自分のやりたいことって何でしょうか?

僕は昔からとても疑り深い性格というか、
とにかく「なんで?」という疑問を常に持っている人間でした。


最初に疑問に思ったのはこの日本という国の「立派な社会人」という概念です。


とにかく僕の家はメンツを重要視する家庭で、子供を大学出して「立派な社会人」にすると良く言っていました。



ですが僕が持つひねくれ理論で立派な社会人て具体的に何だよ?という疑問を導きだしました。


僕の父親は大学を出て結構な大企業で働いてそこそこ裕福な家庭を作りました。


世間的に見れば立派な方だと思いますが、それでも母親との仲は最悪でした。


仕事のせいで帰ってくる時間もいつも遅く家事も手伝えない。

年末年始などの行事の時も会社に勤務している。


それらが理由で僕の家庭には常に険悪なムードが漂っていました。


僕の疑問は的中しました。

立派な社会人なんて言う概念は矛盾の塊で、実際に言っている方もいい加減に言っているんだな、と。


「はっはーん」

大人なんて結局まともなこと考えてないんだ。

そう思ったのです。


この歳になって大人に近づきましたが、結局世の中を冷めた目で見れるだけで本質を語れる様になるわけじゃないと実感します。


結局、自分が今思っている常識や理想なんていい加減で正当なものかどうかなんて全くわからないのです。



ことこの「立派な社会人」なんて理想は誰かに植え付けられた概念を大人達が得意げに語っているだけです。



その発信元はこの国を支配したい国家やメディアですが、

結局偉そうに説教してくる大人も誰かにすぐ影響される子供と変わらないんだなと考えるようになりました。



そう考えるようになってから僕はありとあらゆることに疑問を持って生きてきました。


今の自分は本当に自分のやりたいことをやっているのだろうか?


誰かに植え付けられたことに従っているだけじゃないか?


もちろん誰にも影響されずに生きるなんて不可能ですが、それでも自分が正しいと納得できる事をやっているのか選べているのかは常に考えています。


この考え方は結構重要だなと思っていて、
常に回りに流されず自分の本質を追えるようになりました。


自分の人生を自分で生きるという意味ですね。


僕がしているネットビジネスで例えると、
自由な生活が欲しいという概念がそれです。


自由なんて人それぞれで定義が違って当たり前なんです。


なのに画一化された「自由をつかもう」というキーワードだけに影響されて詐欺商材を買わされるのです。


自分の中の自由とはどんなものなのか、
具体的に考えることで本当に必要な物が分かってきます。


それを「自由を目指すべき」というこれまた学校が生徒を教育するような物良いに簡単に影響される人々が騙されてしまうのです。


自分が本当に目指したい夢を、叶えるために本当に必要な物を、

「自分で」考えることで本当の意味での自由が手に入るのです。



すぐに行動できるのは大したことですが、
誰かの都合の良い物言いに簡単に影響されては直ぐに失速します。


一人一人が自分で考える力を僕は養ってもらいたいと思い、

そんな人達と、僕は仲間として一緒に頑張りたいと思いますね(^-^)