2018年8月6日(月)15:00頃
会津桐下駄を買ってもらって上機嫌のゆっぴと、暑さで少々疲れ気味のママ&こぱんだ船長は、昨夜泊まった東山温泉方面へ車を走らせました。
今日は朝からずっと白虎隊について学びながら旅をしてきましたが、ここからはまた、ゆっぴが大好きな新選組めぐりに旅は戻ります。
新選組局長・近藤勇のお墓があるのがここ『天寧寺』
土方歳三が持っていた近藤勇の遺髪を埋葬したとされるお墓があるのです。

近藤勇のお墓は、実はここ会津若松ばかりではなく、ほかにもいくつも存在しています。
薩長の手に捕らえられた近藤勇は、千葉・流山でついに投降、首をはねられてしまった。京都で晒された近藤の首は行方不明になってしまったと伝えられている。諸説あるようですが…いったいどれが真実でどこに行ってしまったのでしょう?
そんな疑問がありますが、その近藤の遺髪を土方が持っていたなんて…めまぐるしく時代が変わろうとする時を一緒に生きた二人の絆を感じてしまう。
日本にいくつも存在する近藤勇のお墓の中で、土方が唯一、お墓参りが出来た場所がここだった…なんてお話を聞くと、とても大切な場所に思えてしまう。

近藤勇のお墓は、この本堂の裏山にひろがる墓地の中にありました。
山道を歩くこと10分くらいでしょうか?
誰もいない細い山道で…しかも墓地なのでなんとなく心細い。
前日に訪れた会津新選組記念館の親切な店主さんが、会津の見どころを地図で示しながら説明してくれた際、
「天寧寺は早朝や夕方は行かないほうがいいよ、熊が出るから!」
と言っていた言葉を思い出す。。。ま、近藤勇のお墓あたりまでなら熊が出る事は無いだろうけどね…と付け加えてはいたけれど、本当に両脇の草の茂みから「ぬっ!」と熊が出てきそうに思えてしまって。。。こんなに黙々と静かに歩いていては、バッタリと熊と鉢合わせしたら大変!と思い、墓地なのに不謹慎だけれど、ゆっぴとママは近くの熊に「人間がここにいるから出てくるなよ~」とばかりに『森のくまさん』を口ずさみながら歩きました。
こぱんだ船長が側についててくれるけれど…彼は逃げ足だけは速そうだ。ゆっぴとママを置いて、真っ先に逃げるに違いない。。。怖いと思えば、どんどん怖いと思うようになってきた。。。
それでもまだ近藤勇のお墓に到着しない。。。
すると、途中でゆっぴが、
「これ以上奥まで行きたくない。怖い。。。戻ろう…」
と言いだした。顔は半分、泣きべそ状態。。。
えっ!今回の会津若松旅行の一番の目的がココなのに…ここまではるばる岩手からやって来て、ここから引き返す???マジで???
(と、ここにブログを今書いてるママも怖くて「もう引き返そうよ」と何度も心の中で言ってたけどね。口に出すのを我慢してただけ)
そうは言っても近藤勇のお墓参りをするまでは!と、ゆっぴは自分で自分の心を強くして、熊の恐怖を振り払いながら、なんとか奥へ奥へと進むこと数分後。。。やっとお墓の前まで到着しました。

汗だくだったからかな?ママはここで足首を蚊に刺された。

近藤勇の墓石の隣には、土方歳三の慰霊碑もある。
「近藤勇様…激動の時代、最後まで信念を貫き通した姿に心を動かされました。攘夷なのか開国なのか…どちらがどう正しいのか?しっかり見極めるのはきっと、難しい時代だったのでしょう。身分による屈辱に耐えながらも、強く、真っ直ぐに生き、時代を駆け抜けた近藤様のご冥福をお祈り致します。」
ゆっぴも心静かに、長い間合掌していました。
そして、帰ろうか?とお墓に背を向け、ゆっぴの一歩先を歩いていたママは、たくさんの人に踏み固められてツルツルしている土に足を取られ滑り、ズルっとコケそうになった。
それを後ろから見ていたゆっぴは「ママ、滑ってやがんの、かっこ悪い」と思った矢先、ゆっぴ自身も足を滑らせて尻もち!!!
ゆっぴよ…きっと今の災難は、近藤勇様がゆっぴに喝を入れてくださったのじゃろう…。ここまでやって来る山道でのゆっぴの心の弱さに『気合』を入れてくださったのじゃ…剣道や居合道という武術を学んでいる者が、目の前に出て来てもいない熊ごときでビビッて、墓参りをせずに引き返そうと弱音を吐いた事を叱っておられるのじゃ。。。「武士たるもの…弱音を吐くな!強くなくてはならん!!!」と。
ゆっぴの尻もちを、そんな風に私達は勝手に解釈し、近藤勇に深く一礼して、さっき来た山道を戻りました。
本堂まで戻って来たので、ご朱印を頂こうと思ったのですが、あいにく住職様はご供養に出かけておられ留守でした。残念でしたが、また再び訪れる日が来るなら、その時の楽しみにしたいです。
…つづく…
by mama