最近やる気が起きません

 このままいつまでもやる気がおきず、いくつかの幸福と不幸を積み重ねながらのうのうと生きて、あっという間に死ぬのではないかという考えが頭を支配しています。その考えが行動への意欲をさらに削ぎ、悪循環的に僕から気力を失わせています。

 この循環から抜け出すためには、無理やりにでも行動を起こすべきなのだと思うのですが、何をすればいいのか見当がつきません。何かをすれば、何かを傷つける気がするのです。こっちが傷つかないようにすればあっちが傷つく、またあっちが傷つかないようにすればこっちが傷つく、と思っちゃったりします。小心者の考えです。 

 

 行動することの重要性がいまいちわかりません。行動によって恩恵を受けた人だけが行動の重要性を実感できます。その人たちは行動を美化します。

 

 

そういった人たちは大抵成功者と呼ばれる人々で、影響力が強く、皆それが正しいと信じ、口にします。

 

結局行動した者のみがそれを悟ることができるのかもしれません。

 

 それか自殺は行動ではありませんか。行動が重要であるとすると自殺を否定できましょうか。

 

しかし人は、愛する者の死に悲しみを覚えます。

 

 

やる気がおきず文章がまとまりませんすみません

フィリピンへ短期留学に行っていたので暫く書くのを休んでいました。悪い影響がなければいいが、、、、

フィリピンの感想はそのうち書くかも?です。

 

今日はアルバイトについて

 

 インスタントラーメンが発明されて60周年らしいです。5個入りパックのインスタントラーメンの外包に大きくプリントされていました。何がびっくりしたかって、違う種類のラーメンにも同じ柄のマークがプリントされていたことです。

 

 それで僕は早とちりしてしまいました。

 

 60周年に合わせて同業者どうしが会社の枠を超えて協力し、デザインを統一して記念を祝ったと思ったのです。いろんな種類のインスタントラーメンに、またはインスタント焼きそばにも同様なマークがあったからそう思い込んだのです。なんだかほっこりするようなものを見たと思いました。他社どうし争いばかりではなく、こういった交流もあるのだと知って嬉しくなりました。いい発想だと思いました。

 

 しかし、そういえばあれは全部日清食品ではなかったか、という疑問が出てきました。というかこの文章を書きながらもしかしてが浮かび上がったのです。なにせ日清はいろんなタイプのインスタント麺を発売していますから。

 

 もしそうなら少しがっかりしますが、それでも僕がほっこりしたあのあたたかい感動、あれはまぎれもない本物でした。そういった交流がたまにはあってもいいのではないでしょうか。まあ同業者どうしの結託だと悪いイメージを浮かべる方もいるかもしれないですし、そもそもそういった結託が独占禁止法的な法律で禁止されていたりして、、、、などと思ったりもしました。

 

 まあ真偽はさておき、ここから言いたいのはアルバイトという単純作業中にも思わぬ発見があったりする、ということです。発見ばかりではありません。こういった労働でしかできない経験や実感があったりするものです。

 

 

 

 

 雇用者側はしばしば「アルバイトはお金を貰っているのだから、責任をもってしっかりと働かなければならない」的なニュアンスの言葉を言ったり文章に明記したりしますが、それに対して文句が言いたくなりました。

 アルバイトの人にこういった言葉を聞かせて職務怠慢を非難し、間接的に勤労を美化します。僕はこの理屈に異を唱えるのではありません。これはその通りであると認めます。しかしこの文章は雇用者

 

 雇用者はいち人間の時間を買っている、という事実

 

 

 

 

肉体単純労働

 やがて機械に取って代わられる→⭕️今しかできない貴重な経験

                ❌時間と体力の無駄

 

 労働の本質とは、労働することによって労働を乗り越えるという、自己否定、自己超克

 

 ブルジョワは、肉体単純労働がもたらす肉体疲労、精神的抑圧から解放された後の喜びを知らないのであろう。その時に飲むオレンジジュース(人によってはビール、牛乳コーヒー、他)ほど体に染み渡るものを私は他に知らない。運動+サウナ+風呂後も最高だが、そこには精神的な抑圧の解放からくる反動がないのだ。賢い合理主義者はこの至福をいつまでも知り得ないのだろう。

 

なんちゃって

 

 

 

 

 しかしこれも今日言いたい本質ではありません。

 

 今日言いたいのは『なぜ自分はこのような単純労働に従事しているのか』です。言いたい、といってもまだその答えがはっきりと見つかってはいないので、書きながら探していく、という感じになります。どうせ書きながら話の軸がどんどんそれていくのでしょうが、、、、、、

 

 

 

 

 

肝を潰す

悠々たる大空 悠々たるときの流れ 悠々たる面持ち 悠々と間に合う

悲愁な面持ち

感じ入った顔で絵を眺めている

侏儒の哲学

 

 

戯論を弄する

はんなりした味

認識不足を論難する

閑却し得ない問題

頓首 頓首再拝

喫驚する

一言半句も不平を漏らさない 

重々の不始末

すでに一回読み終えました。辛辣でした。今まで自分の書いてきた文章がどれも恥ずかしいです。

 心が痛みました。傷口に消毒液をぬり込まれるような痛みです。痛さは傷の重症度に比例するのでしょうが、僕の傷はやはり致命傷といっても過言ではないくらいのものでしたので、それだけ身に滲みました。しかし消毒液は大事です。悪い菌をやっつけてくれます。文章上で言えば様々な筆の悪癖がこれにあたります。この本を縁としてより良い文章を書けるように頑張りたいです。

 早い段階でこの書物と出会えたことに感謝しています。感想をまとめながら、もう一回読みます。

 しかしこの文章もなんだかくさいですね。

 

前書き 

 

特に触れるものなし

 

1、歯切れのよい文章を書くこと

形容詞、副詞、接続詞といったものが極力省かれたものが歯切れの良い文章

筆者の感動の方が先走りしてしまい、取り残された読者が妙な違和感を覚えるのが、筆にまかせた美文の悪しき傾向

 

このペースで読み進めればフィリピン行きまでに間に合わない

 

2、わかりやすい文章を書くこと

わかりやすさを意識せよ

 

3、不消化語は使わないこと

不消化語を使って威張るようなマネはよせ 調子に乗っていると痛い目にあう

 

4読み手の立場になって書くこと

独善的な文章に出会うと読者は嫌な気持ちになる

 

5推こうを忘れないこと

下手な間違え一つで文章の価値は大きく下落しうる

 

6簡潔な表現を見つけ出すこと

安吾の文章には勢いがある。その勢いも一興では、と思う。批判は鵜呑みにできないが、確かにことばに酔っているような印象はある。簡潔なものは梶井だって追求していたし、僕もそちらの方へ向かうべきだと思う。

 

7句読点も文字の一つであること

書き手が書くときの勢いの切れ目と、読み手の読みやすさの切れ目とが食い違わないように気をつける。

 

8横文字はなるべく使わないこと

カタカナのたくさん出てくる文章は読みづらいので多用は避けよう

つかすぎると文章全体がキザになり、軽々しくなるので注意すべし

 

9常に辞書をそばに置いておくこと

現代はネットの辞書でお手軽検索できるが、確かに紙辞書もアリだと思った。自分も一つ買ってみようかと思った。当て字に関しては、そういう文字遊びもおもしろいのでは、と思う。

 

10修飾語の濫用を慎むこと

修飾語は文章の調味料である。料理が美味しくする目的で使うのであって、使いすぎはいけない。アルコールのようなものとも言える。濫用すれば酒臭くって読めたものではない。適度をこころがけろ。

 

11独りよがりの文章を書かないこと

美辞麗句を連ねた文章は実りのないものに終わってしまう。言葉の遊戯に終始する

読者が置き去りになる可能性が高い

思うのだが、たいてい文章が失敗だったと後悔するのは、何か読み手に対して大上段に出ていた節がある場合だ。

 

12センテンスを短くくぎること

歯切れの良い文章は読む人を強く牽引する。どんどん読み進めてしまう。

(文章を)切るということが、そのまま、続けることを意味するような、そんな続け方が、文章の歯切れのよさを生む

 

13紋切り型の表現を避けること

紋切り型の表現をつかうことは逃げである、それでいて文章も陳腐なものになるのだから余計に避けるべきである

 

14起承転結にこだわらないこと

やりやすいように順序をかえてよし

とらわれ過ぎてはならない

 

15段落のつけ方に気を配ること

多すぎても少なすぎても良くない、難しいなあ

 

16接続詞は控えめに使うこと

文章が冗漫になったり、ぎくしゃくしたりする一つの因に、接続詞の多用がある。

小説と評論の二足のわらじを取るようなマネはよせ

 

17生硬な言葉を用いないこと

変に気張って書くな。生硬な言葉を連ねても、相手に読みづらくさせるだけ。そんな衒学は余計なだけだ。

 

18敬語の使い方に注意すること

正しい敬語は難しい。適切な敬語を使うように意識せよ

 

19同じ言葉を何度も使わないこと

すぐ近くに同じ言葉が存在すると、読み手は単調な印象を受ける

一つの言葉を巡って、いくつもの言い換えの言葉を備える必要あり

類語辞典なるものがあるらしい。これはネットで事足りるだろうか

 

20名文と思うものの抜き書きをすること

氏は名文抜き書きノートを採っていたらしい。優れた文章や表現を書き残すそうである。私もマネをしようかと検討している。

 

21努めて会話を生かすこと

会話があることで臨場感が増す

会話から入る文章などは、読者にとっつきやすくさせるような効果もある

 

22新聞記者の文章から学ぶこと

新聞の文章というものは、最小字数で最大の事実を盛り込み、それでいて読者にある程度の感銘を与えるように洗練されている。

 

23文章にもリズムがあるということ

リズムのない文章を読むと、全体がぎくしゃくしていて、あまり気持ちの良いものではない。

声に出して読めば、文章のリズムを確認できる

 

24固有名詞の誤記をしないこと

気をつけよう

 

25他人の表現を盗み取ること

名文家と言われている人の表現を盗み取って自分のものにしてしまうこと

書き写す作業が大事らしい

いい文章だと思ったものの梗概をつくり、一週間後にそれを基にして、前の文章の復活を試みる。前の文章を思い出すというよりかは新しい文章を書くという意気込みであるのが良い。そのあとに自分のものと前の文章を比較検討して、その出来栄えを確かめる。

 

26暇なときには歳時記を読むこと

歳時記にのっている季語のえもいわれない響きが、文章を書くときの一つのポイントになる。

 

27書き出しの三行が勝負であること

文章は書き出しの三行が勝負。難しい言葉は使わなくていい、ただ、ここに読者の耳目を釘付けにするような言葉を持ってくればいい。

 

28熟語を正確に覚えること

辞書で確かめながら間違えないように気を配ること

 

29自然描写は文章のアクセントであること

文章の中にちょっとした自然の風物を書き付けた部分があると、全体が引き立つものだ

 

30語源の勉強を怠らないこと

非常とか、大変とか、滅法とかいう用語が軽々しく使われている印象がある、という批判に対しては、現代の文脈で使われる場合の意味は旧来のものから変容している、だからよかろう、と僕は思う。

語源の知識は、文章を書くとき絶対必要なものではないとおもうが、岩淵さんの「語源散策」にはいつか目を通しても損はなかろう。

 

31隠語やだじゃれを使わないこと

隠語やだじゃれはを地の文で使うのは好ましくない。文章の品格を落とすことになる。会話の分で使う場合も、その寄ってくるところを明記するくらいの配慮が必要。

 

32旅行記や紀行文から学ぶこと

現代的な情緒や旅行者の目が行き届いた、優れたものが多い。

 

33物事を正確に見つめること

ものを正確に書くためには、普段から絶えず目を光らし、耳を澄まし、注意力や洞察力を養うことが肝要

 

34毎日何かを書く習慣をつけること

文章がうまくなるためには、書き込む以外に方法はない

 

35適当に例え話を交ぜること

巧みなたとえ話を挿入すれば、読者の理解の助けとなる

 

36中途半端な知識をひけらかさないこと

誰だってちょっとは気の利いた言葉を使ってみたくなるものだが、中途半端な知識で使うと痛い目を見ることもある。

しかし僕はもう大学生だが「瓜田を経るに履を納めず、李下を過ぎて冠を整さず」という高校生程度なら知っていて当然という一文を全く知らなんだ。

 

37人間は人間に興味を持っていること 

人間の心の底には他人の内幕を覗き見したいという欲望が潜んでいる

人物論を書く場合、七褒めて三けなすのがちょうどいいらしい

 

38じょう舌体の文章を避けること

ジャーナリズムの文章では、じょう舌体が好まれないということ。小説はまた別。

 

39下書きはなるべくしないこと

下書きをすると、迫力に乏しい文章になりかねない。文章というものは書きながら苦吟し、その苦しさを克服して先へ進むところに書き手の喜びがあるので、努めて下書きはしないのがよい。

 

40締め切り日と枚数を守ること

締切日を厳守するのは当然の務めである。文章を書く前に大体の構成は練っておくとよい。簡単なものでも、三日、四日も時間をかけて練り上げねるとなお良い。書いて一覧表にしてまとめるのも良い。

 

41メモはあくまでメモにすぎないこと

重要だと思ったことはすぐにメモする。とりすぎないことが肝心で、大事だと思ったことだけメモする。そしてその日のうちにもう一度思い出して簡単にまとめる作業をするとなお良い。

 

42作家の書き出しを見て勉強すること

様々な作家の書き出しが載せられていた。昭和期の作家である大江や石原の文が、肩に力が入りすぎだと非難されていた。

読みやすい文章にするためには、まず、いくつかの短い文に区切って「組み立て」を考えてみるとよい

短い文をうまくつなぎ合わせ、必要な箇所に句読点を打てば、読みやすい文章になる

 

43方言を大事にすること

方言をうまく活用できれば、趣のある文章になる

方言の激減傾向にあるいまこそ、物書きたちは方言を生かして日本語の文章にバラエティーをもたせるように努めるべきだ、

 

44編集者は野球のキャッチャーであること

編集者を志す人は、書き手以上に文章の良し悪しを理解できていなければ務まらない

 

45からかいの精神を忘れないこと

からかいとだじゃれとは、本質的に差異がある。だじゃれは単なる言葉の上の遊びにすぎないが、からかいの精神の底には、ちゃんと批判の姿勢が残っている。

 

46仕事に関係のない本を読むこと

マスコミ業界で仕事をしていくためには、広く、浅く物事を知っていなければならない

貪欲に知識を求める心が必要

 

47スポーツにも精通すること

ジャーナリストだけでなく、物書きならスポーツの知識を貪欲に吸収するように努めるべきだ、という共感めいたものを感じた。

 

48三つの仕入れ部門を持つこと

いまさっきモナコイン買った。明後日フィリピンに立つ。向こうでも色々とお金が必要になるだろうが、現在銀行には4万位しかない。学校の手続きだけで3万くらい、関空までの交通費のこともあるから、マズイ。死にかけている。めちゃくちゃ興奮している。全然集中して読めない。さっきネオマルキストに貸していた1万円を返してもらう約束をした。今晩中には返してくれるらしい。でも大丈夫であろうか。マルキストは資本主義を目の敵にしていやしないだろうか。不安は絶えない。体のうちに内攻するそこ熱い興奮も治らなく、鼻から噴き出してきそうなほどだ。

 

三つとは、マスコミから仕入れる

     人に会って、何か目新しい品物を買い込む

     場所からの仕入れ→現場へ足を運ぶ

 

49面接は相手の武装解除から始めること

相手の名前や頭文字、職業、肩書きなどを当人に直接聞いてはならぬ

相手の前でメモをとると弊害がある場合もある

 

50なんでも書くというやじ馬になること

好き嫌いせず、何にでも手を出せ。いつか恩恵を受ける。

 

 

楽しく読めた

時々見返すようにしよう

 

 

 

 

天地神明に誓う

生活苦

曲学阿世の徒

国民の公僕

友達から忌憚され軽蔑されるような人間 忌憚のない意見

 

 

 ンンンンんむふふふふふふふふふふふふふふう 

ふうせん 風船 🎈 ふうせんは、はかないもん

儚いものの象徴 とんでいってしまった われてしまった ふうせんの一生

飛んで火にいる夏の虫   パチッ  

ぱちぱちぱちぱちおちあいよういちぱちぱちぱちぱち

 

 僕が最近読んでいる本は、大隈秀夫さんの「文章の実習」と、ちくま文庫から出ている梶井基次郎の「梶井基次郎全集」である。大隈さんの本の所感はのちに書くとして、今回は梶井の全集を読みながら思うことを書く。

 以前から梶井の作品は読んでいたが、この全集には習作も入っており、それらにはまだ目を通していなかったので、それらから優先的に今読んでいるところだ。

 僕は梶井と自分の境遇を比較して、そこから類似するところ探したりするのが好きであった。境遇というのは、例えばwikipediaから梶井の生涯を調べて得た情報に限らず、梶井は私小説の傾向が強いので、小説からも梶井の思想や境遇を見出すことができるのだ。そして彼の習作には、やはり彼の実体験と思われるような箇所がたくさんあった。

 しかし今度は、いつものように自分と重ね合わせるのが苦であった。それは彼の退廃的な生活の描写が、自分のものと多分に重なるところが実際にあったからだ。こんなことを言えば、読者のみなさんは「こいつは自惚れてるわ、ナルシストだわ」と思うかもしれない。そうした自惚れが実際にあるし、だから笑ってくれてもいい。とにかく自分の生活と重なる部分というのは、学業をおろそかにし、親に対して罪悪を感じるのに、いざ現実に希望をもって前進しようと試みてもまるでやる気が起きない、といったような倦怠や憂鬱である。そして自分は今、来年の授業料が払える見通しがつかないので、このまま退学してしまってもいいのではないか、といった気持ちがある。梶井の習作と自分を重ねると、そうした気持ちに拍車がかかるような、助長されるような、そんな気がしてならないのだ。自分はどうしたらいいかわからない。今は一旦梶井から離れるべきかもしれない。

 

 

💩

 

 

 

 

自己投影のなにが一番強力かって、そうした堕落にも浄福のようなものを感じるようになってしまうことだ。それは堕落が歴々の偉人がたどった道であるから、正しいものなのだ、と認識するようになるところからくる、正しい方へ向かっているという成長の実感、その事実無根で心地よい実感に飲み込まれてしまうことがあるからだ。