地頭の定義が何かによるとは思うけど、娘を15年みていて私の結論としては
生まれながらに脳の働きに歴然とした生まれながらの個体差があるということ。
娘はたとえばテストで範囲が言われてそのとおりにやってもできない
問題集でできた問題がテストに出てきてもその通りにできない
2週間前に単語を速やかに忘れる。中学の英単語もほとんど忘れている
難しい問題は解けない。
問題をしても1か月後には解き方や学んだことさえ忘れる
そのたびに私は怒ってきました。
真面目にやらないのはなぜかと。
そして一緒に復習して
でも忘れて、悪い点をとって
これの繰り返しです。イライラするなんてものではないのです。
大学受験なんて無理じゃないかと心配をしたり
ずーっと考えていたり悩んだ結果
本人は大真面目に勉強してもなお、忘れて正解を導けずそして理解ができないのです。
これって私も経験があるのは大学になると勉強が高度になって教授の言うことがよくわからず無理やり物理化学の公式と解き方を覚えてテストを迎えた感覚です。
当然、今はたぶん全くとけないでしょうし、今やっても理解できるかわかりません。
仮にわかりやすい教授に教えられたとして、理解できるか?ぼんやりと理解しておそらくすぐ忘れるでしょう。
この感覚が娘の場合は小学校高学年からずっと続いているんだなと思うと合点がいきます。
自分が理解できたのは自分の子なら(他の人も)理解できると思うのは傲慢なんだなと思うのです。
私は小学校のテストで勉強をしたこともなかったのですが授業だけではっきりと理解できたし、中学も同じです。
娘は理解ができないのです。それは授業中に遊んでいるからではなく本当に理解ができないのだなと。
私の大学時代の物理化学の講義と同じ状態なのです。
それを子供のころに読み聞かせをしていなかったからとかで片づける問題ではないのです。
読み聞かせしようとしても娘はじっとなんて聞いていなかったのです。何度も読んでとも言わなかったのです。
興味がないのか理解ができなかったのかわかりません。文字に興味はもたなかったし、教えても書こうとしなかったのです。
英語も3年間やっても全くみについていません。きっと中1程度の能力しかありません。
それはさぼっていたわけでもないのです。宿題もしていてもなおすぐ英単語も文法も忘れるのです。
本人のやる気とか興味とか言う人はくそくらえと思います。だってやる気があれば、真面目にやればできた人たちでそういう子としか触れ合っていないからです。
偏差値とか大学とかから離れたことを考えたほうがいいのだろうと思います。
学力が本人を定義するものでも、本人の将来を決めるものではない
そう理解しないと私の身ももたない、そう思うのです。
会社にmensa会員レベルのIQの方いらっしゃいました。東大だか京大の理系院卒の方で、司法試験も合格していたそうです。当然英検は1級だしTOEICも満点だそうです。
その方が言っていたという言葉が本当に深いなと思うのです
「だって、わかるからさ」
多分、読むと理解できるのです。
だから覚えられるし、解けるのです。
その理解ができるかできないかは訓練では養いきれないそう思うのです。
IQが高いすぎる方は他の凡人となかなか友情を築きづらいということを読んだことがあります。
おそらく「理解できないこと」が理解できないということなのではないかと思います。
だって、理解できるから。
視力が0.1の人に1.5しか見えない小さい文字を読めといっている
これがきっと娘の状況なんでしょうね。
それでも大学に行きたいのか?それが娘の課題になりそうです。