第1章 1度目の別れ
コロ助は保護犬であった。生まれた時から山野が当たり前の環境であり、それ以外の環境を知らずにいた。だから、2歳になったある日、囚われの身になり、自分と違う2本足のものを目にしたときは、害意と恐怖しか感じなかった。
しかし、妙に気持ちの良い声でいつも話しかけられ、美味しそうな臭いの食事を目の前に繰り返し出されるうちに、段々と馴れ、そして親しみがわき、餌を手から取り、ついには体を触られるのまで平気になってく自分がたまらなく不思議であった。
また、いろいろな家で同じような経験を重ね、いろいろな道を歩き、いろいろな人と出会い、いろいろな犬などとも出会い、そのような環境に馴染んでいく。それが心地よく感じるようにまでなった。
そんなある日、一人のおばあさんとコロ助は出会う。
おばあさんは、「今日から家で仲良くしようね」と優しく語り掛ける。
コロ助に意味は分からないが、その声を聞いてたまらなく嬉しくなった。自分のことが好きだ。そう確信させる声音であることを、社会的な動物である犬に生まれたコロ助には十分に理解できた。
それからのコロ助の生活は、それまでの殺伐とした生活を忘れさせてくれ、そのうえで犬としての幸せを十分すぎるくらい甘受させてくれる。そんな毎日であった。しかしそれは長く続かない。
出会って1年が過ぎようとした ある日おばあさんが胸を押さえ「痛い、苦しい」ともがき始めた。コロ助はただ「くーん」「くーん」と鳴くしかなかった。隣のおじさんが来て「大変だ」と言って出て行ってしばらくすると、大きな車が来ておばあさんをそれに乗せてどこかへ行ってしまった。
コロ助はまた一人ぼっちになってしまった。だが おばあさんの声が頭の中に聞こえる。「残念だよ。お前ともっと一緒に暮らしたかった。子供のころから一緒だったらどんなに良かっただろう」繰り返し繰り返しおばあさんはこう言う。
次に「寂しいコロ助、寂しいよ」と言い始めた。そしてしばらくすると静かになってしまった。そして、しばらくするとおばあさんは冷たくなって帰宅した。
コロ助は外に飛び出して走り始めた。ある決心を彼はした。
「もう一人ぼっちは嫌だ」
近くの川のコンクリートのヘリに向かって思いっきり頭から飛び降りた。
コロ助の心は身体から離れ宙に浮いた。しかし天国についても、その心は何故か入り口から直ぐにはおばあさんのところへ向かわずどこかへ消えていく。そして、しばらくすると入り口に戻りおばあさんの所へ急ぐ。直ぐにおばあさんは見つかる。
第2章 初めての嘘
コロ助を見たおばあさんはビックリした。コロ助はそれに構わず「さあ生まれ変わりましょう」という。コロ助がはじめて「意識へ直接とは言え」しゃべったので、おばあさんはビックリして、「おまえ いったいどうなっているんだい」
コロ助
「僕は死にました」
おばあさん
「馬鹿だね。お前は」
コロ助
「言い合っている暇はありません」
「また一緒に暮らしましょう」
おばあさん
「何を言っているんだい」
コロ助
「神様にお願いしてきました。こんどは前よりは長く一緒に暮らせます」
「僕たちは生前悪いことをしなかったので、『心』が残り、『生まれ変わる』ことができ
るのです」
おばあさん
「わかったよ」
コロ助
「生まれ変わる先も決まっています」
「あそこです。あのお姉さんにあなたは生まれ変わります」
「僕は腕の中のあのちび犬です」
おばあさん
「わかったよ」
コロ助
「おばあさん。今まで本当にありがとう。残念だけどおばあさんと僕の記憶は生まれ変
わると同時に無くなります。ですからここでお別れです」
これはコロ助が生まれて初めてついた嘘であった。
おばあさん
「わかったよ。ありがとう。私も楽しかったよ」
「ちょっと、見たいところがあるので少しだけ待っておくれ」
おばあさんはどこかへ行って帰ってきました。ホッとした感じなのは現生に戻れるからかなとコロ助はそう思った。
第3章 幸せな日々~不思議な行動
現生に戻った二人は、おばあさんは女子高生に、コロ助は子犬になり名前はクロになった。
お姉さんはクロと一緒に成長した。家に帰るとクロと遊ぶのが日課であり、その日の出来事を黒に話すのが楽しくて仕方がなかった。友達のこと、クラブのこと、スポーツのこと、試合で負けたこと、勝ったこと、テストのこと、勉強のこと、受験のこと・・・それは大学に入ってからも変わらなかった。友達のことは何時しか恋人のこと、結婚への夢と変わっていき、受験は就活の話へと変わっていった。
就職活動も終わり、新社会人になったころより「クロ」が変な咳をし始めた。「こほん」「こほん」という乾いた咳で、その咳が出始めてからクロは食欲が無くなっていった。出会って調度7年半がたった時、クロは散歩に行くと決まって柴犬専門店の前で踏ん張るようになった。そしてある日、たまたま空いているドアより中に入り、まだ生まれて間もない子犬をくわえてお姉さんの頭の中にこう言います。
「この子のお母さんになって」
お姉さんは何故かビックリしないで
「どうして、お前がいるじゃない」
クロ
「この子はメスだし、みんな喜んで子供を作ります。僕のような雑種で子供の出来ない体とは違います」
お姉さん
「いやよ。絶対いや」
クロ
「僕はもう長くありません。お願いです」
お姉さん
「・・・・・。おまえも面倒見るんだよ」
クロ
「もちろんです」
その子犬は「チョコ」と名付けられ家族の一員となった。
第4章 2度目の別れ
クロの衰弱は激しくなる一方で、お姉さんもチョコも毎日心配そうであった。
クロはお姉さんにある日
「チョコを病院に連れて行ってください」
お姉さん
「え!」
クロ
「今ならまだ間に合います」
お姉さん
「自分のことを心配しなさい」
クロ
「僕はもう手遅れです。チョコはまだ間に合うのです」
お姉さん
「じゃあ、2人とも連れていく」
獣医に行き、獣医より「クロ」は手遅れであること、「チョコ」は薬を飲めば予防ができると言われた。
お姉さんは泣きながら
「馬鹿、何でもっと早く言わないの」
クロは
「これで良いんです」
お姉さん
「ちっとも良くない」
クロは幸せであった。一番好きな人に看取ってもらえる。それだけで十分であった。
そして最後の時が来る。
チョコは察して「くーーん」「くーーん」と寂しげに泣く。
しかしお姉さんはとうとう口にしてはいけないことを言ってしまう。
「本当にお前は馬鹿だよ『コロ助』」
瀕死にもかかわらずクロ(コロ助)の意識は一瞬 きらめきく。
だがもう体は自由にならない。
必死になって自分の気持ちを伝える方法をもうろうとする意識の中で考える
そして
最期にお腹をお姉さんの方に向け「なでて」と甘えたのです
「ばか」「ばか」「ばか」とお姉さんは泣きながらコロ助のお腹を優しく優しく撫でた。
尻尾が痙攣するように振られる。
そしてその尻尾がゆっくりとなり止まる。
彼の心は飛ぶように神の元へ行く。自分の心を神に届けなければならない。
それが神との約束だ。
彼は嬉しくて幸せでたまらなかった。
お姉さんと過ごした7年と7か月は彼にとっては宝石であった。
他に何もいらないのだ。
しかし、いくら探しても神は見つからなかった。
変だ 必要があれば必ず神は姿を現すはずなのに
第5章 再会
それから15年くらいしてチョコが天国へ来た。おねえさんは元気そうで、旦那さんとも仲良く、子供も2人出来たとのこと。チョコの子が一緒に暮らしているとのこと。メスで何回か子供を産んでお姉さんと暮らしているとのころ。コロ助はホッとした。
チョコに生まれ変わりの話をしようとしたところでチョコはどこかへ行ってしまった。チョコの子はコロ助を知らず、そのあとお姉さんがどうなったかは知ることが出来ない。
それでもコロ助は、天国の入り口に毎日様子を見に行く。そしてお姉さんが来ないとホッとする。1日でも長くお姉さんに現生に居てほしい。それがコロ助の望みであった。
そしてあっという間に50年の月日が流れた。
コロ助の前にすっかり年を取ったお姉さんが現れた。
その姿は保護犬であった自分を救ってくれた「おばあさん」そっくりであった。
「コロ助 お前は本当に馬鹿だねえ」
コロ助
「さあ、次です。また生まれ変わりましょう」
おばあさん
「もう『生まれ変わり』は無しだよ」
コロ助
「大丈夫です。前も大丈夫だったじゃないですか?」
おばあさん
「あれはおまえが神様に勘違いして、私と一緒に暮らす時間を作るための条件の1つに『僕の生まれ変わる権利を放棄します』と言ってお願いしたからだろう。
神様はお前から出された条件のうち認められる
『自分の寿命の半分を差し出す(7年6か月)』『自分の心を神様に差し出す』『2度別れを味わう苦痛を逃れるための記憶消しをしない(別れの苦痛を味わう)』だけを認めて、お前の言う通り私との時間をくれたんだよ。生まれ変わりは普通 絶対認められないんだよ。お前はその上 1月間自分の後釜を私に預けるための時間までお願いしたそうじゃないか」
コロ助
「じゃあ何故おばあさん(おねえさん)はクロがコロ助の生まれ変わりと知っていたのですか?」
おばあさん
「神様にお願いして私も『2度別れを味わう苦痛を逃れるための記憶消しをしない』条件でお前の『自分の心を神様に差し出す』をやめてもらったんだよ」
コロ助
「どうして」「どうして」「どうして」「僕はおばあさんのためだけに」
おばあさん
「お互い様だよ。一人ぼっちだった私をお前がどれだけ慰めてくれたか。お前が恩に感じる事なんか一つもないんだよ。私が死ぬ間際に『寂しい』などと言って悪かったね。本当はお前に長生きしてほしかった」
第6章 野生との別れ
コロ助の心に激しい感情が噴き出す。それは何かコロ助には分からない。そしてどのようにコントロールして良いのかもわからない。コロ助は何も分からなくなる。嬉しすぎる。
そしてコロ助の鼻は天を向く。そしてゆっくりと遠吠えを始めた。
「アォーーン ラルルルル-。アォーーン ラルルルル-」遠吠えは何回か続いた。
そして、その次に彼の尻尾はちぎれんばかりに激しく振られ、身体は甘える犬独特のしなりを見せ、飛びかかろうと見せかけて、体を引き、その後に夢中になっておばあさんに飛びついた。そして自分がおしっこを漏らしたのも気づかずに喜びを爆発させ、おばあさんの顔を舐めまわす。顔はくちゃくちゃで目からは涙があふれて止まらない。
おばあさんは
「ばかだね」「ばかだね」と繰り返すだけ。やはりおばあさんの目からの涙も止まらない。
コロ助が保護犬になる前に持っていた野生は、この時に完全に消失した。彼は本当の「イヌ」となり「ヒト」のパートナーになった。ごく僅かにニホンオオカミの血も入っていたかもしてない。でもその血も全て「イヌの血」になった。
終章 散歩
神がその場に現れた。
相変わらず余計なことは言わない。
「お前たちは私に無理なことを強いた。それて私はそれを許した。お前たちは私の子だ」
おばあさんとコロ助
「・・・?」
神
「お前たちに神社を散歩することを許す」
それだけ言うと神は消えた。
すると、現生に向かって道が無数に出てきた。
それは、神社のみならず教会など苦しみを抱え、祈りをささげる者が集まるところすべてにその道は通じていた。
エピローグ
おばあさんとコロ助は自分たちが何かの役に立つとは思えません。ですが、信頼したパートナーと一緒にいろいろな所を散歩できるのは楽しいのです。だから、いろいろな所へ一緒に行きます。
皆さんが神社などで歩いているときに、落ち葉のカサカサという音、草を踏みしめるようなコソコソという音がしたとき、それはおばあさんとコロ助が散歩中だからかもしれません。そして、祈りをささげた者や、懺悔をした者が温かく救われたような気持になるのは、神の子のおばあさんとコロ助の暖かい幸せな視線と気持ちを感じるからかもしれません。
おわり