昔こんな夢を見た。

今の家ではなく、前の家の間取りで私の部屋の隣に大きな井戸があって、ジメジメしていて、ものすごく居心地の悪い部屋にいた。

夢の中の設定では毎晩、その井戸から貞子のように女が這い出てくるのだ。
それでも私はその家に住まなければならなかった。

もうすぐ女が出てくる時間だ。

私は女に追い掛け回され、私は家を飛び出し、山を駆け下りた。

家の麓にはロープウェイの駅があった。山から降りて麓の安全なところへ行き、助けを求めようと思った。ゴンドラに乗るとなぜかロープが弛んで山の斜面に落ちてしまった。自力で降りるしかないと思い、ふと後ろを見やると、ヤツはもうすぐ其処までやってきていた。

死に物狂いで走った。

走って、走って、走って逃げた。

得体の知れないあの女から、必死で逃げた。

…しばらくすると、黄色い土の砂埃の舞う平原にやってきた。いつの間にか夜が明けていた。
そこは線路の集積場となっていた。車両を見るとどの車両も錆びている。線路も錆びている。

目に映る世界が全体的に、黄色の砂と錆びた鉄の塊のある荒寥とした景色であった。
なんという寂しく荒れた大地なのだろう。

電車は動いていない。
私は列車に乗り込んで中に人がいないか探した。
頼れる者ならば誰でも良かった。
中には焼け爛れた人が、包帯に巻かれ呻き声をあげていた。
その人たちの中には精神に異常をきたしているのか、奇声をあげていた。

ここには私を助けてくれる人など誰もいない。
むしろこちらが助けなければならないのではないかと思うほどなのだが、追われている私は人のことを構う余裕はなかった。向こうも他人に構う余裕などないのだ。

それでも、あの女は追ってくる。
なぜ追ってくるのか、理由はわからないが、きっと殺すのだろう。それだけはわかった。
並々ならぬ執着心と殺意が伝わってくるからだ。執念の塊で、呪いの塊のようだった。

電車の運転席に制服を着た運転手らしきヒトが乗っている。
運転席のガラスを必死で叩いた。
「助けてくれ!」
運転手は私に気付いてくるりとこちらを向いた。

私を見てニタァと笑った。

…ああ、コイツもダメなんだ…。

と思ったその時

タタタッ タタタッ

奇妙な格好で走ってくるあの女が見えた。

ああ、もう、絶体絶命だ。

そう諦めたとき、ふっ…と目が醒めた。




その日、私は大学に行く時に、横断歩道で信号待ちをしていた。
友達と一緒に待っていた。
ふと顔を上げると、あの女が立っていた。
夢の中ではなく、この現実の世界に。横断歩道の向こう側に、女がゆらりと立っている。
こちらにはまだ気付いてはいないのか、こちらには来ない。

実はあの女は夢の中で何度も会っていて、昨日今日夢に出てくるようになったのではないのだ。

なぜ女が夢ではなく、ここに居るのか。

「帰る。」
私は友だちにそう言った。

帰ると言っても…家に帰っても、また姉貴に嫌がらせを受けるだけだ。
もしくはアイスピックで刺そうとしてくるか。
どこに帰るかわからないが、ここから逃げなければならないと思った。

「りんご?どうしたん…?」

「向こうに行けない。帰る。」

今思うと、友達からするとかなり意味不明だと思うが。

「なんであの時急に帰ったん?」

と後日友達に聞かれた時に、こんな気味の悪い女が立っているのが見えなかったか?と尋ねると、そんな人はいなかったと言った。

おそらく、幻覚だろうと思うのだが、あの女は夢を抜け出て私にしか見えていなかったのだ。

夢を抜け出るなんてことは有り得ないのだが。それほどまでに、あの女は印象に残る視覚心像だったのだ。



当時のことを振り返ると。
その当時、姉貴が精神が病んでいて薬漬けになっていた。(厳密には神経症で境界例人格障害とその他いろいろな症状だった。)
私は彼女のことを見て、自分はああなってはいけない。薬など絶対飲まない。
今の状態が苦しくても、じっと我慢しなくてはいけない。
絶対に私は欝になどならない。

必死で思ってきた。

思いすぎたのだろう。

追い込まれていたのだ。

それが、あの気味の悪い女の形になって、自分を呪い殺そうとしていた。
あの女は実は姉貴に対するイメージが視覚化されたものかもしれない。
そして、毎日がもう苦しくて仕方なかった時に、あいつは現実の世界にまで現れた。

もう、終わりだ。と思った。




そしてあの苦しかった日々から早10数年経った。

もう今はあの夢を見ない。
もうあの女は出てこない。