妊娠検査薬で陽性が出た次の日、
親には「心療内科に行ってそのまま仕事に行く」とウソをつき、
朝一番で産婦人科を受診した。
問診表には「妊娠検査薬 陽性。中絶の相談。」と書いた。
受付をして待っていると、看護師さんに呼び出された。
ベテランっぽい人だな、と思った。
廊下の突き当たり、他の人たちから少し離れたところにあるテーブルに向かい合わせで座った。
問診表に書いた症状について確認され、
看「妊娠の症状ですね。」
私「はぁ…(やっぱり?…)」
看「『中絶の相談』ってあるけど、相手は何て言ってるの?」
私「私は堕ろすつもりです。彼は、私がどちらの判断をしたとしても賛成すると言ってくれています。」
看「産むことはできないの?」
私「…彼との交際自体、親に反対されているんです。
もともと頭の固いうちの親のことですから、順番を違えたとなれば許さないと思います。
とても親には妊娠のことは言えません…。」
そんなやりとりをして、また待合に戻された。
最後の方は泣きながら話していたので、歩きながら他の人たちの目線が刺さった。
幸せな妊婦も多い中、私のように負のオーラをまとった存在は異質だろう。
予約も何もしておらず初診だったため、2時間半以上は待ったと思う。
中待合に呼ばれるものだと思いきや、いきなり診察室へ呼ばれた。
医師は意外にも若い女性だった。
先ほどの看護師と同じようなやりとりをしたあと、
検査台へ移され、足をひろげたまま上へと上げられた。
機械が身体の中へ入ってきて、
医「右側の画面見てくださいねー。」
と言われ、顔を向けてみると子宮内の画像が映っていた。
やめて…見たくない…これから堕ろす子なのに…。
医「妊娠ですね。」
私「そうですか…。」
医「正常な妊娠です。これが頭で、これが体ですね。」
言われてみれば、ダルマのように、丸みがふたつ見える。
ほんとにいるんだ…。
「心拍ですね。140くらいです。」
トクトクトクトク…と、心臓が打っている音が聞こえた。
もう心臓動いてるんだ…当たり前か…。
思ったより速い鼓動だった。
その音を聞きながら泣きそうになる。
いま私のお腹の中で生きているこの子を、私は堕ろすのか…。
検査台から降ろされ、再び医師のもとへ。
中絶のリスクと流れについて説明を受ける。
説明についてはあまり頭に入らなかった。
これからどうする…?頭の中で巡るのは今後の不安ばかりだった。
説明の中で気にかかったのは、
中絶の手術の前日には入院が必要だということだった。
聞くとこの病院は平日しか手術を行っていないそうで、
どうしても平日に病院に泊まらなくてはいけなくなる。
親にどう説明する?
まだ私の意志が固まっていないため、
手術日ははっきりと決めないまま、
次回の手術前検診の予約だけして今回の診察は終わった。
エコー写真はいるかと聞かれ、
迷ったが、情を持ってしまっては堕ろせなくなると思い、断った。
診察室を出たところで、また別の看護師が声を掛けてきた。
看「大丈夫?本当に(中絶で)いいの?」
私「………。」
看「画像見て、気持ちが揺らいでるんじゃないかと思って。」
私「はい…。」
看「もうちょっと時間あるから、お相手としっかり話して。」
看「写真も本当にいらない?」
私「はい、いりません…」
私の気持ちはもう固まってるんだ…。
そう思っていたはずなのに。
病院を出てすぐ、彼に電話を掛けた。
彼「どうだった?」
私「やっぱり妊娠だったよ…。」
彼「(赤ちゃんは)どんな感じだった?」
私「……うっ、……うわぁーーーん」
自分のお腹の中の小さな小さな命と、しっかりとした鼓動を思い出して
泣きださずにはいられなかった。
病院の駐車場を歩きながら、周りに人もいたが声をあげて泣いた。
自分が今からしようとしていることの罪深さに絶望した。
彼「落ち着いて…。」
とりあえず車に乗り込み、彼と今後について話をした気がするが、
どんな話をしたか覚えていない。
彼も仕事の休憩時間だったためあまりじっくりと話をすることができず、
また夕方に電話しようということでその場は終わった。
それから私は異常なほど冷静だったかもしれない。
車の中から先ほどの産婦人科へ電話し、土曜日に中絶手術を行ってくれる病院の紹介を依頼した。
土曜日なら、金曜日に仕事を休んで外泊しても親にあまり怪しまれないだろう。
2件ほど中絶手術を行っている病院を紹介されたが、
土曜日に行っているかどうかまでは分からないという。
自分で電話をしてみると、1件目は土曜の手術は断られた。
もう1件は幸いにも土曜手術が可能で、しかも11週までなら前日の入院はいらないとのことだった。
14時半以降に一度来なさいと言われ、電話を切る。
今は13時前。14時半までにまだ時間がある。
食欲はないが、コンビニで昼食をとることにした。