拉致事件の事を書く事は心苦しいばかりでなりません。日本政府は、この事を隠し通そうとしていて、政府に聞いても答えてはくれません。なぜ政府が隠すかと言うと、日本の廃人を北朝鮮に横流しをした現実を知らせたくはないと言う事です。昔、警察単位で裁判所に送らず自殺に追いやっていました。この現状を北朝鮮の金総書記が日本海上で目撃をして、この廃人を使えないかと考えた金総書記は、日本政府に許可を取り万景峰号で日本に来日した際に、新潟県内などに北朝鮮で働きませんか?というビラを配り、日本政府から許可を頂いた廃人やチラシを見た人達を万景峰号に乗せ、北朝鮮に送り込んだのです。何故こんな事を言うかと言うと自分もそこにいて、北朝鮮へ行っていたからです。
 私は、長野県の女の子達とスキーをする為に訪れていて、その帰りの新潟にある食堂で横田めぐみさんとその親御さんと奇遇に出逢い、めぐみと私は何度も会いに行くほど仲が良く飯事の様な事をしていました。 

 私が小学3年か4年の春の事だと思います。私はいつも通り長野へ家族で旅行に出かけました。長野で一泊をして新潟経由で自宅に戻る途中、何時もの食堂へ立ち寄ると、私は横田めぐみの自宅へ遊びに行き、将来の事を話す様になりました。私達の話は、まだまだ飯事のみたいなもので、愛だの恋だのと言って恥ずかしい事ですが、こんな感じの関わり合いでした。この後、食堂へ戻ると食事をしていたとある男性から北朝鮮へ行かないかと誘われて、後見人にこの事を話すと後見人も北朝鮮へ行った方が幸せだと言われて、また俺を捨てる気なんだと思い始めました。こんな家族ありえない、怒り心頭でいました。

私は、こんな後見人の側に居るくらいなら北朝鮮へ行った方が良いと思う様になり、工作員の指示に従う事を決めて、工作員と色々話し込むと工作員の方から
頭の良い人を紹介して欲しいと言われました。私は一人北朝鮮へ行く事が辛かったので、横田めぐみを紹介してしまいました。