こんにちは^^
いつも訪問頂きありがとうございますラブラブ

 

 

クローンと確定されたのが阪神大震災の年

1995年だった。

 

 

下痢と痔ろう(その時は下痢し過ぎて腫れたって思ってた)

に悩まされていた私

 

 

下痢の内科に行ったらいいのか

おしりの肛門科に行ったらいいのかわからず

とりあえず行った内科で検査を勧められたのが

震災直前 ガーン

 

 

そして阪神大震災発生ショボーン

 

混乱の中初めて大腸内視鏡検査を行い

○○医大を紹介される。。。

でも震災直後は病院が機能しておらず

○○医大の入院患者は大阪へ転院させられていた。

 

 

かろうじて診察はしてもらえたけど

病院機能回復待ち状態・・・チーン

 

 

なんとか2月の中旬に入院できた。

でも転院してて誰もいないし・・・

 

 

そして大腸・小腸・胃・・いろんな検査をした。

確定診断が出た後、特定疾患を申請した。

 

 

1995年当時、

クローン病患者は全国で 約 7,000人ポーン

 

 

 

クローン病や潰瘍性大腸炎なんてまわりに誰もいなかったし

聞いたこともない病名だった。キョロキョロ

 

 

そして当時は特定疾患の医療費は無料だった。

通院も入院も無料

 

 

IVHをし、自宅で鼻チューしていた私は

身体障害者1種4級(小腸機能の障害)

となった。

当時の基準と今の基準が違うのかよくわからないけど

障害者に認定される程の病気やねんなって

思ったことを覚えている。ショボーン

 

 

発病直後は症状もきつくいろいろつらかったので

 

も~食べれんねんな~ラーメンサラダカレー

 

お酒も飲めんねんな~ワインカクテルグラスビール

 

 

でも同じ病室の子たちは中学生や高校生もいる・・・

 

この子たちはもうマックも焼肉も食べれず

お酒も飲めないんやな・・・カクテル

 

(当時はそう思ってました)

 

 

それに比べて私は

バブリーな時期に遊びトロピカルカクテル旅行も行きまくり飛行機飛行機

結婚もしてるやん結婚

 

充分やんか!命にかかわる病気じゃないねんし

これ以上望んだらバチ当たるわ!って思ってた。

 

 

レミケードもなく絶食しエレンタールで治療してた時代

少し食べただけでも入院へのカウントダウン

が始まる・・

あの頃は大変だったな~汗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って

 

 

 

 

 

 

 

 

題と違うこと書いてるやん笑い泣き

 

 

 

ブログ始めたころに書いてた内容やしあせる

 

 

 

 

 

違う違うえーん

手帳の話書きたかったんやん!!

 

 

 

皆さんは手帳持ってますか?真顔

 

 

 

 

この手帳・・・なかなかくせもので。。。

 

手帳のせいで

人間関係ややこしくなったりしたことないですか?

 

 

 

 

つづく・・・・

 

 

 

 

え? 続くんか~~いポーン