最近、よく考えることがあります。
それは「才能」っていったい何なんだろうということ。
「あなたの才能は何ですか?」と突然聞かれたとしたら、僕はちょっと困ってしまうと思います。特別なスキルがあるわけでもないし、人に誇れるような賞を取ったこともない。何かに秀でている実感があるわけでもなく、どちらかというと「普通」で「地味」で「器用貧乏」な方かもしれません。
でも、毎日ノートを書いたり、Xに投稿したり、自分の考えを言葉にしてみたり、そういうことをしているときの僕は、確かに「楽しい」と思っています。特に誰かに褒めてもらえるわけでもないし、バズるような投稿でもない。だけど、自分の思いや考えを文字にして残すこの作業は、たしかに自分にとって「自然なこと」だと感じる。まるで、呼吸をするように。
そこでふと思ったのです。
「好きなこと」って、もしかしたらそれが「才能」なんじゃないか?と。
もちろん、好きなことをしているだけでは、誰かに認められたり、収入になったりするとは限りません。社会の中で「才能がある」と言われる人は、成果を出したり、目に見える形で人を惹きつけたり、評価されたりしている。でも、そういう評価がなかったとしても、「好きで続けられること」「やっていると時間を忘れてしまうようなこと」があるなら、それはやっぱり才能の種なんじゃないかと、思うんです。
そんな中、瀬戸内note研究所さんの投稿にあった言葉が、すごく印象に残っています。
それは、「自分のノートの中身やスタンスを変えるのではなく、それをどう伝えるか、どう届けていくかという“視点”を変えていくことで、“好き”の回数を増やしたり、収益化につなげていくことができる」という考え方です。
読んだときに「ああ、なるほどな」と素直に思いました。
無理に迎合したり、自分の色を変えたりするのではなく、今やっていることを軸にしながら、それをどう広げるか、どう工夫するか。それこそが、今の時代に必要なアプローチなのかもしれません。
そう考えたときに、自分が今やっているnoteを書くという行為──まるで呼吸のように、自然に、苦もなく続けられていること──それ自体がやっぱり「小さな才能」なのかもしれない、と改めて思いました。
とはいえ、それを“才能”と呼ぶにはまだまだ大げさな感じもしていて……本当にそう言えるのか、まだ自信があるわけではありません。
でも確かに、瀬戸内note研究所さんの言葉を通して、
「今のままでいい」という肯定と、
「でも、そこから先をどう工夫していくか」という問いを同時に受け取った気がしました。
これから自分は、自分の「好き」とどう向き合っていくのか。
そして、それをどう表現して、どう届けていくのか。
その過程で、自分の“才能”の正体に少しずつ近づいていけたらいいな……。
そんなことを、今日はふと思ったのでした。