2018年8月6日(月)11:30頃
そしていよいよ、白虎隊の悲しみの地…飯盛山へ。
【飯盛山の歴史のおはなし】より引用
飯盛山は、戊辰戦争で悲劇の舞台となった山です。
会津藩は15歳から17歳の少年で「白虎隊」を編成し、その中でも二番隊は明治元年8月23日、戸の口原での戦いで決定的打撃を受けて潰走し、負傷者を抱えながら郊外の飯盛山へと落ち延びました。
だが、ここから眺めた戦闘による市中火災の模様を、「鶴ヶ城が落城したもの」と早計し、総勢20名が自刃。
一命を取り留めた飯沼貞吉氏が生還し記録を残したことで、今日に至るまで、少年たちの悲劇が伝えられることとなりました。

飯盛山の山頂へ行くと、緑が生い茂った木立に囲まれた場所にそのお墓はありました。

ちょうど、今のゆっぴと同じ年頃の少年達に起きた悲劇です。
「ならぬことはならぬ」と会津精神を学び、ひたすらに幼い頃から文武に励んだ若い命が、そんなかたちで散ってしまったのかと思うと…切ないです。
今もなお、お線香の煙が絶える事はありません。
蒸し暑さの中、セミの鳴き声だけが賑やかに響き渡っていました。

さざえ堂(国指定重要文化財)

正しくは『円通三匝堂(えんつうさんそうどう)』と言うのだそうです。さざえの殻ににているから『さざえ堂』。1796年に飯盛山正宗寺第12世郁堂和尚によって建立された観音堂です。螺旋通路で上りの人と下りの人がすれ違うことなく一方通行で巡れる建築で、国の重要文化財に指定されています。
厳島神社をまわりながら下山し、

白虎隊記念館へ入館して

麓まで戻りました。
※ご朱印もちゃんと頂戴してきました。


ちょっと遅めのランチは、麓の食堂で

ざるそばを頂きました。

ゆっぴだけお預けです(笑)
…つづく…
by mama