先日、
中村区東宿町一丁目57にあります
明神社を訪ねる…。
明神社(みょう-じんじゃ)について
↓ネットより
創建年 | 不明 |
旧社格・等級等 | 指定村社・十二等級 |
祭神 | 日本武尊(やまとたけるのみこと) |
その他 | 例祭 10月12日 |
鎌倉時代前期(1242年)に成立したとされる『東関紀行』には「萱津の東宿社」と記載。
神社の南には鎌倉街道が通っていたとされる。
少し西の川向こうは萱津(かやつ)と呼ばれた土地で、ここに渡しがあった。
東宿の地名は、萱津の東の宿ということから名付けられた。
社殿は、大正13年から昭和2年にかけて造営されたものとの由。
流造の本殿、弊殿、拝殿と続く昔ながらの社殿形式をとどめる。
※平成8年大修築を完工。
以前、
オコワ祭という神事が行われていた。
(注)オコワとは
御強と書き、餅米を蒸した米飯のこと。
お櫃(ひつ)に入ったおこわを奪い合う祭りで、尾張地方西部に伝わる伝統の祭。
昭和10年頃より裸で行うようになったので”裸祭”と呼ばれ「ミニ国府宮裸祭」と言われた。
オコワを食すと無病息災、厄除とされ、参加者がそれを奪い合うという過激な祭りだった。
1996年(平成8年)の祭を最後に現在は開催されてない。
※少子化で厄年の参加者が激減した事が最大理由。
↓由緒より…(下段)拡大へ
↓境内でデジカメ
・番塀-拝殿
・流造の本殿、弊殿、拝殿と続く昔ながらの社殿形式
↓摂社??
(追記)