喫茶店のモーニングサービスというと名古屋が知られているようですが、じつはモーニング発祥の地は広島です。

 

広島市の中心部からほど近い中区大手町5丁目に、昭和の雰囲気を今なお色濃く漂わせている鷹野橋商店街があります。

 

その商店街の一角にある、1951(昭和26)年開業の「ルーエぶらじる」という喫茶店が、1956(昭和31)年にモーニングサービスを始めたといいます。

 

朝7時から10時半までがモーニングサービスで、5種類のメニューから選べます。

 

店頭にはお店で焼かれたパンが並びます。

 

日本で初めての喫茶店は、1911(明治44)年に現在の東京・銀座にオープンした「カフェー・プランタン」です。

 

開業したのは画家の松山省三という人で、松山氏の父親は広島藩主の浅野氏に仕えていた小姓だったそうです。

 

もともと画家志望の松山氏は東京美術学校(現在の東京芸術大学)で学んだあと、いったん広島に戻ってきますが、その後再び上京します。

 

経済的な事情もあり絵の勉強を断念した松山氏は、そうした世界の人たちが集まれるサロンのような場としてカフェを開きました。

 

開店してしばらくの間は会員制のカフェで、森鴎外や永井荷風、谷崎潤一郎、北原白秋、黒田清輝など錚々たる人物が会員だったそうです。

じゃがいもは皮をむいてから調理するのが一般的ですが、皮には抗酸化作用のあるポリフェノールのひとつで、ガンにつながる細胞の突然変異を予防する〝クロロゲン酸〟という物質が豊富に含まれていますじゃがいも

 

また、じゃがいもにはみかんと同量のビタミンCが含まれているのですが、とくに皮の近くに多く含まれているので、できれば皮ごと調理して食べるのが、からだにとっては良さそうです。

 

クロロゲン酸とビタミンCの相乗効果によって、ガンや動脈硬化の予防になります。

 

またじゃがいもの皮は、食用油を長く使いたいときにも有効なんです。

 

天ぷら油は何回か使うと酸化してしまうのですが、だからといって毎回油を捨ててしまうのはもったいないですよね。

 

ジャガイモの皮には酸化を防ぐ成分が含まれているので、揚げものの最後にさっと素揚げします。

 

そうすることによって、酸化した天ぷら油が復活します。

 

素揚げしたじゃがいもの皮も、塩をふったらおつまみとして食べられます。

 

また、じゃがいもに含まれる〝サポニン〟という成分は油汚れなどを落とすという効果があるので、キッチン周りの掃除にも使えます。

 

曇ったシンクをじゃがいもの皮の内側でこすると、ピカピカになりますよきらきら

魚を煮ると、サバやカツオなどの赤身の魚に比べて、カレイやタラといった白身魚は身がほぐれやすい、というより煮崩れしやすいですね。

 

魚によって違うのはどうしてでしょうかうお座

 

魚の筋肉を構成するタンパク質は、塩水や水に溶けるか溶けないかによって3つに分けることができます。

 

みずがめ座塩水に溶ける筋原繊維タンパク質、水に溶ける筋形質タンパク質、塩水にも水にも溶けない筋基質タンパク質の3種類です。

 

これらのたんぱく質は加熱によって性質が変わります。

 

筋形質タンパク質は摂氏50~60度くらいから固まりはじめるのですが、白身魚は赤身魚より筋形質タンパク質が少なく、白身魚の筋形質タンパク質は加熱しても固まらない成分を20~30パーセントも含んでいます。

 

こうしたことから、白身魚は煮崩れしやすいのですうお座

 

白身魚の筋肉を構成するほとんどの筋繊維は太いのですが、筋繊維は細い方が加熱によって固まりやすいのです。

 

白身魚の筋繊維は太くて固まりにくく、身が締まりにくいのです。

 

また、白身魚にはコラーゲンが多く含まれています乙女のトキメキ

 

コラーゲンは組織と組織を結合する役割をしていますが、煮汁中で加熱すると溶け出し、組織同士が離れるので、身がほぐれやすいのです。

広島県竹原市の忠海から南方の沖合3キロメートルに位置する大久野島は自然が豊富で、海水浴や温泉などが楽しめ、約700羽のウサギが生息するウサギの島として人気の観光スポットとなっていますうさぎうさぎうさぎ

 

しかし、じつは1938(昭和13)年から1947(昭和22)年までのあいだ、地図帳から消されるという暗い時代がありました。

 

この島には毒ガスを製造する特殊工場があったのです。

 

大久野島は明治時代から要塞化されていましたが、1929(昭和4)年に毒ガス工場がつくられましたバイキンくん

 

はじめは十数名ほどの人員でしたが、最盛期には5000名を超える大規模な工場となり、猛毒ガスが生産されていました。

 

ドクロつくられた毒ガスは中国などへ運ばれて日中戦争で使用されましたが、毒ガスを生産していることを内外に隠すためには工場そのものの存在を消す必要があり、そのため地図上から大久野島は抹消されたのです。

 

工場で働いていた従業員の多くは皮膚病になり、さまざまな後遺症で死亡する人も多くいました。

 

太平洋戦争の終結により毒ガス工場が閉鎖された後、大久野島の存在は地図上に復活し、毒ガスは連合軍が処理したそうです。

 

現在、大久野島の毒ガス資料館や貯蔵庫跡などで空白の歴史を知ることができます。

「ホープ・ダイヤモンド」と呼ばれる、青色で45・5カラットのダイヤモンドが存在しますダイヤダイヤダイヤ

 

この青ダイヤはルイ14世の時代から王朝に受け継がれていて、フランス王妃マリー・アントワネットがたいへん大事にしていたそうです。

 

ところがフランス革命の際、彼女の贅沢癖により国の財政が傾いたとフランス国民の怒りを買い、罪人として処刑されてしまいます。

 

革命の混乱にまぎれて青ダイヤは行方不明となりましたが、1830年ごろ再び姿を現しました。

 

ロンドンでオークションに出品されてイギリスの銀行家ヘンリー・フィリップ・ホープが落札したのです。

 

ホープ・ダイヤモンドという名前は、彼にちなんだものです。

 

青ダイヤを手にしたとたん、ホープは破産の憂き目に遭うという悲劇に見舞われますがくっ

 

その後、ロシア大公、オスマン帝国の皇帝といった権力者が青ダイヤの所有者となりますが、多くは殺されたり、事故の犠牲者になったりしました。

 

青ダイヤは所有者を次々と不幸にすると恐れられました。

 

現在、ホープ・ダイヤモンドはアメリカ・ワシントンのスミソニアン博物館に所蔵されていますダイヤ

 

その後は目立った被害は出ておらず、博物館の目玉として展示され、来館者を惹きつけているそうです。

国土交通省が管理する日本の国道網の起点は、「日本国道路元標(げんぴょう)」とよばれ、東京の日本橋に設置されていますビックリマーク

 

この道路元標の由来は、1604(慶長9)年、徳川幕府がここを五街道の起点と定め、全国の里程(りてい)の起点としたことにあります。

 

明治以降も、日本橋はそのまま諸街道の起点とされてきました。

 

1873(明治6)年に、「東京は日本橋、京都は三条橋の中央をもって国内諸街道の元標とし、大阪府及び各県はその本庁所在地において、道路が四方に出ている枢要(すうよう)の場所に本標を立て、これを管内諸街道の元標とする」と定められたのです。

 

その後、1911(明治44)年、現在の日本橋が架けられたとき、橋の中央に「東京市道路元標」が設置されました。

 

1972(昭和47)年になって、道路の改修が行われたとき、「東京市道路元標」は橋の北西側のたもとに移され、その撤去跡に50センチ四方のブロンズ製の「日本国道路元標」が埋め込まれました。

 

実物は車道の中央分離帯にあるので、なかなかじっくり見ることはできませんが、複製品は橋の北西側の「東京市道路元標」の近くに設けられているようです。

 

こちらは危険な場所ではないので、じっくり観察することができますよニコニコ音譜

 

 

広島県の交通事故に強い弁護士

 

からだの60パーセント以上が水分であるというのはよく知られていますが、この水分は真水ではなくしょっぱい水になりますsao☆

 

からだにとって、体液のしょっぱさである濃度がある一定の水準に保たれているということが、健康を保つ上で非常に大切なのです。

 

体内の塩分は汗や尿に混ざって少しずつ排出されているので、排出された分を必ず摂取しなくてはならないのです。

 

体液の塩分濃度が薄くなると、からだの機能が狂ってきていしまうのです。

 

現代では、塩を手に入れるのはとても簡単になったのでいいのですが、かつては、内陸部では塩は手に入りにくいものでしたsao☆

 

わざわざ「潮の道」という輸送ルートをつくり、常に塩が手に入る用にしていました。

 

塩分不足に気をつけなくてはいけないのは、草食動物でも同じこと。

 

植物には塩分が含まれていなので、草食動物は常に塩分を補給する必要がありますね。

 

これに対して肉食動物には、塩分を補給する必要はないのです。

 

なぜかというと、エサとなる動物の内臓や生肉には塩分が多く含まれた体液があるからです。

 

これは人間の場合でも同様で、生肉を常食しているイヌイットなどは、わざわざ塩を取らなくても平気というわけなのですsao☆

スーパーのヨーグルト売り場に行くと、かつて主流だった3個入りパックが減り、4個パックのものが増えていますヨーグルトヨーグルトヨーグルトヨーグルト

 

その背景には、3個よりも4個のほうが、容器代が割安になることがあります。

 

3個パックの場合、容器3個を台紙に1列に並べ、それをフィルムで包んで売られています。

 

いっぽう、4個パックは、4個が縦横2個ずつ並んだ正方形の状態で並べられています。

 

数でいえば1個違うだけですが、そのフォーマットの違いにより、両者では容器コストが大きく変わってくるのです。

 

3個パックは、ヨーグルトを1カップずつ作り、それらを並べてフィルムに包んでいるため、それだけの材料費や手間が必要になります。

 

それに対して4個パックは、大きなプラスチック板を多数の容器が並ぶような形に成型し、そこにヨーグルトを注いでフタを貼ったものを4個ずつ切り離します。

 

フィルムで包む必要もないため、1個あたりの容器コストは、3個パックよりも3割は安いとみられますヨーグルトヨーグルトヨーグルト

 

その分、4個パックの価格をおさえても、メーカーは十分に採算がとれるのです。

 

また、4個パックが増えたのは、ヨーグルトを食べる習慣が日本の家庭に根付き、4個パックを買う人が増えたことにもあるようですヨーグルトヨーグルトヨーグルトヨーグルト

 

ポインセチアは、日本でもクリスマスの花としてすっかりおなじみになっていますが、最初にポインセチアがクリスマスと結びついたのは、19世紀のヨーロッパでのことだったそうですポインセチア

 

もともとはユーフォルビアと呼ばれ、原産地はメキシコなどの中南米で、先住民たちは、茎を切ったときに出る乳液を解熱剤として利用していました。

 

1825年、そのユーフォルビアを、アメリカの初代メキシコ大使だったジョエル・ロバーツ・ポインセットが、故郷のサウスカロライナへ持ち帰り、その後、園芸用に改良しました。

 

そこから、アメリカでは、彼の名前にちなんで「ポインセチア」と呼ばれるようになりますポインセチア

 

やがてヨーロッパに伝えられると、ポインセチアの葉がクリスマスの時季、真っ赤に染まることが、キリスト教関係者の目に留まりました。

 

キリスト教では、クリスマスに、キリストの血の色、すなわち赤を飾る習慣があります。

 

ポインセチアの鮮やかな赤は、キリストの血のイメージにピッタリだったのです。

 

しかも、下葉の緑(赤の補色)と調和するうえに、花の中にある蜜腺の黄色が鈴の金色の役割を果たしているように見立てられるところから、クリスマスに欠かせない植物になっていったのですポインセチア

 

 

恐怖を感じたり、感動したときなど、背中にゾクッとしますおさる2

 

どうして胸や腹ではなく、背中に感じるのでしょうか。

 

自律神経には交換神経と副交感神経の2種類があり、互いに相反する作用をしています。

 

衝撃を受けると交感神経が緊張し、アドレナリンが大量に分泌され、それにより血管が収縮します。

 

その結果、顔が青くなったり、体が寒く感じたりします。

 

この場合、背中だけでなく、腹・胸・手・足などのすべての皮膚の血管が収縮します。

 

それなのに、とくに背中が寒く感じられるのは、そこがいわば無防備の状態だからです。

 

背中は刺激に対して最も弱いため、恐怖を感じたり、驚いたりしたとき、背中がゾクッとするのです。

 

ところで、人間が風邪をひいたときには、熱があるのに、寒気を感じたりします。

 

それはどうしてでしょうか。

 

体温は視床下部にある体温調整中枢の働きによって一定に保たれています。

 

ところがウィルスや細菌などに感染すると、免疫細胞が免疫系を刺激する物質を作りだし、それが体温調整中枢に作用し、その機能を乱します。

 

その結果、体温調整中枢は普段よりも高い体温を正常と感じるようになり、体温は上昇します。

 

そして、正常と感じる高い体温まで到達するあいだは、寒く感じることとなります。

 

それがすなわち寒気ですガクブル