「尾上梅幸出生地」「柳河春三出生地」「西川鯉三郎免許の跡」の名勝標札…中区丸の内(№14~16) | 「洋ちゃん」のひとりごと

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私「洋ちゃん」、中区内にある、

名古屋市教育委員会設置の名勝標札巡りをしています。

その一環で、

 

先日、中区丸の内地内にある、

「尾上梅幸出生地」「柳河春三出生地」「西川鯉三郎免許の跡」

と書かれた名古屋市教育委員会設置の名勝標札をデジカメ。

 

六代目 尾上梅幸について…ネットより引用

・1870年(明治3年) ~ 1934年(昭和9年)

・歌舞伎役者。屋号は音羽屋、定紋は重ね扇に抱き柏、替紋は四ツ輪。

・本名は寺島 榮之助(てらしま えいのすけ)。

昭和初期を代表する名女形の一人で、女形役者として、十五代目市村羽左衛門の相方として数々の絶妙な芸を残した。

・名古屋に生れる。

・父は三代目尾上菊五郎の孫・尾上朝次郎だというが、

 五代尾上菊五郎名古屋の茶屋信濃屋の芸妓貞の子で六代目尾上菊五郎の異母兄とする説もある。

 

中区丸の内二丁目12-26((丸の内セントラルビル前)

地図の説明

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柳河春三について…ネットより引用

幕末の洋楽者。

日本における新聞・雑誌の創始者。名古屋の人。柳川とも書く。

蘭学・英学・フランス学に通じ,蕃書調所を経て開成所に出仕。

1868年頭取となった。維新後も引き続き開成学校に出仕,1869年大学小博士。

1867年《西洋雑誌》,1868年《中外新聞》を創刊。

日本近代の新聞・雑誌創成期に大きな足跡を残した

 

中区丸の内2-7-3

地図の説明

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西川鯉三郎について…ネットより引用

名古屋西川流の名跡のひとつである。

4代西川扇蔵の門弟であった西川仁蔵が名古屋へ移った際、西川鯉三郎を名乗ったことに由来する。

(付記)

西川流は、日本舞踏における流派のひとつ。日本舞踊における五大流派の一に数えられる。

 

中区丸の内3-16-3

地図の説明