「天邪鬼」
個性などは、とっくに捨ててきました。
私の記憶が正しければ、中学のとき、所属していた部活動の部室あたりに、ポツリと残っていると思います。しかし、幾分、時が経ってしまったものですから、誰かが、汚いものとして処分したかもしれません。
それでいいのです。個性を置いてきたことに、何も後悔などはしていませんし、そもそも、私は、「個性」だの「自分らしさ」だのと語る現代に、なかなかどうして、賛同することができなくなってしまいました。
「内心」
(本当は賛同したい…しかし、少数派でありたい。故に、世の中、現代と反対のことを唱えよう)
「吐露」
私は、この自分の天邪鬼な性格といいますか、斜に構えて、世の中を憂う姿勢が大嫌いなのですが、否、大嫌いではなく苦手といったほうが正しいでしょう。こればかりは、改善の余地が無いように思われるのです。この性格を持ち続ける限り、私は、仮面をかぶり、常に世の流れとは、反対に向かうことができる気がするのです。
「あとがき」
この一種の告白は、
本当は、前田敦子が好きなのに、みんなが好きというので、
「高橋みなみが好きやけどなー」と、天邪鬼が申している様子を描いているのです。
つまり、この「私」は、本来、人間だれしもが持つはずの「個性」を持つこと、伝えることができず、天邪鬼になり続けることで、偽りの「個性」を得ているのではないか。
個性などは、とっくに捨ててきました。
私の記憶が正しければ、中学のとき、所属していた部活動の部室あたりに、ポツリと残っていると思います。しかし、幾分、時が経ってしまったものですから、誰かが、汚いものとして処分したかもしれません。
それでいいのです。個性を置いてきたことに、何も後悔などはしていませんし、そもそも、私は、「個性」だの「自分らしさ」だのと語る現代に、なかなかどうして、賛同することができなくなってしまいました。
「内心」
(本当は賛同したい…しかし、少数派でありたい。故に、世の中、現代と反対のことを唱えよう)
「吐露」
私は、この自分の天邪鬼な性格といいますか、斜に構えて、世の中を憂う姿勢が大嫌いなのですが、否、大嫌いではなく苦手といったほうが正しいでしょう。こればかりは、改善の余地が無いように思われるのです。この性格を持ち続ける限り、私は、仮面をかぶり、常に世の流れとは、反対に向かうことができる気がするのです。
「あとがき」
この一種の告白は、
本当は、前田敦子が好きなのに、みんなが好きというので、
「高橋みなみが好きやけどなー」と、天邪鬼が申している様子を描いているのです。
つまり、この「私」は、本来、人間だれしもが持つはずの「個性」を持つこと、伝えることができず、天邪鬼になり続けることで、偽りの「個性」を得ているのではないか。