行動する基準が楽しいかどうかに変わってきた。





過去振り返ってみると何かにチャレンジしているときが一番楽しいし、充実していた気がする。





自分の力の範囲内でできることをやっても大して楽しくない。




自分よりもレベルが低いところで勝負しても時間の無駄。





自分の実力の範囲内で勝負している人にはまったく憧れないし、
自分より上の人を魅了することはできない。





不可能だと思えるような目標をもって、
それに向かっているときに一番成長できる。





尊敬するピーターセージいわく、




「目標を設定した時に、その達成方法がわかるのであれば、その目標は小さすぎる」





どうせ今の人生は一回きりなんだからやりたいことをやったほうがいいに決まっている。







最近の男の人でよくあるのが、
一番好きな女の人にはアタックしないということ。






断られるのが怖いから1番目にはアタックせず、
2番目以下の手ごろな相手にするようになっている。




こういう人のことを腰抜けという。






腰抜けメンズが増えているのは大変残念なことだと思うけど、
自分の周りで経営者として大成功している人をみると決して自分の実力の範囲内でいける女を落とすようなことはしない。






もちろんきちんとゲットするための戦略等は必要となってくるけど、
そういう戦略がなくても1番目にアタックするという勇気をもつことが必要だと思う。









自分は自分よりも大きな夢や目標を持っている人についていきたいと常々思っている。






腰抜けの人についていきたい人はいない。





おそらく自分だけでなく、
人生をフルで楽しみたい人はそう思っていることだと思う。









そう思う一方で、この2年くらいは保守的に生きてきた気がする。







若干自分が腰抜け気味になっていた。







周りからみたらそうでもないかもしれないが、
自分の中ではまだまだ隠された実力が発揮できていない気がする。






「ポテンシャル高いのにそれを制限している」






と自分よりもはるか上の経営者の方から最近よく言われるようになった。






はるか上の経営者の方々から右腕として働いてほしいというオファーを何件か現在もらっているし、
年商数億の会社の社長から、2年後代表取締役として会社を任せたいというオファーもこの前頂いた。



他にも確実に今後大きく伸びるであろう某会社に役員として入ってきてほしいというオファーも立て続けに頂いている。









ここ2年間ほどは誰にも束縛されず、ある程度自由に生きてきたので、
そろそろ没頭して死ぬ物狂いに働くという経験をしてもいいのかなと思う。





働くこと自体が嫌いではないしね。







自分でもビックリするほど人からオファーを受けている状態にいるし、
それはそれで大変うれしいこと。





それだけ自分のポテンシャルを感じてくれている人がいるということの証かな。








どこかに入るかもしれないし、入らないかもしれない。





何をするかというのはそれが楽しいかどうか。



自分が今思っている限界を超えられるかどうか。



それで自分の人生を決めていきたいと思っている。







世界No1ミリオネアコーチのハーブ・エッカーいわく



Small thinking and small actions lead to being broke and unfulfilled.
Big thinking and big actions lead to having both money and meaning.


小さく考え、小さく行動していると、一文無しで欲求不満の一生を送ることになる。
大きく考え、大きく行動すれば、お金と生きる意味を手にできる。











できなかったことができるようになる。




これが一番楽しいこと。




だから今の実力の範囲ないでできることを考えるのではなく、
今の自分ではできそうにないことにもっともっと挑戦していきたいですね。


という話でした。