高齢社会から孤立無縁社会化へ | スタートアップ企業のための資金繰り・集客課題解決するBtoBワンスポットサービス‼️総合ビジネスプロデューサー「マーシークエスト」

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高齢化社会の時代。社会福祉、医療、介護、年金など、いろんな問題が山積していることをなんどとなく、記載してきました。




団塊世代が退職を迎え、さらに少子化が進展していけば、将来の日本がどのようになるか、理解できます。


労働人口は、逆ピラミッドであり、日本人口全体がすで、その傾向であることを認識しておく必要があります。




国の舵取りも二転三転し、不安要素がある中で、確実なことは、自分自身で備えることが重要で、若い時期にこそ、自分のおかれている立場から、多少なりとも、住んでいる、地域、日本の環境について、理解し行動を起こし始めないといけません。




昨年、問題になった、「高齢者の不明問題」。




100歳以上の高齢者の所在不明問題が大きくニュースで取り沙汰されました。


中には、公的制度をあてにし、届出していない悪質なものから、完全に孤立化し、親族でさえも無関心をよそおい、誰かしているだろうとの意識から、孤独死をむかえなければならなかった高齢者まで。多くの事例が、身近におこっている事実。



この国の良さであるつながりや和を保つといった心をどこかに忘れてきたのかもしれません。



経済不況も重なり、毎日を過ごすにも精一杯であるからといったこともあり、他人に無関心、親族にさえ無関心になり、自己中心的な世の中になりつつあるように思われます。


それは、

機械化、IT化を成熟しつつある現代において、自己完結的な日常になりがちです。


IT技術のシステムが、人間社会を支配しつつある社会。


便利な反面、人の気持ちを度外視した、厳密な合理化の名ももと、


心豊かだった時代の日本の和の文化、思いやりやお互い様、恥の文化など目にみ


えない、日本独自のシステムを無駄なものをコンピューターで排除し、入力するかの


ように、現代社会のシステムに反映されたものではないでしょうか。



ますます、合理化が進展し、時間的、空間的、金銭的、物質的に無駄を排除しようとする動きが活発になればなるほど、心の余裕というものが失われていくように感じます。




無駄なく、スムースに業務を遂行し、余った時間を、また、自分や他者への見えない活動として運用することがあれば、今の時代にあった、古来の「新・日本的絆」ともいうべき新しいつながりをもった文化として展開されていくことも考えられます。



そうにあらず、さらにできた時間を自己利益追及のみに運用するのであれば、ますます、自己完結型の社会は進展し、つながりともたず、孤独化はすすむのかもしれません。



高齢社会の今でさえ、孤立、孤独死が問題になったことは、将来の自分たちにたいする警鐘だと受けとめることが大事です。



高齢社会の先は、自分だけの、つながりをもたない、孤立無縁社会となって、自らの生活に反映されてくるはずです。




高齢社会はまだ、つながりがある社会。


でもその、「つながり」でさえ切れてしまうのが、「孤立無縁社会」の到来なのです。


一番の怖さ、不安になることです。


仮の話として想像してみましょう。


20XX年のある高齢者の話として。


年金制度もますます、改定に改定をされていくと思います。唯一の生活の頼み。

それも減額され、また支給が遅くなったりして生活不安が増大。






自分のことを誰も知らず、ひとり寂しく食事をして、家事全般をすべてこなしながら、生活費にも困窮し、体も「がん」に侵され辛く苦しい毎日。


年金も少なくなり、


ついには、電気もガスもなく、食事もままならず、飢えと寒さで、命尽きてしまう。


その日常生活について、誰も知らず、親族もいない。



遺体として発見されるのは、それから、数年後。



役所への届出がないので、死亡していないことになっていました。


その亡くなっている人が誰なのか、近所の人も知らない。男性だったのか女性だったのかでさえ。



全てIT管理され、個室でそれぞれの価値観で生活。目の前の画面をクリックしながら、全ての動作を完結する便利な世の中。


しかし、横をみることもなく、まして、違う方向、価値感をみることも少なくなってきていることかもしれません。


横を見ないから、隣人が誰かわからない。救えた命だったかもしれないのですが、自分の人生と関係ない。


合理化は人の心までこんなに変えてしまうのかとさえ思える社会、それが20XX年。

ある日のこと。



こんな時代になるとは、思えませんが、今の現状をみると、将来を考えずにはいられません。



子どもや次世代に残してあげれれるもの。けして物質的な豊かさだけでない、お金でもない、


伝統や古来からの日本の心。絆。和。よき文化や「心」を末長く引き継がれていかなければなりません。



合理化にけして、「無駄」なものと認識させてはけません。


それが、最悪の文化をさける唯一つの方法。



合理化の波に惑わされることなく、自分が生きてきた、この環境に誇りと自信をもつこと。


その道具にすぎないPCやPC文化に人間社会を支配されすぎないように、一種の管理社会を生き抜く礎を、今から構築させていく備えしていかなければならない時代。



それが「今」なのだと思います。