撃ち尽くすと、残り二丁持ち替えて、更に射って射って射ちまくりました。
「ウッ!」
「アウッ!」
「アァーッ!」
ケイリーの前に、眉間や胸を射抜かれたドイツ騎士団兵達が、バタバタと倒れました。
「おのれ!」
「カミーラの魔女め!」
「月色のフレイアめ!」
怒りに任せ、五人のドイツ騎士達が、グレイブを振りかざして襲いかかってきます。
「クワァー!クワァー!クワァーッ!」
巨大な鳥の嘴のような口から、耳をつんざく咆哮をあげ、ケイリーの乗る角竜プァークポポが、忽ち騎士たちを蹴散らし、角で突き殺しました。
その時…
ブンッ!
鈍い音がケイリーの背後を掠めました。
かろうじて身をかわすケイリーの左肩から、純白の肩当てが跳ね飛ばされ、ダラダラと鮮血が流れ落ちてきました。
ケイリーはすかさず振り向くと、二丁の弩を音の方に向けて、射ち放ちました。
パパパパパパッ!
パパパパパパッ!
すると、そこに立つ黒いヴァンピル兵は、長柄の槍鎌を台風の目のようにクルクルと回転させて弩の矢を軽く交わしてしまいました。
更に、両脇から二人のヴァンピル兵が襲い掛かります。
パパパパパパッ!
パパパパパパッ!
ケイリーは、すかさず両腕を交差させて、左右同時に弩を射ち放ちました。
フワッ…
フワッ…
二人のヴァンピリア兵は、羽毛の如き軽やかに中を舞、軽く弩の矢を交わすと、イナズマの如き素早さで、槍鎌で切りつけてきます。
「ハァーッ!」
ケイリーは間一髪、角竜の背中の上で飛び上がってこれを交わすと、すかさず回し蹴りで二人のヴァンピリア兵を蹴飛ばしました。
そして…
パシュッ!
パシュッ!
パシュッ!
ケイリーは、二人のヴァンピリア兵が体制を整える間を与えず弩を放ちました。
「グッ…」
「ウッ…」
ヴァンピリア兵人二人は、忽ち低いうめき声をあげて、その場で倒れました。
しかし…
カチッ・・・
カチッ・・・
再び、最初のヴァンピリア兵が襲い掛かってきた時、ケイリーは遂に最後の二丁の弩も矢がつきた事を悟りました。
ブンッ!
カキンッ!
ケイリーは、ヴァンピル兵が槍鎌を振り下ろすと、美しい銀装飾いが施され、数個のクリスタルが埋め込まれた、純白の鞘と束の長剣を抜いて、交わしました。
フワッ・・・
ヴァンピル兵は、ケイリーの振りかざす剣の切っ先を、また、真綿のような身軽さで舞い上がり、交わします。
ビュン!
ビュン!
ケイリーは、角竜を駆りながら、更に数振り、剣を振り下ろしました。
フワリ・・・
フワリ・・・
ヴァンピル兵は、軽々とかわし続けると・・・
ピューッピューッ
と、口笛を鳴らしながら・・・
サーッ‥
と、空中二メートルほど、浮遊するように飛び上がりました。
その時です。
「コーンッ!コーンッ!キュルキュルキュル!」
凄まじい鳴き声とともに、一頭の竜が空中より姿を現したかと思うと、ヴァンピル兵はその竜にまたがり、ケイリーに襲いかかってきました。
「クワーッ!クワーッ!クワァーッ!」
プァークポポは、ヴァンピリア兵の竜が十五センチもある後ろ足の鉤爪でケイリーに掴みかかろうとすると、すかさず後ろ足立ちをしてこれを防ぎ、角でヴァンピル兵の竜を叩き落としました。
「ヴァンピルの蝙蝠竜か・・・」
大麦の穂のような尾を生やし、五センチの鋭い爪を生やした前足には蝙蝠のような羽をつけ、後ろ足三本の指には十五センチもある鉤爪を生やした、二足だちするヴァンピル兵のまたがる竜は、体制を整えると、まっすぐケイリーではなく、プァークポポに襲いかかってきました。
「クワーッ!クワァーッ!」
「キュルキュルキュルルルルルル…」
角龍と蝙蝠竜が、角と鉤爪で格闘を始めると、ケイリーとヴァンピル兵もまた、跨る竜の上から、剣と槍鎌で切り結び始めました。
「ウワァー!」
「ギャー!」
「ウウゥッ!」
周囲では、既に劣勢に立たされ始めた部族兵達が、新たに姿を表したヴァンピル兵の槍鎌の前に次々と屠られてゆき、確実に数を減らし始めています。
カキン!
カキン!
ガシッ!
カシッ!
左肩に深い切り傷を負わされた状態で戦い続けるケイリーも、出血が酷くなるとともにヴァンピル兵の振りかざす槍鎌をかわすのがやっとになり、後退気味になり始めてきました。
ピュン!
ピュン!
ピュン!
ズブズブズブッ!
更に激しく切りつけるヴァンピル兵の槍鎌を、左肩の激痛と両手のしびれをこらえながら、どうにかケイリーが剣で交わした時、風を切り裂く音が、角竜の鎧のような硬い皮膚を数箇所貫きました。
「クワァーーーーーーーーッ!」
プァークポポは、激しい激痛に凄まじいうめき声をあげます。
「プァークポポ!」
見れば、十本近い大弩の矢が、角竜の至るところに突き刺さっていました。
ビュン!
ビュン!
ビュン!
いつの間にか周囲を囲んでいたドイツ騎士団の兵士達が、更に大弩を射ってきました。
「おのれ!」
ケイリーは空高く舞い上がると、大弩兵の方へ飛びかかってゆきました。
「ワァー!」
「ウワァー!」
「ギャーッ!」
忽ち、十人近い大弩兵が、血しぶきをあげてその場に倒れ伏します。
ケイリーは、更に残り十人の大弩兵にも斬りかかってゆきました。
少し離れた場所では、プァークポポが、無数の矢傷をおわされた上、更にヴァンピルの蝙蝠竜の鉤爪に引き裂かれ、次第に組み付され始めてきました。
「プァークポポッ!」
ズブッ…
大弩兵達をことごとく斬り伏せたケイリーもまた、角竜の名を叫んで駆け寄ろうとした時、肉を貫く鈍い音と同時に、右肩にも激しい激痛を覚えて、剣を落としてその場に膝をつきました。
「ユング・ゲイル、その角竜は生け捕りにせよ。」
ケイリーの右肩をグレイブで貫いた部隊長は、蝙蝠竜から舞い降り、三十センチ近くある槍鎌の刃で角竜の首をかききろうとするヴァンピル兵に命じて言いました。
「神を冒涜する悪魔の生き物は、生きながらに八つ裂きにして火炙りにしてくれようぞ。そして、その前で…」
「させるか!」
ケイリーはすかさず右肩からグレイブを引き抜くと、空高く舞い上がり、すかさず部隊長に蹴りつけました。
部隊長は、そのケイリーの足を、左腕に嵌めた菱形の細長い盾で叩き払うと、地に倒れ伏すケイリーに立ち上がる間も与えず、組み伏せ、押さえつけました。
「この勇ましいカミーラ女王をたっぷり可愛がってくれようぞ。」
尚も抗おうと必死にもがくケイリーを見下ろして、小太りした顔いっぱいに満悦の笑みを浮かべながら、ケイリーの首筋に唇を持ってゆき、ゆっくりとその服の胸を引き裂きにかかりました。
「おのれ!」
ケイリーはすかさず部隊長の耳に噛み付き、ひるむその顔面に肘鉄を食らわせようとすると、また、両肩に凄まじい激痛を覚え、うめき声を上げました。
部隊長は、相変わらずのニヤケ顔で、ケイリーの両肩の傷口を鷲掴みにしたからでした。
「ググググ…」
ケイリーは、あまりに激痛に、次第に意識が遠のくのを覚えました。
「ク…ク…クトラゴン様…」
薄れゆく意識の中。
ケイリーは、思わず今は亡き愛しい人の名を口走った、その時の事…
ズピューッ!
ドスーッ!
すまじい旋風を切り裂くような音とともに、耳を引き裂くような肉を貫く音が下かと思うと、部隊長は三メートル先の大木まで飛ばされ、そのままその幹に釘付けにされました。
見れば、部隊長は背中か胸にかけて、長さ一メートル以上、太さ十センチ以上あろうかと思われる、銛のような鐵の柄の矢が貫かれていました。
「クトラゴン様…」
ケイリーは、我知らずめに涙を浮かべながら、尚も愛しい人の名を口走らせて矢の放たれた方を見つめると、一人の騎馬武者が、更に大弓に矢を番えながら駆けてきました。
「おまえはラドリアのダニール王子!」
「ルスカ帝室の者が、何故ここに!」
驚愕の声をあげるドイツ騎士団の兵士達に、騎馬武者は続けざまに銛のような矢を連射して、射抜きました。
「や…やめてくれ…助けて…」
肩を射抜かれ、地面に釘付けにされたドイツ騎士団の兵士は、重さ十キロ以上あろうかと思われる銛のような矢を引き抜くこともできず、ゆっくりと近づく騎馬武者に、必死に命乞いを始めました。
「どうしてだ…どうして、おまえに殺されなきゃならないんだ…どうして…」
「どうして?どうして殺されなければならないか、分からぬか?」
「助けて…助けて…」
「意味もなく狩り殺された者達も、同じ思いで死んでいったのだ!おまえのように、泣いて命乞いしながらな!」
騎馬武者は、肩に担いだ、刀身二メートル、刃幅二十センチの大剣を抜くと、尚も泣き喚いて命乞いするドイツ騎士団の兵士を一刀のもとに斬り殺すと、ケイリーの方に駆け寄りました。
「ケイリー殿!」
「クトラゴン様…クトラゴン様…」
ケイリーは、ダニールに抱き起こされると、まるで幼い少女のような顔をして、とめどなく頬に涙を流し続けながら、その胸に顔をうずめて、そのまま意識を失いました。
近くでは、ダニールに率いられたカラスニ騎士団の兵士達が、ドイツ騎士団やヴァンピル兵達と凄まじい死闘を演じ始めています。
「ケイリー殿、しばしここで休まれよ…」
ダニールは言うと、赤毛の一角獣にまたがり、重さ二十キロはあろうかと思われる大剣を軽々と構えて、ゆっくりとユング・ゲウンの方に近づいてゆきました。
「異教徒に与する背教者か…」
ユング・ゲウンは、青白い能面のような顔を憎悪と嫌悪感にひきつらせると、再び蝙蝠竜にまたがり、瀕死の角竜を捨て置き、彼もまたゆっくりとダニールの方に近づいて行きます。
「悪しき教えと慣習に汚れし邪教徒どもを駆除するは、主に与えられし神聖なる努め。東の異端者とは言え、キリストに清められしものでありながら、邪魔するとは許せぬ…」
ユング・ゲウンが低いを怒りに引きつらせて言うと、
二メートル半をゆうにこす長柄の槍鎌の切っ先をダニールに向けました。
「生きながらに生皮剥いで、釜茹でにしてくれようぞ…」
「黙れ外道…貴様こそ、鳥獣の如く狩り殺された罪なき人々になり代わり、地獄に落としてくれる。」
ダニールも又、怒りに震える声で言うと、大剣を頭上袈裟懸けの構えを取りました。
「斬竜剣…」
ズシン…
ズシン…
ズシン…
ユング・ゲウンは、ゆっくりと蝙蝠竜の歩をすすめて近づいてきます。
「波斬り!」
ダニールが凄まじい声で叫ぶのを合図に、双方共に、跨る獣を疾駆させました。
次の刹那…
バサバサバサーッ!
蝙蝠竜が前足の翼を広げて舞い上がり、まっすぐ鋭い鉤爪の後ろ足でダニールに掴みかかろうとしました。
すると…
ズバーーーーーーーッ!
凄まじい肉を切り裂く音と同時に、どす黒い血が洪水の雨の如く大地に降り注がれたかと思うと、斜め水平に首を切り落とされた蝙蝠竜が、大地にドスンッ!と音を立てて転落しました。
ブンッ!
ダニールは、大剣を横でひとふりして、へばりついた竜の血を落とすと、再び身構えました。
「キェーッ!」
「キェーッ!」
「キュララララーーーーーッ!」
左右からは、別のヴァンピール兵が、十人程斬りかかってきました。
ヒュンヒュンヒュン!
スパスパスパーッ!
ダニールは、軽く槍鎌の攻撃を交わすと、大剣を数振りして、瞬く間にヴァンピール兵達を切り殺しました。
ユング・ゲウンは、味方の兵士達を切り殺した後の一瞬の虚をついて、ダニールが跨る一角獣の足を狙って槍鎌を横になぎ払いました。
一角獣は、これを軽く飛び交わすと、円錐形の角をユング・ゲウンに突きつけました。
ユング・ゲウンは、フワリと真綿のような身軽さで舞い上がり、これを交わします。
ガキン!
ガキン!
ガシッ!ガシッ!ガシッ!
ダニールとユング・ゲウンの凄まじい斬り合いが始まりました。
周囲からは、新手のヴァンピール兵がダニールに襲い掛かり、ダニールは彼らを舞でも舞うように大剣を凪いで切り殺しながら、ユング・ゲウンに更に切りつけてゆきました。
ユング・ゲウンも、台風の目のようにクルクルと凄まじい速さで槍鎌を回転させて、左右から斬りかかってくるカラスニ兵を切り殺しながら、猛烈にダニールに切りつけてゆきます。
勝負が付く目処は全く立たないままに、双方の斬り合いは延々と続けられてゆきました。
「キュララララーーーーーッ!」
「ターーーーーァ!」
凄まじい勢いで突きつけられた槍鎌を、一角獣の上で飛び上がって交わすと、ダニールはそのままユング・ゲウンに飛び蹴りを食らわせました。
遥か数メートル飛ばされたユング・ゲウンは、飛ばされながら空中一回転して着地すると、すかさず体制を整えて、槍鎌を身構えました。
ダニールも又、腰を低く構え、頭上水平に大剣をかまえます。
すると、その時でした。
「ラーラーラーパルララララーーーーーッ!」
「アィーアィーラララrタララーーーーーッ!」
何処からとなく、凄まじい喊声が聞こえてきたかと思うと…
ドドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーッ!
ドドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーッ!
地を揺れ動かすような無数の大型獣の駆けてくる音が、一面に鳴り響いてきました。
やがて…
「ウギャー!」
「ウワァァァァーーー!」
「アァァァァァーーーーー!」
三本角の角竜に跨るクラシアの軍勢と、一本角の角竜に跨るカミーラ兵、一本角に冠のような無数の刺型の装飾のついた角竜に跨るウナスの軍勢が姿を現し、次々とドイツ騎士団兵や欧州諸貴族兵達を切り殺し、竜の足の下敷きにして殺し始めました。
「ダニール殿!ご無事ですか!」
ダニールとユング・ゲウンが死闘を演じるところに駆けつけてきたのは、ユン・ハークです。
ユン・ハークは、刃渡り一・五メートル、刃幅三十センチ、重さ三十キロはあろうかと思われるグレイブを片手でクルクル回しながら、襲いかかるヴァンピール兵達を次々と切り伏せてゆきました。
やがて…
「ダニール殿!」
ユン・ハークは、ダニールの姿を見出すと、ユング・ゲウンにグレイブを振りかざしました。
ユング・ゲウンは、軽々とこれを交わすと、新たな敵に槍鎌を構えました。
「神父様!神父様!」
そこへ、数人のヴァンピール兵が、ユング・ゲウンの馬を連れてやってきました。
「神父様、これに乗ってお退きださい!」
みれば、ドイツ騎士団も欧州諸貴族兵達も、殆ど皆殺され尽くされ、ことごとく逃げ失せてしまい、まだ戦っているのは、自身と配下のヴァンピール兵達だけでした。
「フッ…血を見たいだけの狂人共め…」
ユング・ゲウンは、大軍を前に、尻尾をまいて逃げ出した者達に吐き捨てるように言うよ、配下の連れてきた馬に飛び乗りました。
「そう言って、お前も逃げる気か…」
ダニールが大剣を身構えたまま言うと、ユング・ゲウンは軽く一瞥しただけで何も答えず、駆けつけた配下達に足止めを命じる合図を送ると、未だ戦い続ける配下達を置き去りに、そのまま立ち去ってゆきました。
やがて…
全ての戦闘が集結した部族の集落には、累々たる屍と、焼かれた畑や破壊された家屋だけが残されました。
辺りには、傷ついた者達の呻吟と、家族や友を失った者達の慟哭のこだまが響き渡っています。
ウナス王ユノーは、部族民の被害状況をつぶさに調べながら、率いてきた兵達や部族の長老達に、生き残った者達を救済するべく指示を出していました。
「ユン・ハーク殿…クトラゴン様は…クトラゴン様は…」
ユンハークの腕の中で漸く意識を取り戻したケイリーは、まだ夢と現実の見分けがつかぬのか、うなされるように言いました。
「ユンハーク殿、来てくださったの…クトラゴン様が、私を助けに、私を助けに…」
「そうか…」
「ねえ、何処?クトラゴン様はどこにいらっしゃるの?」
ケイリーが、朧な意識の中で必死に愛する人の姿を探して伸ばす手を、優しく握って頬ずりしたのは、しかし、愛する人ではなく、ジヨナでした。
「ケイリー姉さま、大丈夫ですわ。大丈夫…クトラゴン様は何処にもゆかれてらっしゃらなくてよ。集落の残された人達の為に忙しくはたらてらっしゃいますわ。側にちゃんといらっしゃるから、安心して。」
ジヨナが涙をボロボロこぼして言うと…
「そうですとも、クトラゴン様がどうしてケイリー様を一人残して行かれるものですか。」
ルアンも、コブと痘痕だらけの醜い顔をクシャクシャにして泣きじゃくりながら、言いました。
「ダニール殿…」
ユノーは、子供や孫を全て殺されてしまったという老婆を慰めつつ、彼女の当面の救済措置を集落の長老に命じると、ふと、少し離れた場所にしゃがみ込むダニールの姿を見つけました。
「ダニール殿、この度はなんと御礼申し上げて良いか…それと、この前のご無礼を…」
ダニールは、何も答えず、胸に抱く一人の少年の言葉に耳を傾けていました。
「みんなは…みんなは何処…無事なの…」
全身、剣で切り裂かれ、槍でつかれ、血まみれの少年は、虫の息をしながら、最後の力を振り絞って言いました。
「大丈夫、みんな無事だ。」
ダニールが、溢れ出る涙をこらえながら、笑顔で答えると、かつてどのような顔をしていたかもわからぬ程に切り傷だらけの顔に満面の笑みを浮かべました。
「僕…必死で戦ったんだよ…みんなを守ったんだよ…僕…僕…」
「わかっている…」
ダニールは、無数の幼い子供たちの屍に囲まれて倒れている少年を見出した時の事を思い出しながら、答えました。
「おまえは勇敢だな…」
この集落でガキ大将だった少年は、遊び友達だった幼い子供達を守って、必死に戦おうとしました。
そんな少年を、面白半分に剣で切りつけ、槍で刺しまくるドイツ騎士団兵や欧州諸貴族兵達に必死で立ち向かって行き、既に皆殺しにされている友達を守ろうと、最後まで握る剣を離さぬままに倒れていたのでした。
「僕、戦士になるんだ…みんな守る為に、戦士になるんだ…」
「もう立派な戦士だ、部族が誇る勇者だよ。」
ダニールは、最早こらえきれぬというように、涙をあふれさせながら震える声で言うと、少年はもう一度満面の笑みをこぼして、息絶えてゆきました。
「ウウウゥ…アアアア・・・」
ダニールは、少年をグッと強く抱きしめて、嗚咽しました。
「ダニール殿…」
「これが…これが…人間狩りなのか…」
ダニールは、ユノーの方を向くと、更に涙をあふれさせて言いました。
「こんな真似を奴らは繰り返してきたのか…そして、我が国は、こんな…古い同盟国がこんな仕打ちを受けるのを、見過ごしてきたというのか…」
ユノーは、どう答えて良いか分からぬと言うように、ただただ頭を振り続けると、ダニールは少年を更に更に強く抱きしめて、「ワァーッ!」と大声をあげて、こらえにこらえてきたものを吐き出すように号泣しました。
すると、それまで、それぞれの家族や友人達の死に慟哭し、自らの傷に呻吟の声を上げていた集落の人々は、一斉にダニールの方を振り向きました。
皆が、それぞれの悲しみや痛みを一瞬忘れさせるほどに、激しい声でダニールが号泣したからでした。
「ダニール様!」
ジヨナは、思わずダニールの方へ駆けてゆこうとすると、父であるユ・ンハークが止めました。
「お父様…」
ジヨナは、両頬を涙で濡らしながら、父の顔を見上げると、ユン・ハークは何も言わず静かにうなずきました。
やがて…
長かった一日が終を告げ、夜の帳があたりを包み始めた頃。
ダニールの号泣だけが、その日一日の惨劇を物語るようにあたりにこだまし続けました。
