ハングルは韓国語のみならず世界のあらゆる言語はもちろん,あらゆる自然の音も表記可能――というのは誤りだということは,日本語の‘つ’のハングル表記ひとつとっても自明なことです.しかし,韓国語の表記だけを考えれば,ハングルほどよくできた文字はありません.韓国語の発音を書き留めるために考案された文字なので当然だといえばそれまでですが,そんな単純なことではなく,長年にわたり多くの国語学者が表記法を整える努力を重ねてきた結果であることは,ハングルで綴られた古い記録物などからも窺えます.

 

 しかし,日本語に比べて発音の種類が多くて複雑な韓国語を綴るのには,ハングルでも限界があるようです.そのひとつが사이시옷で,韓国ではなるべくㅅパッチムを添えて表記に反映させるようにしています.そのため表記が複雑になり,書くときにㅅパッチムが必要か,韓国語母語話者でも迷うことがあるようです.北朝鮮はこの点諦めがよく,사이시옷を一切表記しないことにしています.

 

 もうひとつの問題は,ハングルでは母音の長短を表記できない点です.辞書をひくと,雪の意味の눈は発音が[눈ː]と記されていて,目の意味の눈とは違って“ヌーン”のようにㅜを延ばして発音するのが正しいことがわかります.昔はこのように母音の長短による意味の違いが意識されていたようですが,そこまで意識しているのは今ではアナウンサーのようなことばのプロだけで,長短による意味の違いは事実上なくなってしまいました.

 

 この母音の長短が名字にもあるということに触れたコラムが,한국일보のサイトに12日付で掲載されていました.それによると,李は“イー”のように長母音で発音するのが正しく,伊や異は単に“イ”と発音するそうです.

 

●[우리말 톺아보기] 성씨(姓氏)의 장단음(한국일보)2017.03.12
http://www.hankookilbo.com/v/9ae07ca73e054e0896c078466c4b4f0c

 

 他にも長短の区別があるものとして,정씨は鄭なら長母音,丁なら長母音でなく,조씨は趙が長母音,曺はそうではなく,임씨は任なら長母音,林なら長母音でないそうです.その他に長母音で発音する名字の例として,宋(송),沈(심),蔡(채),孔(공),卞(변),愼(신),馬(마),孟(맹)が挙げられています.

 辞書をひくと,名字についても母音の長短の区別がきちんと意識されているようで,長母音には‘ː’の記号がつけられていました.韓国人の友人・知人の名字を辞書で調べてみると面白いかもしれません.