自分自身とは何か?、

自分自身でいる為には?

自分自身とは古いエネルギーを捨てた状態、

これをしなければいけない、(エゴ)にひひ

こうでなければいけない、(エゴ)にひひ

これが正しい、(エゴ)にひひ

これは間違い、(エゴ)にひひ

自分自身とは、ノージャッジにひひ

そして、好きなことを情熱を持ってするにひひ

そして自分(両親)を許し、認めてあげるにひひ

そして、自分のエゴに気づく時、世界が変わって見える

そして、すべての現象が自分が書いたプログラムだと

気づく時、愛が生まれる・・・・

もう我慢は終わりましょうにひひ


  ・・・・・・・・・・BE YOUR  SELF・・・・・・・・・



http://love-fate-yui.jimdo.com/   MY HOME PAGEにひひ
カマエルのブログ

どの宗教を信じ共に生きてくのは、


本人の自由であると思う、しかし、ミロスを知ると、


僕が不安を安心する為にインプットした情報だと


知ることができた、多くの人は、宗教という枠の中で、


不安になると、教会やお寺、モスクなどへ行き、


そこで、自分のしたことに対して、反省しり、


後悔したり、自分を責めて、責めて、


底まで行って、自分の不安を聞いてもらって、


安心を得てきた、大丈夫と言われ、許されると言われ、


その言葉を聞いて安心する、


でも、一時しのぎ、反省、後悔をしてる時点で、また


自分にインプット、同じことを繰り返す、宗教に依存、


宗教がなければ、救われなかったと勘違い(本人にとっては真実) 


する、自分は自由のつもりが、実は自分が作った、ルールの


中でこれは正しい、これは間違いと、ジャッジをして、


枠を作り、自分が間違いとジャッジしたことが起こると、


不安、怒りを感じ、攻撃して、押さえつけてきた、


もっと楽に行けばいいのに、≧(´▽`)≦


不安や怒りを、ネガティブとジャッジせず自分を知る


チャンスと思えば、不安や怒りは消えるのに、


まあどの世界で生きるかは本人しだいだけどにひひ


ジャッジの世界に生きるか、ノージャッジの世界に生きるかはにひひ



                   オマケにひひ


宗教にも裏と表がある、例えばキリスト教にひひ(キリスト教は

キリストが作ったのでは無く信者が作った宗教)


聖書を作るとき参考にするのはいろんな聖人の福音書(福音書

の福音とは良い知らせことです)から選んで作っているんですにひひ


ちなみに現代に正典とされてる福音書は、ルカ、マタイ、マルコ

ヨハネの4つの福音書ですにひひ


他に、マグダラのマリアの福音書もあります、にひひ


なので、聖書を作るにあたって、作る人の思想に合わないものは、

除外、または葬りさられてきたわけです、にひひ


と言うことで、この葬り去られてきた福音書の中に

ユダ福音書と言うのがあります、ユダと言うのは

キリスト教では禁句となるぐらいの名前です、

一般的に知られてるのは、キリストを裏切った、使徒

ですね、にひひでこのユダの福音書を作ったのが、


当時、グノーシス派と呼ばれた、原始キリスト教です、

(グノーシス派とは神は自分の中に存在すると思想持つ

 宗派です。同じグノーシス派でも、いろんな思想もつ

 派もあります)


そこで 少し、その福音書の中身を紹介します。



■.イエスと使徒たち

 イエスは地上に現れたとき、数々の奇跡を行い、十二人の弟子たちを呼び集めた。イエスはしばしばそのままの姿では弟子たちの前には現れず、一人の子どもとして弟子たちの中にいた。

■.聖餐に関する議論

 ある日、弟子たちは集まって座り、パンに感謝の祈りを唱える儀式(聖餐)を行っていた。これを見たイエスは、彼らのことを笑った。なぜ自分たちのことを笑うのか、と問い詰める弟子たちに対してイエスは、「私はあなたがたを笑っているのではない。あなたがたは自分たちの意志でそうしているのではなく、そうすることによって、あなたがたの神(地上の支配者)が賛美されるだろうからそうしているのだ」と答え、弟子たちの種族には自分のことが理解できないだろうと告げる。

■.ユダだけがイエスの前に立つ

 イエスの言葉を聞いた弟子たちは怒り、心の中でイエスを罵り始めた。これを見たイエスは、「なぜこの興奮が怒りに変わったのか。あなたがたの内にいる完全なる人を取り出して、私の眼前に立たせなさい」と話す。弟子たちは口を揃え、自分たちにはそれだけの勇気があると主張したが、実際にイエスの前に立つことができたのは、イスカリオテのユダだけであった。しかしユダもまた、イエスの目を見ることができず、顔を背けた。

 ユダはイエスに、「あなたが誰か、どこから来たのか私は知っています。あなたは不死の王国バルベーローからやって来ました。私にはあなたを遣わした方の名前を口に出すだけの価値がありません」と話す。これに対してイエスは、誰か他の者がお前に取って代わろうとするため、十二使徒から離れるように促し、そうすれば王国の秘密を授けようと約束する。ユダはイエスに対し、その教えはいつ授けられるのか、また終末が訪れるのはいつなのかを問いかけるが、イエスはそれに答えないまま彼から離れ去ってしまう。

■.対話の終わり

最後にイエスはユダに対し、「お前は神の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを越える存在になるだろう」と告げる。ユダは、聖なる種族と共に永遠の王国へと引き上げられるのである。

この福音書がキリスト教に大きな衝撃を


与えたのは、お分かりですよねにひひ




http://love-fate-yui.jimdo.com/  僕のホームページですにひひ

カマエルのブログ










僕もたまに、何がスピリチュアル的な生き方なんだろう?


て、思うと時があった、他人をマッサージしたり、


カウンセリングしたり、外側だけを癒してきた、


だが最後のこるのは、やっと終わった感、つかれた感、


だけであった、やりたいことなのに、なぜか楽しくない、


何でだろう?思った時に ふと。気づいた、


そうか 自分でやりたいことに制限をつけてきた、


やりたいこと、から いつのまにか、やらねければいけないことに


自分で枠を作っていただけだった


それに気づくと、体がすごく軽い、やばいぐらい


すっきりした。


特にスピリチュアルな仕事をしている人は


そういう人が多いと思う、役目とか使命感とか気にする人、


だが、やはりそれも自分で作った枠でしかない、


せっかく自由意志があるのににひひ


スピリチュアルな生き方とは、


これをしたいと思ったことに対して、


どれだけ楽しく、情熱をもって


ワクワク感を感じながら生きるかが、


スピリチュアルな生き方だと僕は思う≧(´▽`)≦


自分がワクワクを感じてる時


それは、ある意味チャネリングしてる時


あなたのハイヤーセルフがこれで言いと 言ってる時にひひ


だから、ワクワク感を感じることを沢山体験して下さいにひひ


あとは、あなたのハイヤーセルフが用意します。にひひ


http://love-fate-yui.jimdo.com/ 僕のホームページです((´∀`*))
カマエルのブログ