「天邪鬼」

個性などは、とっくに捨ててきました。

私の記憶が正しければ、中学のとき、所属していた部活動の部室あたりに、ポツリと残っていると思います。しかし、幾分、時が経ってしまったものですから、誰かが、汚いものとして処分したかもしれません。



それでいいのです。個性を置いてきたことに、何も後悔などはしていませんし、そもそも、私は、「個性」だの「自分らしさ」だのと語る現代に、なかなかどうして、賛同することができなくなってしまいました。






「内心」

(本当は賛同したい…しかし、少数派でありたい。故に、世の中、現代と反対のことを唱えよう)



「吐露」

私は、この自分の天邪鬼な性格といいますか、斜に構えて、世の中を憂う姿勢が大嫌いなのですが、否、大嫌いではなく苦手といったほうが正しいでしょう。こればかりは、改善の余地が無いように思われるのです。この性格を持ち続ける限り、私は、仮面をかぶり、常に世の流れとは、反対に向かうことができる気がするのです。






























「あとがき」


この一種の告白は、
















本当は、前田敦子が好きなのに、みんなが好きというので、




「高橋みなみが好きやけどなー」と、天邪鬼が申している様子を描いているのです。

















つまり、この「私」は、本来、人間だれしもが持つはずの「個性」を持つこと、伝えることができず、天邪鬼になり続けることで、偽りの「個性」を得ているのではないか。
心なしか、いつもより時が経つのが、ゆるりゆるり。

私は、このゆるりゆるりが苦手である。どうしても、嗚呼あのときこうすれば、ああすればと、世に言う「たられば」に、頭を抱える時間を設けてしまうからである。


















この性格所以に、コンビニでは、おにぎり売り場からジュース売り場へ、その後、雑誌売り場へと、歩みを進めるのだが、なかなかどうして、レジの前に立つことができぬのである。























嗚呼!!さまよう私は、太平洋、否!大西洋に漂う船のようで、これ以上、商品の波に飲まれまいとする姿が、店員には実に滑稽に映るのではないかと、杞憂するばかりである。













そして、レジ前に立つ私は、憧れの文豪のように、こう云うのだ。



























「ジャイアントポークフランクください」



















なう
Long Time No See お久しぶりです。

限りある時間を有意義に過ごすため、西へ東へ。
不条理な世の中と嘆いてみても、何も変わらない。いつからか、私は、私という存在をも、認知することに嫌気がさしておりました。
また、夕日が沈むように、朝日が昇るように。決まりきったリズムを壊すことに、おびえておりました。


そんな私にも、後光がさしたのです。つまり、この、つまらぬ手記に、再び、手を動かし始める意味ということ。



                  「継続は力なり」


これからも、よろしくおねがいします。










































いえーーーーーーーーーーい(^j^)

今日は、オムレツ食ったお