こんにちは^^
いつも訪問頂きありがとうございます![]()
阪神大震災
発生の時=クローン発病の時
絶対忘れられない年
震災後の検査でクローンの疑いと診断
○○医大を紹介されるも震災で○○医大は機能せず待機
とりあえず下痢が酷いから食べるものは
胃腸に優しいものを食べてください
揚げ物や油もの消化の悪いものは食べないように
と言われる
守ってみた。
おっと!下痢がかなりましに・・・![]()
やっぱり私、クローン病とかいう病気なのか?
ネットのない時代、本屋で読みあさる
やっと診察できそうなので○○医大へ行く
普段なら1時間ちょっとで着くところ
4時間近くかかった![]()
街の様子を目の当たりにして泣きそうになる
その時見た光景は忘れられない
倒壊した線路のところは代替バスに乗りまた電車に乗る
また倒壊しているので代替バス そして電車を繰り返す
電車は線路のある区間をピストン運転
自宅のまわりは屋根や壁など一部倒壊が多かったのだけど
病院に行くまでは倒壊・倒壊・焼失・倒壊・・・・の繰り返し
私が若いころ遊んだ街は無残な姿となり
電車はまともに走ってない
あちこちでビルが倒壊
神戸そごうはビルの中がむき出しで外から商品が見えている
フラワーロードはビルがど真ん中に倒壊し車も通れない
線路の上には倒壊した古い家があちこちに乗っかっている
長田は焼けて町がなくなっていた
通勤の為、人々は大阪行きの代替バスに並ぶ
ここは中国か?っていうくらいの人がバス乗り場に並んでいる
もう絶対見れないくらいの人!人!人!
そしてあちこちで大型トラックが走る
危ない・・・
倒れかけたビルの横を通る時は小走りになる
粉じんが舞い目に激痛が走る。
眼科で見てもらうと目に異物がささっていた
会社と連絡がとれたのは震災から3日後
家電は通じない。
携帯より公衆電話がつながると言う話を聞き
行ってみる
あちこちで公衆電話に行列ができている
そしてやっと連絡がとれた
派遣だったのでそのまま休みとなった
引っ越しの為1日だけその時働いていたオフィスに行ってみた
ガラス張りのビルはすべてガラスが落ちていた
中に入るとコピー機が上下バラバラでぶっ飛び
書類が散乱
足の踏み場もなかった
会社までの道のりもいちいち怖い
足元を見ないと、上も見ないと怖くて歩けない
家では何もすることがなくテレビにくぎ付けとなる
いつも使ってる駅が・高速道路が・・・・
初詣に行く生田神社が・・お店が・・
私の・・私たちの町が・・・
衝撃すぎて言葉にならない
いつまでも余震が続く
少し揺れるとまたあの揺れがくるんじゃないかと
びびる
物が落ちないようにガムテだらけに
貴重な水は簡単に使えない
料理も掃除もまともにできない
買い物もできない
お店が閉まっているので遠くまで出かけ
食料品を買いに行く
それでもまだ私は家にいれたのでましだった
直後は西宮や灘に住んでる義理の母や友達と連絡が取れない
みんなどうなったのか全然わからない
電話がかかってきた時はお互い涙・・・
全ての友達や家族の安否確認ができたのは
震災から2週間もたっていた
妊娠中の友達は普段30分で帰宅できるところ
4時間かけて帰ったと言っていた
家は無事だったけど隣の家が乗っかっている状態
倒壊しなかっただけましだったと
23年
あれからそんなに時間がたったんだね
息子も生まれてなかったし
そして今日も東遊園地でみんな黙とう
忘れていはいけない
絶対忘れてはいけない日
私なんて全然ましだったけど
それでも語り継いでいかないと。
亡くなられた方、被災された方々に
心からご冥福をお祈りします。