科捜研の女17 第7話 うーんと遅れた感想のような余談 ネタバレ有り(加筆訂正版) | == 肖蟲軒雑記 ==

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ツボに籠もっているタコが、「知っていても知らなくてもどっちでも良いけど、どちからというと知っていてもしょうもないこと」を書き散らすブログです

書き忘れたことが少しありましたので、加筆訂正して再度アップします。

 

遅ればせながらの記事アップです。アップしていなかったことを今日まですっかり忘れていました。

年は取りたくない…(泣)

 

 

さて、今回は警察官向けに行った榊マリコ(沢口靖子)の法医学講座の知識が、受講者である警察官によって悪用されるというものであった。

 冒頭の殺人を思わせる描写こそフェイントだったものの、京南署地域課巡査堀口裕子(西原亜希)は2つの事件で警察官としての道を踏み外した。

 

 もっとも劇中での描写を見ると、堀口の職場環境も大概である。働く女性を取り巻く(歓迎されざる)一般的な状況を上手にまとめていて、不愉快に響くセリフが見事にちりばめられていた。

 

職場結婚をして退職する女性警察官に対して

「奥さんは君にしかできないが…」には

「私、一応主夫ですが、何か?」と応じたくなってしまった。

 

また、堀口の上司、稲垣係長(新井康弘)

「育休も産休も取れない君は損をしている」というのもヒドイ。

これでは、育休も産休も得をしているというような言いぐさではないか。

 

 ところで、刑事になりたかった堀口は、検挙件数を稼ごうと自転車窃盗の裏取りをした。その際、店では「自転車盗られたか?」というような押し問答をしただけだったようだ。それだけで埒があかないと思い込み、被害届を偽造することになる。これが全ての発端になるわけだが、この時写真の1枚でも撮影し、「こんな自転車なんですけど」とか、別角度から尋ねていたら、案外見ていた人がいたのではないだろうか。

 彼女の思考には柔軟性がない(ので元々刑事に向いていない)、という点がこのようにも描かれているのだと思ってしまった。銀塩写真しかない昔ならいざ知らず、現在なら容易なことではないだろうか。

 

 

 さて、今回は主な鑑定の対象が盗品である自転車だったため、(塗装も)傷つけることのないような技術が用いられた。

 一つは、橋口呂太(渡部秀)がドラえもんをマネするかのように見せた、超音波厚み計であり、もうひとつはその厚み計で見つかった不自然に塗料が塗られた場所を調べた軟X線カメラである。

 どちらも非破壊計測の代表選手だ。畳を復元不可能なぐらいズタズタにしてしまった前回とは異なり、塗料ひとつ剥がすことなく現状を保存する手法が使われたのは、堀口裕子が現場を保存せず偽装したのとは対象的な描き方だと思った。脚本家の皮肉を感じずにはいられない。

 

 この軟X線撮影だが、スペシャルで用いた後方散乱を検出するのではなく、どの程度の透過があったのかを検出し画像化する、私たちも健康診断でお馴染みの使われ方である。「軟X線装置」で検索すると、検査装置を実用化させている会社がたくさんみつかる。 様々な形で身近な応用がなされているということだろう。そして、 今回使用した軟X線は透過力が弱いものなので、刻印のような厚みの違うものが検出できたということである。

 

 そして、日野所長(斉藤暁)が扱っていた三脚に乗せた黒い装置はX線発生装置であろう。そして、自転車を挟んで反対側に橋口呂太が置いた白い板のようなものは、イメージングプレートだと思われる。

 

 イメージングプレートとは、1980年代の前半に放射線の情報を画像化するために富士写真フィルム株式会社が独自で開発した「二次元センサー」である。X線画像診断を例に挙げると、このイメージングプレートが開発されるまでは、銀塩フィルムで写真を撮影し、それを化学反応で現像・定着しなければ最終的な画像にすることはできなかった。古い方なら、昔は撮影から診断まで時間を置かなければならなかった記憶があるのではないだろうか。

 

 だが現在は、病院でX線撮影をするとすぐに読影できるようになっている。これはこの技術によるものである。いわば技術革新と言ってもよい。しかも、基本となる原理の確立から製品開発まで純和製であるという点でも画期的なものなのである1

 

原理は下の図のようになっている。

 

 

 

参考文献[2]の図4を参考に作図

 

 イメージングプレートには、輝尽性蛍光体(主に用いられるのはBaFX:Eu2+,X=Br,I)といって、放射線のエネルギーを吸収して一時的にエネルギーの高い状態になる物質が一面に塗られている。図では分かりやすくするために薄いブルーで示したが、実際にはドラマの映像のように白い。

 ここに放射線が当たると(①)、その強度と範囲に応じて輝尽性蛍光体はエネルギーをため込む。つまり、放射線照射の情報が残る(②)。

 

 図では分かりやすくするため黄色で描いてあるが、これだけでは見た目区別ができない。この輝尽性蛍光体のもうひとつの性質は、適当なエネルギー準位の電磁波(赤い光)を与えると、吸収した放射線エネルギーを青い光として放出することである。

 この性質を利用して、イメージングプレートを赤いレーザーでスキャンすれば(③)、放射線が当たったところだけが、(その強さに応じて)青い光を放ち画像として検出できるということになる(④)。


つまり、ドラマでは描かれなかったが、モニター画面を見て条件を変えながら画像を取得して車体番号を割り出す前に、スキャナーを大きくしたような装置で白い板(イメージングプレート)の情報を読み取るステップがあるはずなのである。

 

 今回の話とは直接関係ないが 、輝尽性蛍光体は光をあててエネルギーを放出させてしまえば、繰り返して使うことが可能なので、一回限りの銀塩フィルムよりも、イメージングプレートが開発されたことで消耗品のコストが格段に抑えられたという大きな利点があるのだ。

 

参考文献[1]では、このイメージングプレート開発の過程では、タイトルからもわかるように、それまで蓄積された技術と、何になるかも理解されずに埋もれていた物理現象とが相互作用することで生まれたものだということを分析している。技術は先端の知識さえあれば開発できるのではなく、「役に立つ立たない」という仕分けでは捨てられてしまうようなものも含めた様々な蓄積の間の相互作用があってこそ生まれるのであろう。

 

 人と人の間の相互作用は会話などのコミュニケーションだが、それがあることで、1+1=2よりもずっと大きなものを生み出すことは多々ある。通り一遍のコミュニケーションしかできず、負のスパイラルに落ちこんだ堀口裕子はその反面教師ということかもしれない。

 

【参考文献】

1]馬渕浩一、堀越哲美 公知の科学的知見と社内蓄積技術の相互作用によるイノベーション 富士写真フィルムによる医療X線画像のデジタル化を例として 研究技術計画 21(3/4), 284-293, (2007)

2]梅本千之、宮原諄二 2次元センサーとしてのイメージングプレート テレビジョン学会技術報告 17(51), 7-12, (1993)