日本書字文化協会外史
  • 11Nov
    • 感動した言恭達書法芸術展

      文字は読めなくても感動するものなのだ、と書道作品を見ながら思いました。東京・銀座で開かれた中国の高名な書道家、言恭達さん(70)の作品展です。コミュニケーションの道具である文字を書く書道は、まず読めなくてはいけない、と思い込んでいた筆者の考え方に修正を迫るほどの感動を覚えた作品展でした。 「抱雲堂吟草 言恭達書法芸術展」(2018・11・6-11・11)の初日に行きました。同展の実施に尽力したNPO法人日中文化交流促進会理事長、劉洪友さんからお誘いを受けたからです。抱雲堂というのは大きな書道結社で、言さんはそこの代表をしているようです。 教室4つ分ほどのスペースに、言さんの大作約40点が展示されています。文字数にして1000字は越えるでしょうか。悔しいかな1行も読めません。ほとんどの字が草書か篆書。おまけにどれも詩人でもある言さんが作った詩文ということで、なじみのフレーズもありません。夏にこの会場に尉大池さんという作家の書展を観に行ったときには「少年易老學難成…」などもあって、そこそこ読めたのですが。 なのに、なぜこんなに感動したのでしょうか。書写書道の素養がまるでない筆者がこんなに感動したのですから、普通の人も皆さん同じだと思います。日本と同じ表意言語の「漢字」を使っているからでしょうか。しかし、その字が読めないのだから関係ありません。意味不明のゴッホの抽象画のようなものです。芸術音痴の筆者はゴッホの絵を観てもそんなに感じないのですが、今度は大げさに言えば身体の底からブルッとくるような、鳥肌が立つ感じがありました。 帰りがけ、日中文化交流促進会の人から日本語で書かれた同展紹介冊子をいただきました。その冒頭のあいさつ文にかかれた中でこんな一節が目を引きました。「(言恭達氏は)真摯な情感に溢れ善を切望し、美を追求しています」。開会式で夫人(らしき人)と一緒に出席した言さんを見ましたが、エネルギッシュでまっすぐそうな人との印象は受けました。それ以上のことは分かりません。 結局「想い」が書作に出た、ということでしょうか。字は読めなくとも漢字に込められた「想い」が観る人の心を打った、というのは意味不明の文章ですね。日本人の書家を含め観賞経験がわずかな筆者は、この謎解きのために今後は多くの書道展を観なくては、と決心した次第です。言い換えれば、評価してなかった鑑賞教育の大事さを見直した、ということですかね。

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  • 10Nov
    • 書道の心は看護の心~月刊書字文化11月号から

      東・西・南・北高校3年 橋爪 綾音(大阪・麗鳳書院生徒)私にとっての書道と看護――文科大臣賞を受賞して私は将来、看護師を志しています。患者さんの心に寄り添える看護師を目指しています。日頃から書と向き合い、人に感動してもらえる字を書けるように練習に励んできた私にしかできないことがあると思うのです。看護師でも、大変なことや辛くてやめたいと思うこともあるかと思います。でも、人生の半分以上の11年間、書道をずっと続けてきました。私には継続する力があります。そこを生かして、一人でも多くの患者さんの力になれる看護師になります。看護師の勉強と書道を両立させ、看護師の道でも書道の道でも尊敬される立派な人になれるように、努力を忘れず、日々専念したいと思います。編集後記 橋爪さんの寄稿を読んで、キーワードが「感動」と「「継続する力」であることに編集部一同うなりました。それは、まさに書文協が掲げる理念そのものなのです。賞取り競争ではない学びの心そのものです。橋爪さんは第7回全国書写書道総合大会の全国学生書写書道展で文部科学大臣賞を受賞しました。小学低学年で書道を始め、何度も「もうやめよう」と思いながら11年かけてつかんだ快挙です。「看護師になっても書道を続ける」と周囲に語っていると聞いて「その心は?」と、東・西・南・北への寄稿を依頼し、受けていただいたのでした。橋爪さんは「人に感動してもらえる字を書けるよう練習に励んできた」と言います。それを実行してきた自分にしかなれない看護師になる、と言うのです。「患者さんに寄り添う」には感動を分かち合うことが大事という考えは、看護の心として素晴らしいですね。そして、つらいことがあっても培った「継続する力」で思い描く看護師道を行く、というのです。「綾音ちゃん、成長したんだね」と推測しています。人生の進路を考えることがきっかけだったのでしょうか。字まで抑制の利いた素晴らしい字に変わったそうです。おめでとう。(橋爪さんの受賞作[初心忘れるべからず」の写真は書文協ホームページhttp://www.syobunkyo.org/index.html の月刊書字文化11月号にあります。)

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  • 06Nov
    • AIと書写書道~月刊書字文化11月号から

      こ こ ろ                                大平 恵理(書文協会長)             AIと書写書道AI(人工知能)という言葉を最近よく目にします。詳細にプログラミングしたコンピュータをロボットに入れて人間の作業をするAIロボットは、書写書道もその対象になるそうです。人の仕事の半分はAIにとって代わられる、という予想もあります。          何しろ「とめ、はね、はらい」などの運筆はもちろん、墨の濃淡、筆圧の強弱までプログラミングされた手書きフォント(書体)がすでに出来ています。このフォントのソフトを入れて手紙を書けば、手書き文字の活字印刷ができるという具合です。手足が動かないハンディのある人の代わりに、AIロボットがその人のまぶたの動きの指令で“手書き”したら、その人の表情が出た手紙が出来上がると思います。相当に詳細なプログラミングが必要ですが、私はそう信じたい。AIは弱者の見方でなくてはいけません。ですから、その意味ではAIというかITとは共存していきたいと思います。 「初心不可忘」(初心忘れるべからず)という言葉があります。今年度の学生展・高校漢字部門の指定課題として出題されました。10月28日に東京・中野ゼロホールで開かれた優秀作品展示交流会でも何点か展示されました。その一人、文部科学大臣賞に輝いた大阪の高3女子は講習会で何度か見ていますが、普段からとても勢いがあります。応募作品は配置配列に腐心し、程よく勢いを抑えました。その絶妙のバランスが中央審査委員の先生方の心を射たのだと思います。彼女の日頃の研鑽と心の成長が生んだ抑制です。 AIに、この抑制心がプログラミングできるでしょうか。AIと書写書道の大きな壁となりそうなのは、この「情動」の部分だと思います。AIが、その人独自の心と情が詰まった手書き文字を書く日は遠い先なのでしょう。それはAIが「初心不可忘」と言う心を持つ日でもあるのでしょう。 「あなたの字は眠ってるよ。しゃんとして書こうね」。すると生徒は見違えるほど上手な字を書きます。今日もまた、子供たちの心を思い、注意しながら教室を歩く私です。AIロボットも早くこれが出来るといいですね。 月刊書字文化は書文協ホームページ http://www.syobunkyo.org に掲載されています。

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  • 31Oct
    • 高知・田野小のちびっ子たちと早稲田

      東京・中野ゼロホールで開かれた第7回全国書写書道総合大会の優秀作品展示・交流会は盛況のうちに終わりました。交流会で印象が強かったのは、高知県の田園地帯からやって来た3人の女子小学生です。会場で憧れの郷土の先輩女子大生と会った彼女らの瞳は輝いていました。 やって来たのは高知県安芸郡田野町の町立田野小学校の1,3,6年生です。コンクールで全体の1%未満に入る優秀賞を受賞しました。しかし、展示交流会は表彰式ではありません。賞を争うのではなく、皆の切磋琢磨の場が広がるように、と企画しています。ありきたりの授与式はありません。 地元の書塾の先生から、3人がやって来ると聞いて、田野小の先輩で早稲田大学教育学部3年の彼女を呼ぶことを思いつきました。遠来の彼女らに何かしてあげたかったのです。その先輩は早稲田大学の書道部にも属していて、今も書写書道に生きる先輩でもあります。 彼女らは母親に連れられて、遠い所をやって来ました。自分の作品が飾られた展示ギャラリーでの誇らしげな顔。交流会で各地のお友達の前でマイクを握らされた1分間スピーチで困り抜いた顔。「学業と書写書道の両立」という難しいテーマです。そして郷里の憧れの先輩に会った時の緊張した嬉しそうな顔。きっと学ぶことの何かを体得して帰ってくれた事と思います。  ところで、その女子大生は早稲田出身の筆者の遥か下の後輩でもあります。「お前さんは学校終わったら高知に帰るんだ。田野に戻れよ。郷里に帰る、それが早稲田だ」。説教しては困った顔をされていますが、これで外堀は埋まったな、と思っています。しばらく見ない間にきれいになったのが心配ですが。田野小のちびっ子たち、先輩を離すなよ。

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  • 27Oct
    • 中野ゼロホールで書写書道作品展

       書文協は10月28日(日曜日)、東京・中野の中野ゼロホールで第7回全国書写書道総合大会の優秀作品約130点を展示した「2018総合大会優秀作品展示・交流会」を開催します。展示会とは別に、大会参加者らの交流会も行われます。総合大会は「ひらがな・かきかたコンクール(硬筆)」「学生書写書道展(毛筆)」「全国硬筆コンクール」の3コンクールで構成されており、全部で13875点の応募がありました。この日展示されるのはこの内の約1%132点です。幼児から小学・中学・高校・大学一般までの作品が展示され、書写書道の学びの流れを一目で観ることができます。 展示会は午前10時から午後3時半まで、中野ゼロホール西館展示ギャラリーで開催され、大会参加者以外でも見学ができます。これとは別に大会参加者による交流会も開かれ「学業と書写書道の両立」をテーマに意見発表が行われます。 中野ゼロホールは、JR・地下鉄東西線中野駅の南口から徒歩8分です。

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  • 16Oct
    • 部活、浪人覚悟で気を抜くな

       「部活、いつまでやればいいですかね」。最近、こんな質問をよく受けます。聞いてくるのは書文協の高校2年生。秋の深まりと共に、大学入試が現実のものとなってきたのです。 「3年生の1学期までやりたのなら、浪人を覚悟するんだな」。冷たく突き放すと、苦悶の表情を浮かべます。「でもやりたいんだろ。どうせすぐに負けるにせよ」。コックリとうなづきます。国体予選、インターハイ(高校総体)予選が6月ごろに集中します。部活最後の公式戦にどうしても出たいのです。 半世紀前の自分に似ています。自分の非力を省みず、高校の3年間を柔道部活一色で過ごしました。正確には2年と3か月ほど。最後の公式戦は国体予選でした。  会場はなんと通う高校の体育館。畳を敷き詰めた試合場を、級友たちも取り囲みました。先鋒(1番手)で出場した筆者は、相手と組んで、すり足の自然体(のつもり)で半周も回ったでしょうか。両足がそろったところを見事に足払いで一本負けしました。  送り足払いで負けるなんて、無様もいいところです。まさに足が地に着いていません。気持が上ずっていたのです。藩校を開祖とする母校は、県内きっての進学校。3年の1学期も進み、周囲は受験一色に染め上っていました。そうした空気の中で、筆者の心の中に迷いと緩みが生まれ、それが足をすくわれる結果につながったのではないでしょうか。 しかし、反省はしても、後悔はしていません。友と一緒に過ごした柔道一直線の若き日々は、今となっても輝きがあせることはありません。 「やるなら、最後まで全力でやれ。浪人を覚悟するだけの価値はあるぞ」。こう励ますことにしています。

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  • 08Oct
    • 書法・書道の交流促進を~月刊書字文化10月号から

      書法・書道の交流促進を日中友好文化交流の柱「日本の書道と中国の書法は、どこが違うのでしようか?」。展示交流会場から出たこんな質問に中国の高名な書家、尉天池先生はこう答えました。「呼び方が違うだけですよ」。「少年易老学難成…」。書法作品が所せましと飾られている会場に「ナットク!」の空気が流れました。銀座で開かれた「書法芸術展」の最終日、9月9日に開かれた交流会に、書文協から大平恵理会長。渡邉啓子副会長らが参加しました。同展は「チャイナフェスティバル2018」の一環で、NPO法人日中文化交流促進会(劉洪友リュウ・コウユウ理事長)、中国文化人物雑誌社などが主催、日本外務省、在日中国大使館などが後援し、9月4日から開かれたもので、これにあわせ中国から尉さんら高名な書家3人が来日。主宰者の劉洪友さんと併せ4人書法芸術展を開いたのでした。劉さんはこのほど全日本華人華僑連合会長に就任したばかりで、在日30年の書家として、文字通りの文化交流を展開していく、としています。書文協は劉さんの書の文化交流にこれまでも協力してきました。6年前、日中国交正常化40周年を記念した日中学生国際書道展には、書文協から会場の南京市に約30人の訪中団を派遣。この夏、中国が開いた第1回米芾杯国際青少年書道大会(中国国際書画芸術研究会 中国文字博物館、江蘇省教育書道協会など共催)に書文協から84点を応募。8月末には同大会で優秀な成績を収めた中国の児童・生徒9人が日本を訪れた際、書文協は交流席書大会を開いたことは、月刊書字文化9月号でお知らせしました。交流会で参加者約200人の前に立った大平・書文協会長は「1980年代の初めに中国を訪れた時、尉先生が学校で熱心に教えられる姿を拝見しました。書文協は、書を通じての日中の文化交流をこれからも続けていきます」とスピーチ(写真)。一方、書文協が作成したばかりの「新・硬筆テキスト エンピツ・ペン文字練習帳7~15巻サンプル版」を会場で配りました。漢字仮名交じりの日本文の習得にも力をいれていることを知ってもらうためで、書き文字文化に関心のある中国の人達に喜ばれました。

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  • 07Oct
    • 不変でありたい「とめ・はね・はらい」~月刊書字文化10月号から

      東・西・南・北 米国ミネソタ州在住 マーニー・ジョレンビー不変でありたい「とめ・はね・はらい」私はミネソタ大学で日本語一年生を担当しており、毎年40人ぐらいの学生に平仮名と片仮名と漢字を教えている。色々な国籍と様々な目的を持つ学生がいて、すでに日本語と日本文化に詳しい学生もいれば、「着物」という言葉の意味さえ分からない学生もいる。三年生まで続くのはわずか三分の一ぐらいである。多くの学生は日本語とは一年間、長くても二年間の付き合いでやめてしまう。新聞や小説を読んだり、漢字を使ってエッセイや論文を書いたりするようになる学生は一握りしかいない。最近は日本でも「とめ・はね・はらい」をしっかり教える必要はないという意見もあるようだが、私は違うと思う。恥ずかしながら、十年ぐらい前まで「川」という字の最後の一画に「はね」を付けて書いていたのだが、ある日間違っていることに気づいた。正しく書いてみた時、頭の中でずっと堰止めていた「川」の水が、初めて流れ出したのをはっきりと実感し、この字が、流れていくべき字だとつくづく思った。「川」の三画目がはらいという知識は、本当になくなっても大丈夫なのだろうか今学期も漢字を力の限り正しく、細かく教えることに決めた。筆ペンも、今年も学生に握らせることにした。そして、北京で入手した、コンクリートの上に水で漢字を書くためのスポンジ・ブラシも。ミネソタの秋の清々しい空気の中で漢字を書くのはいい体験になるはずだ。最近、大学のミーテイングで「学生が『持つ』という字を書く時、部首の『はね』が『はね』ではなくて、手偏のもう一画のように見えてしまう。醜く書かれてはたまらない」という声が出た。伝統は水面のように目まぐるしく変わっていき、模様が見えたと思えばもう消えてしまっている。一方、人間は流れゆく水ではない。「持」の2画目が、一度手に「持」ったのに指の筋肉を緩めて落としてしまう形になってもよいのだろうか。編集後記   ジョレンビーさんは日本文学博士で米国ミネソタ州立大の日本語専任講師。学生の頃、日本語を学んで以来「日本」を考え続けてこられました。言霊の国の日本人が失いかけた感性が光る原稿です。目下、作家のための著作権エージェント会社「ボイルドエッグズ」(村上達朗代表)と契約し創作活動中で先日、書文協の教室を視察しました(写真)。神戸女学院の「KCC日米教育交流会理事会」( https://www.kccjee.org )の理事を務め若者の日米交流にも取り組んでいます。    (書文協の視察で見事な書を披露したDr.ジョレンビー)(写真は月刊書字文化10月号にあります。

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  • 05Oct
    • 楽しく型を破る~ 月刊書字文化10月号から

      こころ大平 恵理(書文協会長)下の娘が通う私立高校の文化祭を見に行きました。娘は1年生で書道部に入っていますが、学校のことをあまり話してくれません。このところ、足の裏を墨で汚して帰ってくるので、しつこく聞いてみましたら 部活でそうなっているらしいのです。「ははん」と、ピンときました。文化祭でパフォーマンス書道をやるようです。学校の創立記念祝賀会で部活の顧問の先生にお聞きしたら、その通りだったので書道部の出し物を覗きに行った次第です。        書道部のパフォーマンス書道は、それは上手でした。大筆を持って、床に敷き詰めた紙の上に字を描いていくのです。自由で愉快な感じの書き物が出来上がりました。1年坊主の娘も頑張っています。上級生の邪魔にならなければ良いが、と心配しました。しかし、気難し屋の娘の表情に楽しげな気配が浮かんでいるのを見て「ああ良かった」と、胸をなでおろしました。「型から入って型から出る」が書文協のモットーです。型から入るために書写を重視しますが、それで終わることを 目指しているわけではありません。あるとき、学習指導要領遵守の旗を振っておられた文科省の最高幹部に、退官後にもお会いしました。そのOBは在職中とは違う自由な口調で「学習指導要領は基礎基本を作るもので、それができたら後は自由でいいのですよ。独創的な人を“型破り”、逆に基礎ができていない人を“型なし“と言うでしょ」。学校では中学校までは国語教科の一領域として「書写」、高校から芸術教科の「書道」に名前が変わります。 真っすぐにはつながらないメビュウスの帯にも例えられる書写と書道。しかし、書文協中央審査委員長の加藤東陽先生(日本武道館審査リーダー)はこう言われます。「書写と書道は同根にして同心円です」。納得です。つまりは紙と墨の世界ですから。型から「出る」のが「入る」より難しい現実。「書写に固執し過ぎる」と批判もされがちです。書写で育ってきた娘が初めて出会ったパフォーマンス書道。二人の先達の言葉に加えて、私が強く感じたのは“皆でやる楽しい書道“という側面でした。書文協のモットーは「賞取り合戦はやらない。仲間と切磋琢磨」です。それに「楽しくやろう」も加えたいと思います。

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  • 03Oct
    • 南全星・竹軒先生の異色作品集「コトバノカケラ」

       ペンネームを持つ書家がいます。長野竹軒(本名・秀章)先生です。ペンネームは「南全盛」。「これ、なんて読むんですか?」と聞くと、本人がすまして答えました。「サザン オール スターズ」。 今どきの芸能に疎い筆者でも、桑田佳裕がバンドリーダーのサザンは知っています。還暦を過ぎたのに自分で作った歌を一線で歌っている桑田にも興味があります。サザンの歌の大半は、桑田の作詞・作曲・歌唱だそうですね。つまり、言葉を紡いで、書くのが同一人物の「南全星」と「長野竹軒」というわけです。 過日の書文協中央審査会の後の懇親会で、竹軒先生から1冊の本をもらいました。8月が初版刊行の「コトバノカケラ」です。言葉・南全星 書・長野竹軒 発行・カオスデザイン研究所、税込み2000円。B5判より小さめの薄い本ですが、凝ったデザインの異色の書作品集です。「書は自分の“コトバノカケラ”を書く芸術でありたい」と冒頭にあります。2015年、銀座で開かれた東京学芸大学教授退官記念の個展で、筆者は初めて「南全星」を知りました。大作「かつ丼礼讃」の原稿を書いたのが南全星とありました。かつ丼は素晴らしく美味い。「かつ丼一丁!」と叫んでいる文だったと思います。「誰だ、この作家は?」。それをまた数メートル四方の大作にしているのです。「中国の古典の臨書が並んでいるかな」という予想が外れて、竹軒先生の(筆者には)意外な面を知る個展でした。(2015・4・6ブログ「書と言葉と南全星https://ameblo.jp/kaiketuzero/entry-12010994894.html)竹軒先生は東京学芸大学で教える一方、文部科学省の初等中等教育局教育課程管理課の教科調査官を長くやりました。日本の書写書道教育をリードする役柄で、彼との話題はどうしても学習指導要領になりました。もっと南全星と話せば良かった。「書は自分の言葉を書く芸術でありたい」というのは書文協の理念とも一致します。ガンバレ!南全星。

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  • 26Sep
    • 顔真卿と「孤城」の想い出

       「王義史と顔真卿のどちらの書がうまいですか」。知人から突然聞かれました。二人とも昔の中国の有名な書家ですが、こちとら、書をやらないのに分かるわけがありません。しかし、書文協専務理事として少しは恰好を付けなくてはいけません。こう答えました。 「顔真卿の祭姪文稿(さいてつぶんこう)という作品が好きですね。彼の生き様にも共鳴しています。展覧会ではこの作品が中心的に飾られるのではないですか」。 上野の東京国立博物館平成館で来年1月16日(水)~2月24日(日)、特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」(毎日新聞社など主催)を開催するのだそうです。王羲之を越えたのかどうか知りませんが、顔真卿と祭姪文稿には想い出があるのです。 「先生の雅号の孤城はどういう意味でつけたのですか」。ある日。故井上孤城(輝夫)書文協中央審査委員会顧問(元全日本中学校長会会長)と話していて、そう尋ねました。「それはねえ、大学生のころ祭姪文稿からとったんだよ」。筆者の「?」という表情を見て井上先生は<本当に書を知らん奴だな>と困った表情で解説してくれました。祭姪文稿は、賊軍に討たれて死んだ甥に宛てた弔文の下書き原稿で、史上屈指の名書とされ、歴代の皇帝が至宝として持っていました。現在は台北の国立故宮博物館に所蔵されています。 ここまでは書をやる人の常識のようです。 その文稿の中に、こんなくだりがあります。「賊臣不救、孤城」。援軍もなく孤立無援の中で死んでいった甥の冥福を祈り,悲憤に燃えて弔文を書いた顔真卿の心がしのばれます。 それを聞いて筆者は、井上先生自身が自分のこれからの決意を「孤城」に託したのだと思いました。霞ヶ浦の予科練に入ることが決まっていながら直前の終戦。「死に損ねた」井上少年が選んだ道は教職でした。東京学芸大学1期生で入学し、選んだのは書道でした。占領下、筆が学校からパージされる中で、書道に未来があるとは誰も思わないころでした。「おれ一人でもやるんだ」。そんな思いで「孤城」を名乗ったに違いありません。 国に忠誠を誓う物堅い官吏ながら、上にはズケズケと直言して煙たがられていたという顔真卿。そのせいか、反乱軍の頭目を説得する役を与えられます。案の定、説得かなわずに捕えられ、77歳で絞首刑となりました。「おれの部下になれば助けてやるのに」という頭目の誘いを断っての死。汚職だ、文書改ざんだといいかげんな生き様の今どきの政治家・官僚に知ってほしい人物です。

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  • 15Sep
    • 日中文化交流の本流、書道(書法)

       東京・銀座の紙パルプ会館5階の展示会場で開かれた「墨韻・匠心 書法芸術展」に9月9日の最終日、行ってきました。「チャイナフェスティバル2018」の一環として4日から開らかれたもので、NPO法人日中文化交流促進会(劉洪友リ・コウユウ理事長)、中国文化人物雑誌社などが主催、日本外務省、在日中国大使館などが後援し、9月4日から9日まで開かれました。 このフエスティバルに合わせ、中国から高名な書家が3人、来日しました。トップは尉天池さん(82)。南京師範大学教授で博士号取得の指導などをしています。劉さんの師匠だそうです。教室4つ分ほどの会場の壁には、劉さんを含め4人の作品が所狭しと掲げられていました。 在日数十年の書家である劉さんが全日本華僑華人連合会会長にこのほど就任したのを機に開かれたもので、企業のトップでない人物が、在日中国人組織の代表に就くのは極めて珍しい、との声が会場から出ていました。確かに、この書道展は文化を前面に押し出したものと感じました。標題にある『書法芸術展』にあるキャッチフレーズ「墨韻・匠心」は、中国語翻訳ソフトによると「墨の韵・創意」と出ました。韵は日本語では韻で、音色、調べの意味です。そうか、書の音色や匠(たくみ)の工夫を分かってもらう会なんだな、と理解できました。この夏は、中国の子ども達と書文協の席書交流会など中国と書で接する機会が続きましたが、展示会の交流会で尉天池さんが「(中国の)書法と(日本の)書道は何が違いますか?」と問われて「表現が違うだけです」と答えたのが印象的でした。その通り、と思います。 中国の人権の扱い、そして日本との二国間関係の現状などに思うところなしとはしませんが、書による文化交流こそ二国間の国民をつなぐ太い絆であるとの思いを強くする夏でした。

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  • 06Sep
    • 園児の毛筆作品展

      園児の毛筆作品展東京都府中市・北山幼稚園で まだ年中組だった約100人の園児が、昨年9月から月2回、毛筆の正課授業を続けて来た府中市の北山幼稚園で、夏休みの終わりの8月24,25、26日の3日間、作品展示会が行われました。作品は、どれも力作ぞろい(写真)。訪れた保護者らも「幼児でも上手に書けるもんだね、と感心していました。 園児の毛筆授業は、日本の伝統文化に触れさせたい、という北山迪子園長の要請をうけて、書文協が四年前から試行フロジエクトとして取り組んでいます。月2回の授業で1人約20分、作品製作に励んできました。筆は書文協の中筆を使いますが、園児たちは初めてみる筆に大興奮。 見学の専門家たちも驚く集中度で練習を続けました。初めは正しい姿勢の保ち方、正しい筆の持ち方から始めます。講師の池田圭子書文協教学参与(写真)が「お椅子と背中の間にげんこつを一つ入れて」「はい、左手ポン(ときちんと置く)」などと園児に語りかけながら授業を進めていきます。書文協の中筆に水をつけて、特殊マットに書くと文字が浮き出る水書きがスタートします。こうして筆に慣れていった園児らは、年長さんになった今年5月に入って墨での仕上げを始めました。 止め、はね、はらいを学び、そして字形に注意することを勉強します。池田講師(写真)は「園児でもこんなに書けるんだ」と改めて我ながら感心したと言います。 すでに4期も続けられたこの試行プロジェクトは、日本の伝統文化との触れ合いだけでなく、園児の文字学習の一つとして今後多いに注目されていくでしょう。 月刊書字文化は書文協ホームページ http://www.syobunkyo.orgに掲載されています。

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    • 学びの深化とは  月刊書字文化9月号から

      こころ大平 恵理(書文協会長)学びの「深化」とは 旧盆も過ぎゆくころ、書文協本部近くの中野ゼロホール(区立もみじ山文化センター)で、立て続けに二つの講習会を開きました。月例日曜日講習会(8/19)と実力養成講座(8/23)です。前者は子ども達、後者は大人が対象です。受講生の層はがらりと違いますが、講師として受講生の前に立って「なんとしても書写書道を学ぶ人の特技にしてもらいたい」「誇りを持って指導にあたっていただきたい」と思いました。 書文協は全国コンクールも開催していますが、学びが賞取り合戦になってしまうことを一番警戒しています。そこで得られるのは、いつも何かに追われたような、満たされない心です。心豊かな学びになっているだろうか、成績ばかり追いかける心になってしまってないか、と思うのです。「字を書くことを特技にする」とはどういうことでしょうか。簡単に言えば、自信を持って自分の字を書く力を身に付けることです。「一芸としての書写書道」と言われるほどにはなりたい、というのが書文協の目標です。そのための修業であって、一番、二番を争うために腕を磨くのではありません。「成績にはとことんこだわるが、結果が出たら、そこまでに得たものを大切にし次に進もう」を合言葉にしているのはそのためです。 仲間はみんな敵ではなく、一緒に辛い練習を乗り越えていく同志なのです。切磋琢磨(せっさたくま)という言葉は、そういう意味なのです。偏差値が幅を利かす昨今、生きることの根源を見つめて、というとオーバーでしょうか。 特技を身に付けるための修業には、こうした生き方の根本を身に付けるだけでなく、いろいろなプラスがあります。第一に、一つのことを続ける力を養うことです。これは、いろいろな道に通じる潜在能力(ポテンシャリティ)として評価されます。さらに、継続するために両親たち周囲の思いをいっぱいいただくことがとても貴重だと思います。多くの心を頂き、これに感謝する心を養うことはなんてすばらしいことでしょうか。書く技術が進むと同時に、心も知識も豊かになっていって欲しいと思うのです。私たちはこれを「学びの深化」と呼んでいます。今夏、さまざまな取り組みではこの「深化」を合言葉に組み立てました。受講生の反応をじっくり聞いてみたいと思っています。 月刊書字文化は書文協ホームページ(http://www.syobunkyo.org)にアップされています。

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  • 05Sep
    • ボストンの書写書道教室(月刊書字文化9月号から)

      東・西・南・北ボストン在住 西片由貴異国で教える日本語 アメリカに住む日本人の子供たちに、日本語学校で国語を教えている。学習内容は日本の小学校と全く同じである。子供達は平日に現地の学校に通い、土曜日にだけ日本語学校で日本語を学ぶ。ひらがなやカタカナ、基本的な漢字80字を学ぶ小学1年生である。家族ぐるみで必死に勉強をしている。子供たちにとってはアルファベットにはない「とめ、はね、はらい」は難しいようだ。しかし最も躓(つまず)きやすいのがカタカナだ。英語を理解する子供にとって、なぜわざわざ英語を日本語のカタカナ表記にしなければならないのかがまず疑問となる。しかも本来の発音とも異なる。教師が発音し、それを書きとらせることを試みた。「コーヒー」などはお手の物だが「チョコレート」や「サンドウィッチ」などとなると、お手上げ状態の子供も多く、中には涙が出て来てしまう子供もいる。3学期に「おみせやさんごっこ」をする。1年のうちで子供達はここに力を注ぐ。グループに別れてお店を決めて折り紙などで商品を作る。その際、このカタカナの葛藤が子供たちを悩ませる。マシュマロを「マーシメロー」、ラジオを「レイディオ」、グミを「ガミィ」といったように、英語の発音に忠実な音を選び、カタカナを私に聞きながら商品の名前を書く。日本に住む日本の子供たちにはしっかりと訂正して教えなければならないが、米国永住の子供たちが半数を超えているのが実態。ここは目を瞑(つぶ)ることにしている。編集部から アメリカで書写書道の教室が発展するかどうか、注目するケースに出会いました。世界に名だたる文教都市、ボストンで日本人の子供たちに書写書道を教える西片さんは、日本語学校の先生などの仕事をしながら、本業の書写書道教室を運営しています。西片さんから第七回全国書写書道総合大会の問い合わせを受けて、ボストンでの教室の存在を知りました。留学先のハーバード大学で大学美術館にある日本書跡を研究し、母校の大東文化大学大学院で書道学の修士号を取った27歳の国際派。ボストンに永住する子供が半数を占める中で、書写書道の意義をどこまで伝えられるか、日々苦闘しているそうです。 東西南北は日本書字文化協会ホームページhttp://www.syobunkyo.orgの機関紙「月刊書字文化9月号」に掲載されています。フロントページ中ほどの<月刊書字文化はこちら>からご覧ください。

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  • 04Sep
    • 日本と中国の子が席書で交流

      日中友好両国の子供が席書交流会8/26 中野ゼロホールで開催 中国と日本の子供たちが26日、東京・中野ゼロホールで席書の交流会を開きました(写真)。話は通じず、筆法も違うけれど紙にしたためる漢字の多くは共通という“同文の隣国”の子供たち。異なる文化の理解に大いに役立つ交流会でした。   日本にやってきたのは、このほど中国で   開かれた第1回米芾杯国際青少年書道大会(中国国際書画芸術研究会 中国文字博物館、江蘇省教育書道協会など共催)の最優秀者ら。米芾(べいふつ)は、中国北宋で活躍した書家です。中国を中心に約12,000点の   応募があり、その中で極めて優秀な成績を収めた7歳から18歳までの7人が書家らを含めた17人の訪中団の一員として日本に派遣されました。日本側からは書文教を通じて84点が応募されましたが、そのなかで優秀な成績を収めた人のうち関東近辺の子ら11人が参加しました。特に聖徳大学付属女子中学高校の書道部は5人もが1、2等の最上位賞に輝き、この5人がそろって席書に参加し、交流会を盛り上げました。2018日中友好青少年席書交流会in東京「書写書道で漢字文化圏の友好を」 冒頭に開かれた開会式では、主催者の一般社団法人日本書字文化協会の大平恵理・代表理事会長のあいさつに次いで訪日団の代表で書家の曹元偉(そう げんい)さんが立ち「子供たちは日本が初めてですが、自分の技を向上させるためにやって参りました」と学びの姿勢を強調。「人民の平和に対する熱い思いを知ってください」と語りました。 来賓として招待された加藤泰弘・東京学芸大学教授は、同大学書写書道教育研究会の代表として日中韓の書写書道交流を熱心に展開している国際派。あいさつの冒頭「中国には毎年行って、いろいろな大学と話しています」と語り、訪中団の注目を浴びました。「書法が漢字文化圏の中心でありたい」とする加藤教授は「それぞれの書法を身を以て知る良い機会です」と席書交流会の意義を語りました。最後に、聖徳大学付属女子中学・高校書道部の書道部長で高3の安原莉夏さんが「書字文化の交流を強めていきたいと思います」と、歓迎の言葉を述べました。同書道部は小室信男顧問の下、日頃から熱心な活動を続けており、今回の国際大会でも高い評価を受けました。特に安原部長は、数少ない1等賞に輝きました。「日中友好文化小使者」称え表彰状贈呈 開会式では中国からやってきた生徒9人に日中文化交流促進会(劉洪友理事長)発行の「日中友好文化小使者」の賞状が大平会長から伝達されました。9人は、書道を通じて立派に文化交流の使者の役割を果たしました。 席書交流会は午前中に終わり、午後からはゼロホールのレストランで会食交流が行われ、スマートートホンの翻訳ソフトを駆使する姿も。中国側の子供たちには硬筆セットも贈られました。 最後に曹元偉団長から送られた書を囲んで、書文協の渡邉啓子副会長、司会を務めた池田圭子教学参与、設営担当の大平昭芳、企画担当の谷口泰三らがゼロホール前で記念撮影。その後、中国側一行は、桑島智子さん(東京都墨田区、秀雪書道教室主宰)が知り合いの書道具店を訪れ、日本の書具や手本に見入りました。 写真は日本書字文化協会ホームページ(http://www.syobunkyo.org掲載の月刊書字文化9月号でご覧ください。

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  • 16Aug
    • コンピュータゲーム

       小4男子の孫が、遊びに来ました。都県境を越えてすぐ隣の市だから近いのですが、初めての単独訪問です。JR赤羽駅の1番線から8番線に乗り換えるのがやや面倒とあって、出勤前の息子が、後ろから見え隠れに追跡すると言う安全シフトを敷いての初訪問でした。 「過保護じゃないのか」とおじいさんはやや不機嫌。なにしろ、小1のときから片道2キロを歩いて通学していたのです。石を拾って威嚇しながら、必死で野良犬と対峙したことも一度や二度ではありません。4年生にもなったら、ホームの端を歩かない、ぐらいは守るでしょう。  孫が着くなりやり出したのは、ゲームです。筆箱よりやや大きめのボックスをなにやらガチャガチャ操作しています。放っておいたら、2時間もやり続けています。そんなに長いストーリーがあるわけではなく、同じような画面をクリアしていく仕掛けのようですね。電子音が鳴り続けます。そばにいるこちらの頭がおかしくなりそうです。近頃よく聞く、ゲーム脳というのは、この音とも関係がありそうだな、と思いました。おばあさんを呼んで「そろそろやめさせなさい」と注意したのですが、おばあさん曰く「うちに来た時ぐらい思う存分やらせたい」。 どの家庭でも、子育ての上で頭の痛い問題のようです。   お盆帰省で訪れた孫を見て、日本人はひ弱になり過ぎてないか、それにしてもコンピュータはよう分からんが何とかならんか、と思っている老人が多いのではないでしょうか。

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  • 22Jul
    • 日本の教育制度とコンピューターと手書き(下)

      「コンピュータの力で、いずれ日本を抜き返す」。これは、30年ほど前、筆者がアメリカ国務省の招待プログラムでアメリカの教育事情を視察したときに教育現場の関係者が一様に口にした言葉でした。教育の力で日本に負けた、と考えた米政府が,日本の教育記者を招いて自国の教育現場を隠さずに見せてくれたのでした。 コンピュータの力で抜き返す、は確かにそうだな、と今になれば思いますが、そのことは今回は触れないことにして、気になるのは教育に対する価値の置き方が少しは高まったかな、ということです。 視察旅行の最初に教育省を訪問したとき、幹部がしみじみ言いました。「ホワイトハウスには外交や軍事の専門記者はいても、教育専門記者はいないのですよ」。ホワイトハウスだけでなく、メディアの世界に教育問題を専門にしたセクションは見当たらない感じでした。「アメリカはプラグマテズム(実用主義)の国だから」というアメリカ人もいましたし、社会的な評価、待遇などいろいろな面から見て、実利と遠い教育への価値の置き方がかなり低いのは確か、と感じられました。 当時、問題となった中曽根首相の「知的水準発言」問題と違う意味で、米国教育の欠陥を見た思いでしたが、学校に行くとクラスの入り口ドアに「マスター〇〇(先生の名前)」と書いた表札がたくさん見られるのに驚きました。高校で「ドクター〇〇」を見つけた時には、先生に会い(通訳を介し)話を聞いてみました。確かに立派な先生でした。しかし、米国では、学校の先生は高学歴が多いけれど、給料が安くて夏休みなどアルバイトをしないと食っていけない、という声を何度も聞きました。 (下)は題から離れた内容になりましたが、筆者がこの視察衣旅行で一番感じたことはコンピュータも良いけれど、教育への社会の価値の置き方、具体的な事例としては学校や塾の先生に対する報酬の在り方などが大事ではないかということです。江戸時代にすでに50%はあったと言われる識字率は、教育を大事にする日本国民の文化にあったのではないか、と思うのです。 日米とも成熟社会になると、コンピュータの差だけでは論じられなくなるのではないでしょうか。

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  • 15Jul
    • 日本の教育制度とコンピューターと手書き(上)

       ひょんなことから、米国のミネソタ大学で日本語を教えている米人講師とメールをやり取りしています。書写書道を教える現場を見たいと、先日、書文協中野教室を見学に来られたのです。私は不在でしたが、その後、メールでいろいろ尋ねているわけです。「今でも、日本語を学びたい学生がいるんですか?」というような思いをぶつけています。 ミネソタ大学は30年ほど前、米国国務省の招待プログラムで米国を訪れたとき、先進的大学の一つとして尋ねました。そこの教育学部で見せられたのは、教室の全生徒と教壇の先生をコンピュータで結ぶ、一斉個別授業のシステムでした。一人ひとり個別の生徒の答えが先生の端末に出てきます。生徒の進度に合わせて違った問題を出すこともできます。まさに一斉個別授業です。日本ではようやく、つくば市のある小学校でコンピュータ使用の授業が始まり、注目され始めたころでした。 筆者は当時、毎日新聞の教育担当記者。2か月近い無料招待旅行に招いてもらったのは、米国の教育システムの欠陥を専門記者に持てもらおう、という米国国務省の発案からでした。当時、米国は日本に負けた、という意識がありました。宇宙開発競争でソ連に遅れをとったことによるスプートニクショック以来のショックで“トヨタニク・ショック”とも言われました。分析していくと、負けたのは教育制度によるものではないか、と思い当たり、招待プログラムに3社から招いたのです。教育問題のリーデングの新聞社、つまり毎日新聞です。在日アメリカ大使館の担当書記官から聞いたのですが、あと2社の選び方が面白い。政府系新聞とワイアープレス(通信社)でした。この3社3人に米国国務省から1人、世話係がついて全米を飛び回りました。何か記事を書くなどのオブリゲーションはなし、の楽さです。当時のアメ大の報道部長は日系の女性でしたが「アメリカを好きになっていただければ、それでうれしいです」とにっこりとほほ笑みました。うーむ、やるもんだ、とおもったのを記憶しています。 ミネソタ大学訪問はその一環でした。その視察旅行で、米国側の教育現場の人たちが一様に言ったのが「コンピュータの力で、いずれ日本を抜き返すでしょう」でした。(下に続く)

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  • 13Jul
    • 月刊書字文化7・8月合併号から・・・こころ

      こころ大平 恵理(書文協会長)文字から言葉そして表現~学習指導要領改訂に思う 「3領域1事項、々…」。学生の頃、呪文のように唱えていたのを思い出します。授業の大綱である学習指導要領は教科教授科目で必須でしたが、なかなか難しくしくて苦労しました。そんな私が、講習会で昨今の要領改訂の動きと書写書道への影響を話さなくてはならず困ってしまいます。しかし、そんなことを言っていられません。学校の書写書道がどうなっていくかは、多くの子どもたちを教える民間教育団体の我々にも大事なことです。しかも、今回は良くも悪しくもエポックメーキングな改訂なので、生半可を省みず、仲間の先生方にお話ししたいと思います。 まず、良い方です。昨年3月公示の小、中学校学習指導要領(小学校2020年度、中学校2021年度から全面実施)で、小学校低学年にも運筆を教える工夫が求められました。そこで登場したのが水書きです。穂先のある筆記具、早い話「筆」に水を付けて特殊マットに文字を書くのです。小学校で毛筆は3年生からとされていますが、私ども民間の書塾では、低学年から毛筆は普通です。硬筆の基になる毛筆で運筆を学ぶための措置ですが、学校と書塾の距離がぐんと縮まりました。 特に良きトレンドとして注目するのは、小中学校書写の“高校延伸”です。義務教育では書写は国語科の一部です。その筆・墨・紙の世界が高校に行くと芸術科の選択科目「書道」となり、書写と書道は“橋のない川”で隔てられてしまいます。しかし、現在改訂作業中の新・高校指導要領(2022年度から年次進行実施)では、新設予定の国語科必須科目「現代国語」で書写との連携に配慮するよう明記されます。しかも、芸術科「書道Ⅰ」では、その上に硬筆も取り上げるように促すのです。正しく美しい日本語の継承発展を目指す書文協としては、書字文化の広がりをもたらすものとして大賛成です。  一方、ちょっと首を傾げるのは、書写が国語の指導要領で単なる「技能」としか扱われていないように感じることです。今回の指導要領は、構成をガラリと変えました。学びの内容を「知識・技能」と「思考力・判断料・表現力等」に分けて、書写に関しては「次の事項に留意すること」と、知識・技能項目の最後に簡単に書かれています。  「文字を手書きすると言うことは、単なるパソコンのようなツールを使う技能と違い、表現の分野でもあるはず。思考力、判断力、表現力の育成にも効果があるのでは」との思いが湧いてきます。ただ、書写が表現の分野と切り離されがちなのは以前からで、亡くなった井上孤城顧問が「おかげで書写と書道が結びつかなくなった」と嘆いていたのを思い出します。  「手書き」することの意味をしっかりと見つめていかなくてはなりません。そして、生涯教育の基礎を作る学校教育にも、書文協の意見を発信していきたいと思います。

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筆者プロフイール
 筆者は書文協専務理事、谷口泰三。中野区の区民施設「中野ZEROホール」(区立もみじ山文化センター)を活動拠点にしていることや、往年のテレビドラマの主人公「怪傑ゾロ」のフアンであることから、「怪傑ゼロ」をペンネームに名乗っている。人間に中身がなく、実績もないことを恥じる意味でのZEROでもある。

 1946年2月生まれ。福井県出身。早稲田大学から1970年、毎日新聞社入社。警視庁、都庁、文部省などのクラブ詰めが長い。社会部、科学部記者、編集委員。仙台支局長、学生新聞本部長。主に教育、環境テーマを担当。学生新聞本部時代にジュニア紙を発行していたことから子どもたちの書写書道コンクール主催を担当。定年退職後、書文協を手伝い、文字文化の振興に取り組んでいる。


     日本書字文化協会(書文協)
 代表理事・会長 大平 恵理
 〒164-0001東京都中野区中野2丁目3-26、第一岡ビル
 電話03-6304-8212  ファックス03-6304-8213
 Eメール     info@syobunkyo.org
 ホームページ   http://www.syobunkyo.org

     書文協の文字指導~きれいな文字は一生の宝~
 学校の授業の内容を定めた文部科学省の学習指導要領に沿った、きめの細かい指導を続けます。将来の仕事にも自分のためにも、きれいな字は一生の宝物になります。充実した講師陣の指導で、誰でも必ずうまくなるのが書文協の文字指導です。自分の「今」に会ったスタイルで取り組んでみましょう。書文協はたくさんの言葉を覚え、自分を表現することも重視しているので、学力もうんとアップします。

<学び方> 
(A)自学自習型→検定・ライセンス
(B)添削型  →通信講座
(C)教室型  →書写書道専修学院 地方講習会
(D)大会型  →夏の総合大会 冬の伝統文化大会


検定・ライセンス
 現在、検定は硬筆楷書から毛筆草書まで12コースあり、各コースとも120段階の課題を進みます。毎月1~8課題を練習し、検定を受検していきます。
 受験作品はS(4点)、A(3点)、B(2点)、C(1点)、D(0点)と5段階評価します。受験生は評価結果に関係なく、先に進むことも、あるいは戻って受けなおすことができますが、肝心なのは成績の累計点です。累計点に応じて段級位が定められ、指導者ライセンスが与えられます。ライセンスは、人に指導してかまわないレベルを書文協が公認するもので、子供たちの大きな励みにもなります。 書文協では、付与する段級・ライセンスの社会的評価が高まることを大事な目標としています・
幼児・小学生向けコースの一例
● 幼児えんぴつ検定 
● 硬筆楷書、行書 
● 毛筆半紙、八つ切り
現行受験料(個人受験の際の1課題当り)
課題No 1-36  210円    No37--60   262円
  No61-96   315円    No97-120  367円 
 検定改革実施中
2014年4月から新・硬筆検定を始めました。楷書と行書のコースを1本化したもので、毛筆も新・毛筆検定を近年中に始めます。幼児用の文字練習帳を2014年夏に発行予定など、目下検定制度の大幅改革中です。


(注1)現在、試行中の幼児向け検定を受けている子供は、成績が引き継がれます。
(注2)26年4月から、硬筆を一本にした新検定が始まりました。現行検定は続きますので旧テキストは使えます。



書写書道専修学院
 本部校は中野2丁目の書文協内。
 青梅校は
 〒198-0036 東京都青梅市河辺町10-10-3 サンライズイトウ301
 実際に書写書道の技術を教え、同時に言葉の力が身につく学びを目指す。作文教室(文章表現講座)もある。
通信教育

学びの特色
・書文協文字の平明な美しさを身につけます
・検定を受けてライセンス取得も可能
・取得した段級やライセンスは入試にも有効です
・ことばの力も身につく多彩な教材
海外からも受講できます
幼児・小学生向けコース案内
● 就学前ひらがな習得コース 
● 硬筆楷書、行書 
● 毛筆半紙、八つ切り
現行受講料
ひらがな習得  履修期間6ヶ月  在籍期限9ヶ月
 月額 4,800円(本体4,571円、消費税229円)半年で28,800円 分割あり
   硬筆・毛筆     月単位で自由に決められます。但し、事務局に事前連絡し講師と学習計画を立てることが必要です
   月謝      それぞれ3コースあります      
[じっくり]コース(月に2課題受験)月額3,675円(税込)
[速習]コース(月に4課題受験)月額4,725円(税込)
[指導者養成]コース(月に8課題受験)月額7,350円(税込)


大会・講習会
学びの特色
 優秀な講師陣に支えられて身に着ける「美しい文字」と「続ける力」。同時に
多くの人と出会い、切磋琢磨することを書文協は目指しています。その場が、各地域で書文協本部講師が実施する講習会と、夏の全国書写書道総合大会(総合来会)と冬の全国書写書道伝文化大会(伝統文化大会)の規定課題を練習する錬成会です。

講習会は、主に検定受験のための練習を目標とします。所蔵する教室以外のお友達と出会う楽しみもあります。
大会と個別コンクールは下図の通りです
総合大会 応募締め切り 9月中旬 
・全国学生書写書道大会
・ 全国硬筆コンクール
・ ひらがな・かきかたコンクール
    大会趣旨 毛筆と硬筆のバランスある発達を目指す。ひらがな・かき
きたコンは小学3年以下の大会。
伝統文化大会  応募締め切り 1月中旬
・ 年賀はがきコンクール
・ 全国学生書き初め展覧会
  大会趣旨 日本の伝統文化を大事にし、2つに応募する
 
*出品料、受講料はホームページをご覧ください。

中央審査委員会
 こうした事業を支えるのは、公共性に徹した運営と公正な審査です。書写書道教育の権威者を集めた中央審査委員会は書文協の誇りです。顔ぶれはホームページでご覧ください。
 

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