
もう、こうするしかないところまで来ている現状をFAは順当に対処したのだと思う。ポイントは単なる外国人監督を招いたのではなく、世界レベルでも最強と詠われる4大リーグの中で百戦連碼の実績と経験を持ち、その鋼鉄の様な風貌と難くなor硬くななまでに独自のポリシーに基づいたサッカーしか展開しない方法論は、表面的に見える部分(ツマランサッカーで守備的過ぎるとか)ではなく、もっと根本的なところで各人(選手、スタッフ、協会役員)が慣れきって来たシステムや思い込みを大元から見直すべく再出発を図るにふさわしい選択であると思います。

今のイングランド代表に最も必要な性根を!偽りの威厳やプライドを脱ぎ捨て、新たなる柔軟でヒタスラ勝利を追求する強国へと進化して行くためにカペッロの力を信頼し得たのは的を獲た選択であると云える。
よく考えて見れば解ることだと思う。
毎度の事だが、その見た目や表面だけを視て過敏に反応するマスメディアやサッカー界に籍を置く者たちには呆れてしまう。その典型的な悪い見本はFIFAのプラッター氏だ!現状では欧州が中心となって動いているのを知っているにも関わらず、イングランド代表の屈辱から這上がる為の革命的な決断を4大リーグを楯にイタリア、フランス、ドイツ、スペイン、らの国から自国以外の人間を招集するなど言葉の面でも威厳の面でもあってはならないことではと、苦言を口にしたのだ。何とも視野の狭い浅はかな発想ではと思ってしまう。それには、サッカーの母国が直面した危機的状況への理解の無さ。プラッター自身が安っぽい貴族観念や定説に縛られた意見の持ち主であること。人種差別や政治的な介入や、社会的な運動への関与やなど、認めない健全なスポーツの団体であると訴えているにも関わらず、単なる貴族主義と思い込みから発せられた言葉に嫌悪感を抱いた人も少なくないだろう。
イングランドが母国だからこそ必死に「名誉挽回」を心の底から願い、大いなる可能性を模索し、決断した結果に対し無理解も甚だしい。また、国別で争う(戦争など)ことと、国を代表して競うことに対し誤解があることも否めない。イングランド代表が主に相手とするところは言わば同じ蚊帳の中の競合国であり、それは世界に名だたる4大リーグを所有する国でもあるのだ。母国としての誇りから恥も外聞もなく、同枠の対戦国から監督を招集した事じたい、ある主の「負け」を欧州然り世界的に認めた証しでもあることをプラッターは理解していない。この苦境を体験し、又は察知出来る器でないと、中立でい続けることや、人の上に起って先導する立場にふさわしい人物であると云えないのではないだろうか。
プラッターの発言にはいつもどこか的外れな部分と偏見と思い込みがあると思う。簡単に云えば時代錯誤なリーダーになり切れない一回の伯父さんってところか…。
そして、もう一つは同国のサウスゲートやレドナップ、マーク・ヒューズ、コッペルなどの指導する立場の人々だ。先ずレドナップは「何故私に聞きにこない?」、「今更テリーやジェラードに指導が必要か?」等と稍大人気ない発言をしていたが、偉大な監督であるレドナップに訪ねなかったのは、彼自身が①②を争う英代表の監督候補だったからだと思う。+陰謀とも思われる不正契約なる疑惑に問われ逮捕に至ったのも、小言が多いお年よりに対し、年齢的にも見切りを付けたいが為にMI:6や警察ぐるみかは知らぬが、有らぬ疑いを掛け、有無を云わせず対象外に追いやったんですかねぇ。以降、殆んど代表について口にしなくなった。
あとは、現プレミアで指揮を採り、又嘗て自身も代表経験を持つ人々の意見についてである。そろって言えるのは昔乍らの古い伝統の考え方から抜け出せていない発想がやたら目についた点だ。イングランド代表はイングランド人が指揮するべきだ!~なる意見が意外にも多かったこと。これは長年サッカーに関わって置きながら最も無責任な意見だと思えてしまう。

~ならば、自分から名乗りを挙げるべきでは?~と思えるし、マクラーレンの手前、メディアの集砲中火を恐れてか満を持して発言している者がいなかった。
勿論現プレミアは世界的にも最も視線の集まるリーグであるのは事実である。けれども、そのリーグで腕を奮っているのは外国人監督が殆んどであり、それ以外のプレミア監督陣は英国では知名度あれど欧州、世界レベルとなると今一つ力が及んでいない。だからこそそういった傾向を打破しようとFAは母国愛に深い人選を掲げ託して来たが、その対象となる現プレミアに始まり現イングランドで活動するマネージャー陣らの反応は、実際のところオヨビ腰で、イザとなると何処吹く風といった態度となるのが常になっていった。要は自信がないのだ!もしかすると、マクラーレンはありとあらゆる汚名とスケーブゴートを一真に集め、落ちる所まで堕ちるべくして、更に未来に向け新たなる栄光の時代を築く為の、悲劇の主人公を買って出たのかも知れない。
結果的にはそんな美談が当て嵌るものではなかったことは今更言うまでもないのだが…。以上の例も踏まえ、イングランド代表を指揮する人間はイングランド人であるべきと、安易にも願望を口にしてはならないと思うところのもの。言うからには、そこには並々ならね試練と忍耐に裏付けされた不言実行のみが存在するのだから…。
今は失ったモノを取り戻す為に、その足掛かりをイタリアンコネクションを通じ、託したのだから、それを前向きに静観すべき時であると心から思う。

この選択は両国同志にとって大いなる明日への一歩であり、片や地獄に墜ちた英国と暴力と社会的秩序(モッジ事件ヤ不正)とその立場が問われるイタリアにとって、又世界規模な視点でもサッカー界の未来を担う前向きな要素をも大いに含んでいる決断なのであると想えるからだ…(因みにカッペロ自身もその疑惑の渦中にいた人物であり、興味をそそられるが、くれぐれも何もなければ良いのだが…)。

κ shadow-of-quai44
