子どもたち、明日から春休みである。
春は宿題ないからって、容赦はしねえ。
覚悟するんだな。
来月から娘は4年生に、息子は2年生になる。

世の小学一年生は、毎日たくさんの「はなまる」をもらってくる。
これは、テツ君が入学してすぐ、昨年4月の頃の宿題プリントである。
彼の座学は始まったばかり。
初めてもらった花丸がとても嬉しかったらしく、彼はこの一枚をしばらく壁に貼っていた。
たったこれだけのプリントだけど、花丸をあげることって大事やね。
それにしてもまあ、なんと美しい花丸だろうか。
息子の字よりもそっちに目が行く。
たかが「つ」の字に、こんなのもらっちゃってよいの?
彼の担任の先生は、いつもとても丁寧に花丸をつけてくれている。
入学式の日、担任の先生はどんな人だろうかと子どもたち以上にそわそわする保護者たち。
教室に居られた先生は、一目で見て新任とわかる女の先生だった。
緊張のあまり、式の前も後もずーっと顔が強張っていた先生。
本当に気の毒なほど、頭も気持ちも一杯一杯である様子が見てとれた。
大勢の保護者を前にして、「初めて担任をもちます」と挨拶された。
我が子と同じ、先生も一年生なのだ。
木南晴夏に似た綺麗でシュッとした女の先生なのだが、最近謎の敬語的に扱われている「~ですよね」調の話し方が若さをアピールしてしまっていて、どうにもスーツがリクルートに見えて仕方がない。
自分よりも世代が遥かに下であることを痛感し、何やら得体の知れない一抹の不安を残したまま、初めての授業参観を迎えた。
国語の授業参観、まだ平仮名をひとつずつ習う段階だ。
我が子の机に向かう姿が初めて見られるということで、やはり入学後一発目の授業参観はほとんどの保護者が出席する。
こちらはおおよそあたたかい目で見守っているつもりだが、教壇の上で45分間、先生は針のむしろだと感じでいるのか。
注がれる静かな視線を背に、先生は「かきごおり」を「かきごうり」と板書してしまう。
「おとうさん」のように、単語の中の「う」と「お」等の使い分けは、平仮名すべてを習得した後に習う。
先生、間もなく教えないといけないことだね。
「かきごうり」の瞬間、
『痛恨よな...』
という、ゆっくりと噛み締めるような低い声が頭の中に響いた。
(注.三國無双の曹操の台詞。cv:岸野 幸正)
そして気づいて慌てる先生がまた切ない。
そんな滑り出しであった新米先生。
と、ここまで扱き下ろし(?)たが、これは以下の誉め文をよりいっそう甘いものにするためのスイカに塩なわけである。
その後、一学期の頃は先生はお疲れでお休みされることもあったのだが、気づいたらもう年が明けていた。
夏休みが明け、冬休みが明け、1年生も早いもので三学期。
先生はとても一生懸命こどもたちと付き合ってくれている。
花丸も、この頃になると茎と葉っぱのついた可愛いやつなど、バリエーションが出てきている。
しかしながらもちろん、花丸ばかりではない。
どう考えても花丸に至らないときは、しっかりと赤ペンでお直しをしてくれる。
平仮名や漢字については、書き直しがある場合はわざわざ先生がお手本を手書きして追加の宿題を出してくれている。
テツ君は破壊的に字がキタナイのでしょっちゅうお世話になっているが、ひとクラス27人なので、これらのことを多くの子どもにやっておられると思うと大変だなあと申し訳なくなる。
学校の先生はやることが沢山ある。
今までお姉ちゃんの担任の先生も、時々配布物や連絡事項を忘れたりするミスがあった。
無理もないと思う。
近頃の先生はやることが多い。本当に大変だと思う。
それなのに、テツ君の先生は毎日休み時間に子どもたちと外で一緒に遊んでくれるというのだ。
毎日しつこく学校の話を聞くわけではないが、テツ君に「今日は昼休み何してたん?」と聞くと決まって
「先生と遊んでいた」
という。
え...お友達はいないの?
と思うが、そのことを懇談の時に話すと先生は、彼がひとりで遊んでいることはないと言う。
そして、
「私も一緒になって今日はドッジボールをしていました。」
と恥ずかしそうに先生は答えてくださった。
お友達の名前は出てこないが、彼にとっては先生と遊ぶことが友達を上回るほど印象に残る事柄なのだ。
授業も、椅子に座ってじっと先生の言うことを漏らさず聞いているのだろう。
習い始めた漢字はまるで石に掘った象形文字のようだが、最初に横棒引っ張って...と、教えられたことを口で繰り返すようにしながら書いている。
私自身、小学校一年生のときの担任の記憶は未だに残っている。
真面目に、先生がすべてのお手本と信じこんで学業に取り組んでいたのだが、そのわりに覚えていることは授業内容とは関係ないことがほとんどだったりして。
アライグマのパペットでお話してくれたこと。
「エルマーのぼうけん」を読み聞かせしてくれたこと。
新体操が上手で、体育のマット運動が凄かったこと。
などなど、どうでもいいようなことばかりが頭に残っている。
そう思うと、小学校一年生の担任というのはとてもとても重要...いや、まあまあ大切...というか、やたらと記憶に残ってしまうものなのかも知れない。
ある日、
「あとな、15日やねんで。」
とテツ君が言った。
1年4組のみんなと過ごせる残り日数のことである。
よく知ってるね、と言うと、
「先生が黒板に書いてるねん。」
と返してくる。
それをテツ君は、残りの数字を減らしながら毎日のように言ってくる。
先生、毎日話してるんだろうな。
先日、一年最後の個別支援面談(テツ君は支援対象児)で先生とお話したとき、「そうなんです。あともうほんの少しで。さみしくてさみしくて...」と小さくなっておられた。
いつも全面手書きの学級通信は、保護者宛というより子ども宛てという文面である。
きっと、子どもたちにも読んで欲しいんだろうな。
このひと、子どもたちのこと本当に好きなのかもしれない。
それにしても、毎日休み時間に子どもと一緒になって遊ぶ先生、今までなかったなあ。
お姉ちゃんの先生も、今までいい先生ばっかりだったけど。
テツ君の先生は、先生も一年生だからかもしれない。
こんなにも一生懸命な先生は初めてだ。
そして今日、無事に第1学年の修了証を手にすることができた。
なんでも、女子7人と先生が泣いていたらしい。
やっぱりね(笑)
先生はスヌーピーが好きで、学級通信にも年賀状にも至るところに手書きのスヌーピーが登場していたのだが、今週の週予定(時間割表)には、あと3日...あと2日...と、ぽろぽろ涙をこぼすスヌーピーが3匹描かれていたもの。
そして先生は最後に、一年を振り返る長いお手紙を書いてくれていた。
なんかね、この先生にこんなジーンとくるなんて、入学式の時には想像もしていなかった。
最近は病んでしまって途中でやめちゃう先生もいるので、最後まで担任でいてくれるかなと心配していたくらいだったし。
ありがとう。先生。
テツ君は、1年生最後の日に満点のテストを3枚持って帰ってきた。
(先生は毎日昼休みに遊んでいるだけではなく、ちゃんと100点が取れるくらい勉強もしっかりと教えてくれていた。)
1年も終わりになると、もうしっかりとテストらしいテストなので、答案用紙は点数がメインとなり、花丸のサイズはすっかり控え目なものとなった。
でも、どの答案の100という数字も花丸で囲まれている。
息子は「壁に貼っといて。」と言った。
先生も、本日をもって無事に一年生の担任を修了された。
この先生、教諭ではなく講師の先生である。
そんなことはどうでもいいくらい、そして初めてにしては上出来すぎる程によく頑張られた。
先生にはなまるをあげたいです。ほんと。
米津玄師は出てこなかったね。
今年の新年会の二次会カラオケで
米津玄師って「げんし」じゃなくて「けんし」っていうんだって!ずっと「げんし」だと思ってたよ!
という会話になった。
そう、田舎のオバハンたちはいつだって『痛恨よな...』(cv:岸野 幸正)な日常を送っているのだ。
あまりにも頻繁すぎて、もう痛恨でもなんでもないが。