その少年が中学生になる前、お母さんが家を出て行った。それからというもの、少年は手に負えないくらい荒れてしまった。
少年は、一人の教師との出会いによって、落ち着いていくのだが、それまでの少年の心の中に吹いた嵐んいついて耳を傾けたい。
オレ、中学に入る前やけど、家にいろいろなことがあった。その時は、何がなんだかよく分からなかったけど、中学へ入ってから、家がどういう事になっているのか分かった。「最初はオレに関係ない親がどうなっていようがオレには関係ない」って思っていた。でも、心の中で、ちょっと苦しい気持ちがあったと思う。
中学に入ってみんなと仲良くなっていくと、ときどき家の事を聞かれたりした、そういうとき、なんか苦しかった。それを隠しているうちに、自分だけなんでこんな苦しい思いをせなあかんのやと思うようになった。
よく考えれば、みんな苦しい思いをしていると分かるのに、そのときは自分だけ苦しくて、一人なんだという感じがして、知らない間に、なんでもいいっていう感じになっていた。
苦しみというのは不思議だ。この少年が言うように、大人でも子供でも「なんで自分だけこんな思いをしなくちゃならないのか」と思っているところがある。
しかも、容易に人に分かってもらえそうにない事が、さらに苦しみを重くする。もし誰かに分かってもらえたら、それだけで自分は変われそうな気もしている。「痛みの分かる人」と出会うことのありがたさが、ここにあるのだろう。
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