さて次は地元民について書いていきたいと思います。このの人々は先祖代々鎌倉の地に住んでいる人、またはそんな家の分家に当たる人たちです。この人たちの気性を一言で表すなら、「保守的でやな奴」という一言に尽きる場合が多いような気がします。(もちろん例外もいます。)
   鎌倉には由比ヶ浜や小町のように外からの人が多く入る地域もあれば、最近まで外の人が入ることが無かった僕の住む村(古い地元の住民はそう呼ぶことがある。というのも江戸末期まで村だったのでその感覚が先祖から遺伝しているのです。)もあります。こういう外の人が入らなかった地域は旧鎌倉の東側に多い気がしますが、こういう地域の長く住む住民たちは「戦前」を生きていると言ってもいいです。例えば私の住む地区では先祖代々住む家ならほぼ神棚があります(私の家にもあります。)聞くと首都圏で神棚がここまで普及している家は少ないそうです。なぜここまで私の地区で神棚が普及しているかというと、実は鶴岡八幡宮のお札を町内会が代わりに販売しているからなんです。そのため我々は外に出ることなく、家にいながら神棚のお札を入手することができます。ただ、この伝統は隣の地区などでは減ってきています。というのも段々他所から来た人が増えて、「町内会が八幡宮のお札を売るのは憲法でいう政教分離に反する!!」と主張する方(個人的にはそうは思わないが)が増えて八幡宮と関係をそう言った街の町内会は切っているそうです。とまあこのように神道の神道具合はまるで戦前のようだと言われています。
   このように東京者と地元民の生活は基本的に違い、鎌倉の先進的なイメージはどちらかというと東京者のイメージで、地元民は戦前のように神棚を祀り、近所に住む親戚たちと付き合い、本家分家に縛られているのです、