3.宝くじに当たったようなものだ
それでも能力で準オープンまで勝ちあがったメモリーは
蹄の調子もいい事から初めて芝のレースに出走する事になります。
芝初戦は1600mの道頓堀S、10頭中6番人気と評価は高くなかったですけど、
レースではなんと5馬身差の圧勝で芝初戦を快勝。
同じく1600mのシルクロードステークス(OP)でもハナ、アタマ差の3着で適性の高さを見せました。
しかしオープンでの3着、重賞経験も無いそんな彼が次に出走したのがGIの安田記念でした。
連闘でGI、しかも重賞初挑戦で鞍上は不在。誰もが無謀な挑戦だと思いました。
ところが、たまたま騎乗馬のいなかった名手岡部騎手を背に10番人気を覆す堂々の優勝。
岡部騎手もそんな馬がいることさえ知らず、当日パドックで初対面ということもあり、
「宝くじにあたったような気分だね」という表現をしていました。
まさに本心なのでしょうけど、レース内容は強いものでした。
当時のレコードにコンマ一秒差の勝ち時計で、しかも連闘で制してしまったのですから。
でも、抜けた馬のいないレースでまだ周囲の目にはフロックというイメージで見られていました。
ところが2200mの宝塚記念で5着、当時2000mの高松宮杯で2着と適距離とは違うレースで
周囲を黙らせるような成績で春戦線を終えたのでした。
4.短距離の主役へ
メモリーは少しの休養を挟んで毎日王冠から天皇賞を目標に調整されていました。
しかし、調整の遅れから照準をマイルCSに変更して秋初戦をスワンステークスと決めました。
当時のマイル・短距離路線はサッカーボーイのリタイアで主役不在の状態でした。
1番人気ながらホクトヘリオスと五分での人気を分け合う形になりましたが、
レースでは3馬身1/2差の完勝。この勝利で文句なしに短距離の主役に躍り出たのでした。
「マイルCSはバンブーメモリーで決まりだ」
そう囁かれていた矢先、当時の最強馬オグリキャップが急遽参戦を表明したのでした。
天皇賞でスーパークリークにまさかの敗戦を喫したオグリは、馬主の事情でトレードされ
その金額を回収する為に使われたという噂まで広まっていました。
天皇賞からマイルCSとジャパンCを連闘、普通なら無茶なローテーション。
オグリは中長距離を中心に使われていましたが、血統背景はマイル向き。
そして中央初戦のNZTで快勝したように距離実績も文句なし。
メモリーにとってはこれまでとは桁違いの相手、そこで歴史に残る名勝負を繰り広げるのでした。
単勝オッズは1.3倍のオグリと4倍のメモリー、
3番人気が15倍を超えるオッズだという事からも分かるように両馬の一騎打ち、
そして鞍上には前走の因縁の対決、武豊と南井克巳という構図です。
前走の天皇賞で武騎手は見事な騎乗でオグリを負かせました。
一方、南井騎手はオグリの天皇賞での騎乗で批判を浴び、背水の陣でのレースでした。
レースはナルシスノワールが息を抜けない流れでレースを引っ張り、
まさに絶対能力が試されるレースになりました。
メモリーはオグリの後ろから追走する形をとり、3コーナーの坂までは内々を進んで
メモリーと武騎手は下り坂に入ると、外へ出してすっと前に取り付いていきます。
逆に手応えが鈍いオグリは南井騎手が懸命に手綱をしごくも反応出来ずにいました。
コーナーを上手い位置取りで回ったメモリーと武騎手とは対照的なオグリ。
行き場の無くなったオグリは残り400mを切ったところでようやく二番手に。
しかし、勢いの差は歴然でメモリーとの差は3~4馬身にまで広がっていました。
この時点で誰もが「バンブーメモリーが勝った!」と思いました。
ところが南井騎手の意地の風車鞭に応えたオグリは残り200mを切ったところから凄まじい追い上げで
3馬身、2馬身、1馬身と差を詰めて両馬並んだところがゴールでした。
「わずかに内オグリキャップか、バンブーメモリーか。負けられない南井克巳、譲れない武豊」
かつての名実況はいまだに鮮明に憶えています。
6.アイドルホースと地味な馬
わずかハナ差で勝ったのはオグリでした。
南井騎手は男泣きをし、連戦連闘の一幕を制したのでした。
負けたバンブー陣営はというと「完全に勝ちパターンだったのに・・・」という落胆に包まれていました。
マイルGl春秋連覇の野望は潰れたものの、全盛期のオグリキャップという誰もが認める名馬と
ハナ差の死闘を繰り広げ、あと一歩のところまで追いつめたことは歴史的な事実で
オグリを紹介するときに欠かせない名レースの一つとなっています。
このレースで短距離戦線では不動の位置を築いたメモリー、
これで評価もかなり上がったはず…だったが、スター性というものはなかなか伴わないものです。
血統的にパッとしない事もあるのでしょうけど、やはりスター揃いの世代では注目度は低いものでした。
事実、オグリの連闘でのJC挑戦には批判的な声が上がりましたが、
同レースに同じステップで臨んだメモリーにはそれほど関心が集まらないという結果でした。