皆さんこんばんは。

今日は(^-^)

在宅医療が日本を変えるという、

(*´ー`*) 本を読んでみました・・

苦しみの構造とはその人の客観的状況と、
主観的な想い、願い、価値観のズレが生じる、とする。

例えば、その人の客観的状況として、末期癌があって、なかなか治療が難しいというような、患者の客観的状況がある。

主観的な想い、願い、価値観 としては、癌が治って、
また元のように職場復帰したいという、患者の主観的な想い願い、価値観がある。

この場合、末期癌であるだけに(客観的状況が改善できず)、1と2のズレは大きく、そのズレが大きいほど、その人の苦しみは大きくなる。

この苦しみを取る方法というかアプローチには2つの方法があると先生は書いておられます。

1つの方法は、手術や薬によって末期癌の現状を打開することだと。生きると言う事の現状回復。キュア

2つ目の方法は、客観的状況の修正   キュアが困難な
場合でも主観的な想い、願い、価値観が客観的に沿うように変わるのを支援していくことで、苦しみを和らげる方法をアプローチする。 ケア

例えば末期癌であっても、今すぐ死ぬわけではないので、残された命を楽しもう、という感じで、その人の考え方が変わることを支援するアプローチがある。変わるのは患者自身だから、

What can not be cured mustbe cared 

キュア出来ないの時は、ケアで対応すべき
ということです。

キュアと、ケア

どちらも大事で。
どちらも、正しいのでしょう、

ただ、わたし的に思う事なんですが、

キュアは、どちらかといえば家族の為のもの
家族を失いたくないというような、
切ない 想いに答えようとするもの
と思っています。



    もう、家に帰りたい。頼むから、
       おまえ、私を家に連れて帰ってくれない?
             
        家で死にたいのに、死ねないと涙を流す

 
  病院に入院していた祖母が、わたしに
  言った 言葉です。が、

   例えば、あなたの親なら、どうします?


わたし?

ただ、手を握って、祖母にばーちゃん
来たよ ばーちゃんとたわいもない言葉を
かけるだけでした。


何度目かのお見舞いの後に、輸血の点滴を
引っこ抜いて、ベッドから落ちて
祖母が亡くなりました。

   てん    くりっ しっちゃえて、あの世に逝くわ
                                            

家で叔母に介護されてるときから、
わたしに言っていたから、

自分で、逝ったのかも知れません。

100歳近く生きて、

なかなか、死なんない、
いつでも、迎えが来たら逝くのにね〜。
生きているのも、しんどいよ


あいたよー、あいたよー、もう、
どこが、痛かかしれんない!

悲しそうに
苦笑いをする祖母をみていました。

今頃は、鬼と相撲をとってるかも、
知れないし、

生前の行いを閻魔様に認められ
天国へ昇格しているかもしれません。

ばーちゃん、あの世ってあるの?
ばーちゃんは、笑って  こう、言いました。

なかよ!

死んだらなーんもない。真っ暗
終わり    なんにも、ない!
と言っていましたが、

ばーちゃんは、わたしの中に生きている。
墓参りにいかなきゃなー。笑
先祖は大事にするように、言われて

いたんでした。    反省d( ̄  ̄)


で、本によると、

本では患者と援助者の関係性の力関わり際によって患者の思いとかそういうものに寄り添う形で変わっていくことを支援する対人援助法がケアであると書かれています。

ケアという言葉の中には関係性とか世話を焼くとか気遣うなどの概念を包括する理論的なものである。と、


 📎例えば何かしらの病気があっても、今すぐ死ぬわけではないので、残された命を楽しもうと言う感じで、その人の考え方 主観 が変わることを支援するアプローチを行う。それには患者と援助者との信頼関係が必要条件となる。

人の顔がやっているように見えるだまし絵をご存じだろうか。

黒いほうに注目をすると向き合った人の顔に見えるが
白いほうに注目をするとそれは白い杯 トロフィーに
見える。

これを見ればわかるように同じものを見ていても、意識の志向性を変化させる 、見方を変えると全く別なものが現れてきます。

観客を主観に即した形で変える対人援助がキュアであり、
変えられない観客に対して、主観が変えられない観客を受容できるように、関わり支えていく対人関係方法がケアであります。

著作権あるので、怒られちゃいそうだ 笑


言葉が難しいけれど、
何となくわかる気がします。

死に目を向けないで、少しズラす、

目線をそらした先の花を愛でる

朝日を拝む、お風呂を楽しむ、

古いアルバムを開いてもよし、

人との毎日のささいな会話を大事にしたい。

つながるうさぎつながるピスケ       では、又ね!