愛知県織工場跡…東区泉1-1-42(名古屋市教育委員会設置の標札巡り…東区№6) | 「洋ちゃん」のひとりごと

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私「洋ちゃん」、

名古屋市教育委員会設置の標札巡りをしています…東区№6

その一環として、


先日(5日)東区泉1-1-42(第一幼稚園敷地内)にあります

愛知県織工場跡を訪ねる。

      


愛知県織工場について…ひがし見聞録より引用

明治維新になると、禄を失った旧藩士に職を与えることが、政府の急務であった。

・明治10年(1877)、愛知県が久屋町に設置した士族授産所である。

・維新の変革により失職した尾張藩士族に救済のため、その婦女子に綿やフラ

 ネンネル、結城縞の製織技術を伝習させるためつくられた。

・伝習機関は百日、織機十余台で始められたが、年々設備を拡大し、三年後に

 は三百余名の卒業生と五十余名の在学生を教え、明治中期まで続いた。


(付記)

明治34年(1901)その工場の跡地に、名古屋第一幼稚園の園舎が新築された。

 

(11,478歩)