「それにしてもたいした物好きもいたもんね。」

壁にもたれかかり、物憂げにあたりを見回していた世音がそう呟いた。会場は広くシミ一つない真っ白なクロスがかかったテーブルがいくつも並んでおり、様々な料理がテーブルの上に並んでいた。そのまわりを取り囲むように壮麗なドレスに実を包んだ女性達、パリっとしたタキシードを着た男達がうわべの笑顔を浮かべ談笑していた。そんな華やかな会場全体を眺められる場所に二人は並んで立っていた。世音はすその大きく広がった可愛らしいドレスに身を包み、沙羅は胸元と背中が大きく開いたロングスカートの大人っぽいドレスに身を包んでおり、壁際にいてもその存在は一際目立つものであった。

「このパーティーは毎週行われているそうね。名目は交友会とのことだそうだけれど。」

隣に立っていた沙羅がグラスを手に取りながら呟く。

「交友・・・ね。金持ちのやることはわからないわね。あ、沙羅。お酒はだめよ。未成年なんだから。」

そういった世音はいつの間にか皿いっぱいの料理をほおばっていた。

「あなたこそお酒はだめよ。後が大変なんだから。来たわ、この館の主人、パーティーの主催者のご登場よ。」

沙羅は口いっぱいに食べ物をほおばり、モゴモゴ話す世音を制し、会場の奥にある豪華に装飾された螺旋階段を指差した。レッドカーペットが敷かれた階段をゆっくりと白いタキシードに身を包んだ男が降りてくる。年の頃は20代後半といったところだろうか。キッチリとしたその風貌とは裏腹に何か怪しさを感じる男であった。それは恐らく、その目のせいだろう。顔は笑ってはいるが、目が笑ってない。まるで何か獲物を探しているかのように。世音はハッとした。怪訝な表情で男を見ていた世音とその男の視線が確かにあったのだ。まるで挑発するかのように。

「あら、気づかれた・・・かしら。」

世音が不敵な表情を浮かべる。すると、中央の壇上にマイクを持った男が現れた。

「それでは、このパーティーの主催者である、鞍坂一馬様よりご挨拶がございます。」

思案を巡らす世音を尻目に司会者が鞍坂と紹介された先ほどの男を階段の下にある壇上へと手招きする。

「本日はようこそおいでくださいました。この会も皆様のおかげで10回目を迎えることができました。今宵もこうして皆様と宴を開けたことを嬉しく思います。存分にお楽しみください。」

少し高めの透き通った声で鞍坂が乾杯の音頭を取る。交流会、すなわち上流階級、政治家、富豪などの単なる暇つぶしであり、お互いの壮麗さ、富裕の自慢を並べる、およそ一般人には理解し難い場である。中にはお互いに仮面を付け素性もわからぬまま、怪しげな行為を繰り広げるようなものまである。しかし、この会はそういった類のようには見えない。単純な交友の場としてしか、世音の目には映らなかった。

「この会だけれど、基本的には著名人や政界、富豪なんかに招待状が送られているようよ。毎回送られている人は違うみたいね。それと、雑誌か何かの懸賞で一般の人間も何人か招いているみたい。ただ、その雑誌は若い女性向け雑誌ばかりで、招待されるのも若い女性のようね。」

沙羅はジュースの入ったグラスをユラユラと揺らしていたが、その目は常に周りに視線を配っていた。さすがは戦闘のプロ、といったところだろうか。

「若い女性・・・ね。どうも解せないわね。」

世音はトントントンと人差し指で左のコメカミを何度も軽く叩いていた。彼女が考える時の癖なのだろう。鞍坂はというと招待客への挨拶に回っているようだった。

「どういうこと?」

沙羅は怪訝な顔で世音に聞き返した。

「著名人、政界、富豪・・・こういう場所に顔を出すような連中は大方知ってるつもりだけれど、どこにも見知った顔が見当たらないのよ。とういことは、この会そのものがフェイク・・・。」¥

すると鞍坂が一人の若い女性を誘って奥へと消えていった。

「沙羅、追うわよ。」

ええ、と頷くと足早に二人は鞍坂を追いかける。鞍坂の後を追いかけていくと長い通路があり、通路の向こうに屈強そうな男が二人立っている。警備の者だろう。どうするの?と沙羅が世音に問いかける。

「あまり調べている余裕は無さそうね。正面からご挨拶しましょう。もちろん、淑女として丁寧にね。」

世音がニコリと不敵な笑みを浮かべる。いつも通りといいった風に沙羅が肩をすくめる。そういうと沙羅は悠々と男達の前に歩いていった。男達は不審者に一言も発することもなくドアの前に立ちふさがる。その男達にニコリと微笑むと沙羅は瞬時に右の男のみぞおちに肘打ちを一発、左の男の右即頭部に回し蹴りをお見舞いする。その場に崩れ落ちる男達。何事もなかったかのように颯爽と立つ沙羅が世音に微笑む。

「沙羅!?」

その時だった。確実に急所を突いたはずの男達が突如立ち上がり沙羅に襲いかかる。男達の攻撃をことごとく後方へステップし、攻撃をかわす。一瞬の隙をつき、カウンターを入れる沙羅。しかし、男達は動じない。一瞬躊躇した沙羅に男の繰り出した一撃がヒットする。寸でのところでガードした沙羅だったが、衝撃を吸収することができず後方へ吹き飛ばされる。

「この力・・・。」

沙羅が苦悶の表情を浮かべ呟いた。男の次の一撃をかわす刹那、沙羅はハンドバッグから拳銃を取り出し、一撃を繰り出した直後の男の左腿に一発、その後方から攻撃の体勢に移っていたもう一人の男の右肩にもう一発撃ち込む。すると男達は苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ち、砂のように消えていった。

「ビンゴね。大丈夫、沙羅?」

影から見ていた世音はいつの間にかつい先ほどまでヒトであった砂を見て呟いた。そんな世音を見て一瞬沙羅の右眉がつりあがったかのように見えたが、すぐに平静を取り戻し、崩れた体勢を直した。

「使い魔といい、この会といい、これほどの霊力を持っているとはね。少し厄介だわ。まぁいいわ。連れて行かれた人が心配ね、行きましょう。」

そう言うと世音は軽く溜息をついてドアの前に立ち、ドアをノックした。すると中からどうぞ、と鞍坂の声がした。

「失礼しますわね。」

世音はドアを開けるとスカートの端を両手で持って淑女の挨拶をした。中に入ると広い部屋が広がっており、中央にある椅子に不適に鞍坂が足を組んで座っていた。

「これはこれは、騒がしいと思ったら可愛らしいお嬢さんとは。いかがなさいましたかな?」

お嬢さんという言葉に反応したのか、一瞬世音の眉が吊り上る。

「ええ、鞍坂様のお遊びが少々過ぎるとお伺い致しましたので、ご遠慮願おうと思いまして伺った次第ですわ。」

先ほどの鞍坂の言葉に気を悪くしたのか、世音の言葉の端々には嫌味が入っていた。

「ほう、私の余興にご興味がおありかな?ただ、残念ながらお相手をして頂くにはお嬢さんでは少々物足りないのですよ。そちらのお美しい淑女でしたら、お相手差し上げてもかまいませんが?」

鞍坂の言葉に世音の顔が若干引きつる。沙羅の表情は変わらない。

「あら、残念。私のほうが年上ですのよ。鞍坂様は見る目がないこと。それに、もう、そのつまらないおふざけはけっこうですのよ。狐さん?」

一本の赤い毛を見せつけ、世音は不敵な笑みを浮かべた。すると鞍坂の表情が段々と曇っていく。

「赤狐・・・いわゆる狐霊の一種で、妖狐ってやつね。そこそこの霊力は持っているようだけれど、使い魔に知能を持たせることもできないし、使い魔のレベルもたいしたことないし。まぁ、人を化かすことだけは得意なようだけど?尾は2,3本てとこかしら。低級妖怪がだいそれたことをしたものね。」

みるみるうちに鞍坂の表情が怒りの表情へと変わっていく。その表情の変化に危機を感じたのか世音を守るように沙羅が立つ。

「たかだか人間風情が私のことを低級妖怪だと?笑わせる。いいだろう、余興ついでにお相手しよう。」

世音の言葉に腹が立ったのか蔵坂は怒りをあらわにしている。

「光栄ね。それで、さらった女の子達はどこっ!?何をしたの!」

世音の語勢が強まる。

「ふっ、若い女の魂は甘くてねえ。命乞いをするあの恐怖に怯える表情、血も凍りつくような恐怖という感情に支配された魂は甘く、熱く、私の力をさらに高めてくれる。ああ、そう。抜け殻ならそこらに転がっているよ!」

己に陶酔する鞍坂の表情はすでに人のものではなくなっていた。黒かった髪は赤く変わり、髪は逆立ち、爪は尖り、瞳は赤く、血の色をしていた。そして臀部からは3本の赤い尾が生えてきていた。

「三尾か。霊力は中の下ってところね。魂を飲み込んで霊力が高まっている。思ってたよりもまずいわね。」

沙羅はその言葉を聞くが早いか、銃を構えていた。

「沙羅っ、3分よ。3分でカタをつけるわ。」

そう言うと世音はバッグから小型のパソコンを取り出し、後方へと走り出し物陰に滑り込む。沙羅は世音の足音を聞くのと同時に右へ飛び、引き金を引く。銃声と同時に沙羅とは逆方向へ鞍坂は飛び退いたがその銃弾は鞍坂の左肩を掠めた。

「儀礼済みの銃弾か。だがそんなもので私を殺せるとでも思っているのかっ!」

沙羅の銃弾は致命傷を与えることが出来ず、鞍坂は沙羅に襲いかかる。鋭く尖ったその爪を沙羅は避けきれずに、内腿に隠してあったダガーナイフで眼前に迫った爪を防ぐ。

「いつまで防ぎきれるかな。む、あの小娘はどこへいった。」

鞍坂の視線が世音を探す。

「異相空間検索・・・霊子量測定・・・」

物陰で開いたパソコンに必死に何かを呟きながら入力する世音。それを見つけた蔵坂の表情が曇る。

「貴様、祓い師かっ!!」

鞍坂は力に物を言わせ、沙羅を吹き飛ばし、世音に飛び掛る。世音はパソコンに集中していて鞍坂を見ていない。鞍坂の後方から銃声が続けざまに2発鳴り響き肩と右の脇腹に銃弾がめり込む。一瞬鞍坂の動きが止まったところに強烈な蹴りが鞍坂の右から繰り出された。そのまま3メートルほど吹き飛ばされる鞍坂。着地する間を与えないままさらに2発の銃弾が鞍坂に襲いかかる。蔵坂はそれを爪ではじき返した。

「何をするつもりか知らんが、まあいい。まずは貴様からだ!」

鞍坂は沙羅のほうへ向き直り、再び襲い掛かってくる。激しい攻防に目もくれず、世音は入力を続ける。

「異相空間固定まで118秒・・・霊子レベル479・・・ゲートレベル2・・・空間固定開始・・・」

鞍坂の攻撃をダガーで弾き返し、後方に飛び退く沙羅。そのままありったけの銃弾を鞍坂に浴びせかける。

「無駄なことを。そこらの低級妖怪ならいざ知らず、儀礼済みとはいえ、そんな玩具じゃ私を殺すことなどできんぞ。」

何発もの銃弾を浴びながらひるむことなくゆっくりと沙羅に向かって歩いてくる。

「ちっ、この程度じゃ。」

ちらりと世音を見る沙羅。しかし、世音はさらに入力を続けている。

「空間固定完了・・・ゲート解放準備・・・ゲート解放プログラム始動まで48秒・・・」

ちっ、と沙羅が舌打ちをする。ベレッタの激鉄が上がっている。物陰に向かって走りながら新たなマガジンを装填する。装填の終わったベレッタを標的に向けようとしたその刹那、すでに眼前に赤い瞳があった。ダガーでその鋭い爪での一撃を防ぎ致命傷は免れたが、腹部に鈍い痛みが走り、そのまま5メートルほど吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。続けざまに強烈な蹴りが入ったのだった。

「ぐっ。やはりこの装備では・・・。」

思わず嗚咽を漏らす。装備を車に積んだまま踏み込んでしまったことに後悔する。まだかと世音に視線をやった瞬間、首筋に赤い爪が突きつけられる。

「終わりだ。さぁ、命乞いをしろ。恐怖に怯えろ。泣き叫べ。己が運命を呪え。その白い柔肌を切り裂いて真っ赤なドレスを着せてやろう!」

じりじりと首筋に食い込む爪。眼前には悦楽の表情を浮かべる化け物。その化け物の肩口に世音の姿が見えた。

「沙羅っ!」

その声に鞍坂が気を取られた瞬間、思い切り鞍坂の腹部に蹴りをいれる。鞍坂は2,3歩後ろによろめいた。その瞬間、自由を得た沙羅は大きく右手に跳び、そのままダガーを2本投げた。ダガーは鞍坂の両肩に突き刺さり、鞍坂の動きが止まった。

「対象補足!ゲート解放コード!S・E・O・N!」

世音がパソコンに最後のパスワードを入力すると今まで開いていたウインドウが次々にOKの表示を出し、最後にGATE OPENの大きな文字が表示された。

「冥界門解放!!」

すると世音の周りが光に包まれ、世音の頭上に突如として5メートルはあろうかという門が現れた。青白い光に包まれたその門はこの世には存在せぬであろう、鬼の形相のような紋様が刻まれており、その扉は鎖で厳重に閉じられていた。世音の言葉に反応し、その鎖が一気に解き放たれその扉は重々しい音ともに開かれた。その開かれた扉の向こうには漆黒の闇が広がっていた。底の見えない、暗く、飲み込まれてしまいそうな深遠の闇。その中からは怨念のようなおぞましい声にならない声が響いていた。

「こっ、これはまさか!?」

鞍坂の顔が恐怖に怯えた表情に変わる。

「よくも沙羅を可愛がってくれたわね。堕ちろぉぉぉぉぉぉ。」

世音の言葉に呼応して、闇が門から溢れ、鞍坂を包んだ。

「やっ、やめろぉぉぉぉぉぉ。」

その闇は鞍坂にまとわりつき自由を奪っていく。鞍坂の全身はやがて闇に包まれ、門の中へと吸い込まれていく。

「閉門!」

その言葉とともに闇は門の中へ収まり、重たい扉は閉じていった。そしてまた何本もの鎖がその禍々しい扉を覆い隠し、パソコンから溢れ出る光の中へと消えていった。すると突然周囲が霧に包まれぼやけていき、やがて壮麗な建物は姿を消し、いくつかの柱のようなものが残るだけであった。あたりを見回すといくつかの白骨、それに血の気が引いた少女の骸がまるでゴミのように一箇所に投げ捨ててあった。

「遅かったみたいね。」

沙羅が激鉄を上げ、銃をしまいながら世音のほうへ歩いてくる。

「そうね。残念だけれど。」

世音はやり切れない思いを胸にかつて少女であったものたちを見つめていた。

「これでよかったのかしら、自称小山さん?」

骸を見つめながら世音がポツリと呟くと、物陰から小山がひょっこりとあらわれた。

「あれ、気づいてたんですか?食えないお人ですねぇ。」

小山が何食わぬ顔で入ってくる。

「食えないのはどっちよ。全く、悪狐と善狐が仲が悪いってのは聞いてたけど、わざわざ人間に依頼することはないでしょーに。」

世音はあきれた様子で語っていた。

「なんと、私が狐ということまで。これは少し妙見寺さんをあなどっていましたね。一体いつから?」

小山はコンコンと廃屋のボロボロになった壁を軽く叩きながら淡々と話した。

「んー、まぁ、なんとなくはわかってたんだけどね。まず第一に、沙羅に小山京子のことを調べてもらったんだけどね。小山京子に兄は存在しなかったわ。第二に、貴方が事務所に来たときになんとなーく違和感がね。なんか人と違う気配を感じたのよね。まぁ、それに確信が持てたのは相手が狐だってわかった時かな。わざわざ存在しない人間に化けて依頼に来るんだもの。敵対してるものかなってね。で、なんであたし達に依頼したわけ?あなた相当霊力が高いでしょう?八か九尾、天狐クラスでしょ、あなた。自分で処理できたでしょ?」

小山は驚いた表情で話を聞いていた。

「あらら、そこまで気づいておられるとは。ちょっと準備が足りませんでしたね。まぁ、別に人間なんかどうでもいいんですけどね。これ以上力をつけられると厄介なんですよ。立場上、我々は神に仕えるものですから、こちらに手を出してこない限りは動けないもので。だったら人間に頼んでしまえ、と。まぁ、妙見寺ってのはなかなか有名人でね。」

飄々とした顔で人間なんかどうでもいいと言い放つ小山に一瞬怒りにも似た感覚を覚えたが、そういうものなのだろうと世音は納得した。沙羅の表情は変わらない。

「わたしとしても、人間を食い物にするようなやつは許せないから、いいけどね。それにしても、わざわざパーティまがいのものを幻覚で作り出してまで人間を餌にするなんて。途中まで幻覚だなんて気づかなかったわ。全く、これだけの奴を相手にさせるなんて。報酬はしっかり請求するわよ。」

報酬という言葉を聞いて沙羅が頭を抱える。

「ええ、それはもちろん。まぁ神の使いに報酬を要求するなんて貴方くらいのものでしょうけどね。」

あっけらかんとした顔で小山は乾いた笑いで答えた。

「そうそう、現金以外は受け付けないわよ。」

さらに沙羅が頭を抱える。

「あ、ご心配なく。お屋敷のほうにすでに届けてありますから。でわでわ、私はこれで。またいつかお会いしましょう、可愛いお嬢さん。」

「だぁれが、おじょうさんだぁぁぁぁ!私はこれでも21歳だぁ!」

悠々と歩いていく小山の背中に飛び掛ろうとした世音を沙羅が制する。去っていく小山の背後には金色の尾が九本ふわふわと揺れていた。



「なぁぁぁぁんじゃこりゃぁぁぁぁ。」

屋敷の部屋の光景を見て世音は天にも届かん声で叫び声をあげた。部屋の中には部屋を埋め尽くさんほどの小銭がびっしりと詰まっていた。ふと沙羅がその中に手紙を見つける。

「ちょっと手持ちがなかったので、全国のお稲荷さんからお賽銭を借りてきました。ちゃんと五千万ございますのであしからず。」

叫びわめく世音を尻目に、沙羅はその場に崩れ落ちた。

    1 FOX 




  横殴りの雨が窓を叩く。外は昼間だというのに厚い雲に覆われ薄暗かった。そんな陰鬱になるような景色を窓から眺める影が一つ。

「止まないわね。」

窓辺に立った影がもう一つの影に話しかける。

「そうね。」

もう一つの影が短く答えた。

「こんな日は何かが舞い込んでくる。そんな予感がするわ。」

もう一つの影は答えない。


 コンコン、男は扉を叩く。その重厚な扉はこの古びた洋館に似つかわしく、趣のある扉であった。オフィス街の中にひっそりと立つ古びた雑居ビル。まわりはビルに囲まれ、異様な空間がそこにはあった。男は雨の中を走ってきたのだろうか、頬を紅潮させ、息も少し荒い。ずぶ濡れになりながら扉が開くのを待っていた。やがてその扉は鈍い音を立てて開いた。

「はい?」

少しだけ開いた扉から女が顔を覗かせる。

「妙見寺世音さんのオフィスはこちらでよろしいのでしょうか?」

少し訝しげに男が問いかける。

「ええ、どうぞ中へ。」

その女は静かに答えた。歳は20代半ばといったところか。背は高く、スタイルもよい。落ち着いた、それでいてどこか影のある女性だった。

 女に案内され、ビルの中を歩いていく。ビルの中は整然としており、生活感はない。いくつか部屋があったが物置か何かに使っているのだろうか、人の気配はない。ビル自体が妙見寺の持ち物なのだろう。何か価値のある美術品なのだろうか。物珍しげなものがところどころに陳列されている。男が珍しげにまわりを眺めながら歩いていると、最上階の部屋の扉の前で女は立ち止まった。入りますと部屋の中に声をかけると、どうぞと声が返ってきた。女が扉を開けると、奥の机の豪華な椅子に誰かが座っている。反対側を向いているせいか、背もたれで声の主はわからない。

部屋の中には大きな机と声の主が座っている大きな椅子。その前には応接用だろうか、ローテーブルと2人掛けのソファーが二つ。まわりには大きな本棚が並んでおり、本やらファイルやらが乱雑に置かれていた。男がとまどっていると長身の女が中へと導く。中へ入ると女が扉を閉めた。すると椅子がゆっくりと回り、先ほどの声の主がこちらを向いた。

「私が妙見寺世音です。何かご依頼でしょうか?」

その声の主が姿を見せた後、しばらくの沈黙が訪れた。

「えっと、妙見寺さんはどちらに?」

男が不可思議な顔をして案内をしてきた女に問いかける。すると女は椅子の方向を見るだけだった。しばしの沈黙。

「何かご不満でも?」

妙見寺世音と紹介された女が青筋を立てて男に問いかける。男は目をパチクリさせながら世音を見ている。それもそのはずだ。大きな机に頬杖をついていたのは14,5の金髪の少女だった。あははとひきつった笑いを浮かべながら男は180度向きを変える。

「しっ、失礼しました。」

「待ちなさい!」

世音が怒声をあげるとスッと長身の女が男の行方を遮る。

「私が貴方がお探しの妙見寺世音よ?どうぞ、おかけください。」

世音は頬を紅潮させながら言った。男は長身の女に誘導され、渋々とソファーにちょこんと腰掛ける。男の歳の頃は20代後半といったところか。スラっとした長身で眼鏡をかけた、いかにも優男といった風体だった。

「あはは、かの有名な妙見寺さんがこんな可愛らしいお嬢さんだったとは。なかなか驚きですね。」

「お嬢さん・・・」

ぽつりと世音が呟く。

「私が正真正銘妙見寺世音、21歳です。それと、こっちが助手の秋月沙羅。ちなみに18歳ね。」

驚く男の顔を見て、さらに世音の顔がさらにひきつる。癇癪を起こして立ち上がろうとした世音を沙羅が押さえつけ、静かな声で問いかけた。

「それでご用件は?」

世音の怒りは収まらないようだったがムスっとした顔で男のほうを見た。

「え、ええ。こちらでは警察でも解明できない不可思議な事件を解決してくれると聞き、お願いに上がったわけですが。」

男が半信半疑といった顔でうつむき加減に世音に目線を送ると、ええ、と一言だけ世音が答えた。

「申し送れました。僕は小山 雄二といいます。実は、妹が一週間前から帰ってこないんです。」

そういうと男はジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出した。写真には年のころは18,9だろうか、長髪の可愛らしい笑顔の少女が写っていた。すると世音はふぅとため息をつき、

「家出人ならよそに行ってちょうだい。うちは別に探偵事務所でもなんでもないんだから。」

あきれた顔で世音が天井を見上げる。

「ええ、警察に捜索願いも出しましたし、そうった事務所にもお願いしました。しかし、いづれも答えは同じでした。足取りが全くつかめない。どこにいるのかもわからないと。」

小山は写真を見つめながら拳を握り締める。

「何か事件に巻き込まれたと?何か思い当たることはないの?」

興味がでてきたのか、世音が身を乗り出す。

「妹、京子というのですが、行き先はわかってるんです。なのに警察も探偵も調べたが京子の居所はわからない、ただその答えが返ってくるだけでした。」

「なら、そこには本当にいないんじゃないの。」

訝しげな表情で世音が問いかける。

「はい、僕も最初はそう思いました。しかし、京子は確かにそこへ行くと行ってでかけてから行方がわからなくなったんです。京子の友人、何人かにも聞いてみましたが、確かにそこへ行くと聞いていたと。そしてそれからは会っていないと。」

小山は声を荒げて言った。

「それで、そこ、というのは?」

「街外れにある、大きな洋館をご存知でしょうか?そこで開かれるパーティーの招待券が当たったと京子は言っていました。どうやら定期的にパーティーが開かれているようで、前々から行きたがっていたので、京子は大喜びで出掛けていったんです。しかし、そのまま・・・。」

そういった男の目からはいつの間にか涙が落ちていた。

「小山さんといったかしら。その洋館へは行ってみたのかしら?」

「あ、はい。そこで館の主人という男に会えたのですが、何度聞いても、パーティーでそんな人は見ていないと。その一点張りでした。でも、確かにあの日京子はあの洋館へ行ったはずなんです。お願いします。京子を探してください!」

小山は懇願する目で世音を見つめる。最初は半信半疑だったはずだが、藁にもすがる思いなのだろう。

「神隠し・・・ね。沙羅、そのパーティーの招待状、手に入る?」

世音がそういうと沙羅が軽く頷く。それを聞いた小山は沙羅から世音に目線を戻す。

「面白そうね。京子さんを探してあげるわ。ただ・・・。」

そういって世音は紙に何かを書き始め、立ち上がって小山に差し出す。その紙を見た小山の顔から血の気が引いていく。

「今回の報酬と必要経費よ。もちろん成功報酬でかまわないわ。警察でも、その筋の人間でもわからない不可思議な事件を解明するんですもの。当然でしょ?」

小山は額に大粒の汗を浮かべながら、仕方ないといったふうに恐る恐る頷いた。

こんなことやってます・w・


まぁ自己紹介代わりにwよろしければご意見・ご感想お待ちしております^-^