津島神社・天王川公園に行く | 「洋ちゃん」のひとりごと

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 先日(7日)、

津島市方面に散策に赴き、

「津島神社」・「天王川公園」に立ち寄ってきました。

 

津島神社…Wikipediaより

建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)を主祭神とし大穴牟遅命(大国主 )を

相殿に祀る。

創建…欽明天皇元年(540年)


当社は東海地方を中心に全国に約3千社ある津島神社・天王社の総本社であり、その信仰

を津島信仰という。

中世・近世を通じて「津島牛頭天王社」(津島天王社)と称し、牛頭天王を祭神としていた。

主な神事 津島天王祭(7月第4土曜日)


本殿の様式 尾張造り

(付記)

尾張造りとは、

本殿(後)、祭文殿(中)、拝殿(前)を回廊で繋いだ左右対称の建築様式で、尾張地方独特

の建築様式


尾張名所図会に描かれている「津島牛頭天王」

 

境内でデジカメ
ご神木 ↓…東側の鳥居の前にて

東側の鳥居 ↓…名鉄津島駅から向かった鳥居
   

楼門 ↓

津島神社は、かっては牛頭天王を祀り,津島天王社と呼ばれた。

信長が氏神様と仰いだ神社で、戦国武将の崇敬も篤く、豊臣秀吉が楼門を寄進した。


(付記)

参拝を終えました ↓

拝殿西の模型納庫にて
ユネスコ無形文化遺産:津島天王祭り車樂舟









天王川公園(てんのうがわこうえん)…Wikipediaより
1920年(大正9年)に開設された公園。

由緒

公園の中央にある楕円形の池「丸池」は、かつて町の中を流れていた佐屋川の支流・天王

の名残りとして知られる。

この地は鎌倉時代以降、津島湊として隆盛を誇ったが、江戸時代には土砂の堆積が進み、

 1785年(天明5年)に川をせき止めて入江とした。

 

池は当時の入江部分に相当する。

1899年(明治32年)に佐屋川が廃川になると天王川は孤立。

当時、愛知県によって日光川から天王川への運河開削が計画されたが、地元の反対によって

中止されている。

1918年(大正7年)に津島町議会で公園計画が議決され、1920年に開園




 

(追記)

津島神社・天王川公園について