kama-yan 夏の想い出

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映画、漫画、本の感想

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「北北西に曇と往け」/入江亜季

 

ぼくがいまさらわざわざ紹介するまでもないが、圧倒的画力。この力はどこからやってくるのだろうか。ぼくは愛だと思う。技術でも経験でもなく好きという気持ちが最も描くということにおいて重要なことなのだ。かつてこのようにスパゲッティを描いた者がいただろうか。描きたくて描いているのが伝わってくる。全然嫌々描いていない。青山剛昌にも見習ってほしい。彼も初期の頃の気持ちを思い出してもらいたい。

「乱と灰色の世界」もリアルタイムで読んでいたけどらんま1/2とうる星やつらを足したような設定で本当に素晴らしい世界観だった。表紙がわくわくするほど綺麗でエネルギーに満ちておりジャケ買いしたのがきっかけだった。描きたくてしょうがない、というのと描きたくないのに仕方なく描いてるという差は恐ろしいほどはっきり分かってしまう。それが本当に怖い。どんなに頑張ろうと好きじゃなければどうしようもないのだ。そこまで。

「北北西に曇と往け」は2巻がやばかった。1巻の続きのストーリーは全く追わずに、主人公が生活するアイスランドを主人公たちがひたすら観光するだけという今までの漫画の常識に風穴を開ける内容だった。とにかく描きたいものを描くということを徹底している。「ジョジョリオン」でも何巻かは忘れたけど定助がバイクを借りたいと憲助に言うシーンがあった。たしかそのあと乗らなかったのにも関わらずガレージに置かれたバイクが大きく描かれていた。本当にただ描きたいからという理由だけでバイクを描いてしまっている。動機があまりにも純粋すぎる。

「北北西に曇と往け」3巻では主人公とその弟を彷彿とさせる別の兄弟が登場する。物語の構造として異様。主人公の兄弟関係の虚像として別の脇役で描くという意図はなんなのだろうか。BL的な方向をここで消化したことで逆説的に主人公と弟の間のBL感を消したということになってるのだろうか。BLとか既存のジャンルに落とし込まずに読ませるためなのだろうか。いびつで不可解な進行だった。主人公も記憶を一時的に失っていたことがわかったり、時間軸が行ったり来たりしたり物語の枠が流動的に変化する。新しい漫画だ。弟の超能力による人体欠損描写にしても入江亜季がこれを描いてくるという驚きがあったし、2巻とは全然シリアスさ、テンションが違う。自分の漫画への欲望をただ解放するのではなく、他者である読者を意識したハードボイルド調サスペンスの定型への目配せもあるというバランス感覚が凄まじい。