バプテスマ後の私は
●子供をJWの方法で訓練しない
●主婦なのに仕事をやめて霊的活動を活発にしない
●模範的な服装ではない(スカート丈が短い)
などなどの理由で
巡回訪問時は 頼んでもないのに
牧羊されたりして
長老団が私の成績表をつけるなら
10段階評価の2か3だったと思います。
集会には ちゃんと出席し、
奉仕時間も5時間ぐらいで提出してたので。
そんな低評価の私がある時から
ぐーんと高評価を得るようになります
その理由は
●娘をバプテスマまで導いたこと
●その後、娘は正規開拓者として模範的な
姉妹になったこと
●佐渡のパウロと言われたある兄弟のように
暴力的で反対者の夫を真理に導いたこと。
今まで辛口で私に接していた会衆の人達が
手のひらを返したように
私を褒めちぎるようになりました。
特に娘の目ざましい成長には
かって甘やかしすぎと批判してきた
姉妹達が 私の子育てを褒めてくれました。
その時、私はいつも
「私は 何もしてないんですー。会衆が育ててくれました」と 答えてました。
ただ 今からよく振り返って考えてみると
確かに良い意味でも 悪い意味でも
会衆が娘を育てたんだと思います。
学校生活でJWとして出来ない事を
私は証言しろとも してはいけないとも
言いませんでしたが
会衆の皆が
娘に直接、どう証言したのか?などと
聞いたり、教え諭したりしていたからです。
周りの子供達は中学2年生までにバプテスマを受ける中、高校生になっても受けない娘に
まだか、まだか?と圧力をかけていました。
進学校で 本当は大学に行きたかっただろうけど 高等教育の悪影響について
周りから諭されていました。
それもこれも
娘はもちろん私も
ちゃんと調べる事をせず、
真面目に組織からの情報だけを信じてきた結果なんですね。
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