安倍首相は今月廿二日に「國民投票への整備をしてゆく。そして、そのうえに、九十六條をできればといふ考えなんです。腰を落ち着けて、じっくりと進めて行きたいと思ひます」と述べ、發議要件を緩和する九十六條改正に意欲を示した。
いよ/\「改憲の本丸」に攻め込んだ格好だ。
しかし筆者は、自民黨が示す「改憲草案」には贊成できないのである。
その改憲案は「現行占領憲法の燒き直し」にすぎず、何よりも反國體憲法に他ならないからである。
自民黨改憲案には「國民統合の象徴である 天皇を戴く國家であって、國民主權の下、立法、行政及び司法の三權分立に基づいて統治される。」などと記されてゐるが、 天皇陛下にましましては我が國における祭祀主に被在、明文化しようとしまいと、それが御本質であるのは言を俟たない。
そも/\「國民統合の象徴」とは、臨濟宗妙心寺派てふ「特定の宗教團體の長」であった山本玄峰氏の發案であり、到底そのやうなものを許容する譯にはいかないのである。
そして、「國民主權」とは何事であるか。
根本からして誤ってゐるのだ。
それは「本來一體である 天皇陛下と國民」との乖離を助長するものであり、Democracy(誤譯の「民主主義」に非ず)の弊害を補完し得る、正に萬邦無比の皇國體を破壞する害惡思想なのである。
そのやうなものを改めて「確認」する事により、「固定化」されてしまう虞がある。
それは、日本民族の精神的な獨立性を否定してゐる。
現行憲法制定後二~三十年ほど經過した時點であれば、「まずは九條を改正し、それ以外の骨子は變へない」てふ選擇も一つの手段として講じる事が出來たであらう。
しかし、まさか六十九年間も何一つ手を加へられる事がないとは、誰が想像したであらうか。改憲をした場合、次に改正できるのは何十年先になるのかと問ひたい。
第一、ハーグ陸戰條約に違反して制定された現行憲法は、本來間違ひなく無效なのである。
從って最も望ましいのは、「現行憲法は無效である」「明治憲法は有效である」という眞實を政府が宣言する事であり、天は安倍内閣と我々國民を試みてゐるのだ。
それが出來ないのは、吾が國政府も、政府にそれを要求しない國民も「眞實を捻じ曲げ」「非道徳的」であるといふ事だと云はない譯にはいかない。
もしもそれが非現實的であるとするならば、自民黨はまづはじめに「明治憲法と限りなく近い憲法」を改憲案として提示するべきであり、好むと好まざるとに關わらず、それが筋といふものである筈だ。
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さて、サヨクの宮崎駿監督は「改憲もってのほか」と題してスタジオジブリが毎月發行してゐる小册子「熱風」に寄稿し、それを中日新聞が取り上げ、七月廿日にその概要を掲載してゐるが、そこに記されてゐるやうな内容は大方の左翼が同意してゐるものであると思ふ。
彼らの多くに「實は共産黨も舊社會黨も現行憲法に反對してゐた」と云ふならば、恐らくは荒唐無稽な戲言として一笑に附すものと思はれる。
それでは、そのやうな御仁には次の議事録をお讀み頂かう。
衆議院本會議(昭和廿一年八月廿四日)
野坂參三(共)「本草案は戰爭一般の放棄を規定してゐる。これに對して共産黨は他國との戰爭の放棄のみを規定することを要求した。さらに他國の戰爭に絶對に參加しないことを明記することも要求したが、これらの要求は否定された。この問題は我が國と民族の將來にとって極めて重要な問題である。殊に、現在の如き國際的不安定の状態のもとに於ては、特に重要である。芦田委員長及びその他の委員は、日本が國際平和のために積極的に寄與することを要望されましたが、勿論、これはよいことであります。しかし現在の日本にとって、これは一個の空文に過ぎない。(中略)我々は吾が民族の獨立を飽くまでも維持しなければならない。
日本共産黨はその一切を犧牲にして、吾が民族の獨立と繁榮のために奮鬪する決意を持ってゐる。要するに當憲法第二章第九條は、吾が國の自衞權を放棄して民族の獨立を危うくする危險がある。それゆゑに我黨は民族獨立のためにこの憲法に反對しなければならない。」
更に日本社會黨議員の發言にも、憲法の前文を評して「餘りにも他に依存し、恰も委任統治國家であるかの如く云々」とある。
それに引き換え、當時の吉田茂首相の答瓣内容は「憲法九條一項で一切の軍備と國の交戰權を認めない結果、自衞權の發動としても交戰權も破棄した事になる」といふものであった。
要するに吉田首相には再軍備といふ考へが全く無かったのであり、この頃の國會は左右の主張が現在とはアベコベであったと判斷できる。
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「新しい革新運動」の提唱者である筆者は、百六十年も昔の科學認識に基づいて考へ出された「黴の生えた舊思想」=マルクス主義、及びそこから派生したあらゆる社會主義思想を否定する。
しかしながら筆者は、日本の左翼人士に拔本的な意識改革を求めるものである。
マルクスは述べてゐる。
「共産主義者はさらに、祖國を、民族性を廢止しようとのぞんでゐるものとして、非難されてゐる。勞働者は祖國をもたない。彼らがもたないものを、それからとりあげることはできない。プロレタリアートは、まずもって政治支配をかちとって、民族的階級に自らを高め、自分自身を民族として組織しなければならないといふ點では、ブルジョアジーの意味とはまったくちがふとはいへ、プロレタリアート自身はやはり民族的である。」(共産黨宣言)と。
マルクスは一言も「プロレタリアには祖國は不要だ」などとは述べてゐないし、民族主義をも否定してはゐない。
プロレタリアに「超國家的な連帶」を求めてゐるに過ぎず、寧ろ「プロレタリアートは民族的である」とまで解説してゐる。
●明治維新は歐米列強の植民地主義の壓迫に抵抗した鬪ひであり、多くの勞働者階級の蜂起によって進められた。
北一輝は明治維新を封建社會をうちたおした「革命」と位置づけてゐる。
戰前の非合法政黨時代の日本共産黨の理論的指導者の一人であるとともに、幹部(委員長)として黨を指導した野呂榮太郎は「日本資本主義發達史」で明治維新を次のように評してゐる。
「明治維新は、明らかに政治革命であるとともに、また廣汎にして徹底せる社會革命であった。それは、決して一般に理解せられるが如く、單なる王政復古ではなくして、資本家と資本家的地主とを支配者たる地位に即かしむるための強力的社會變革であった」
「明治維新が、反動的なる公家と、同樣に本質的には封建的意識を脱却し得ない武家との意識的協力によって遂行せられたといふことは、後述すべき他のもう一つの理由と相まって、わが政治的組織が永く今日にいたるまで反動的專制的絶對的性質を揚棄し得ない所以である」
「武士、なかんづく下級武士のそれは極めて明瞭なるものがあり、それは究極に於ては封建制度そのものゝ政治的變革の不可避性と必要とを明確に認識し、かつそれを遂行するに至らしめた。」と。
「革命」といふ語には一種惡魔的な響きがある。
この言葉を好んで使用するか忌み嫌ふかは各人の性質の相違に依るが、野呂が明治維新を「單なる王政復古に非ず」と評したやうに、それは明らかに進歩主義的な性質を帶びてゐたのである。
何故それが成し得たのであるかと云へば、 天津日嗣天皇が「普遍的な御存在」であり、ツァーリや王、Monarch等とは全く本質を異にしてゐるが故にである。
●コミンテルン32年テーゼ
「1868年以後に成立した日本の 絶對君主制は、その政策には幾多の變化があったにもかゝはらず、無制限の權力を掌中に保ち、勤勞階級に對する 抑壓と專横支配のための、その官僚機構を不斷に完成してきた。日本の 天皇制は、一方、主として地主なる寄生的・ 封建的階級に依據し、他方にはまた、急速に富みつゝある貪欲なブルジョアジー(資本家)に依據して、これらの 階級の上部と極めて緊密な永續的ブロックを結び、かなりの柔軟性をもって兩階級の利益を代表しながら、同時に またその獨自の、相對的に大なる役割と、わずかに似非立憲的形態で輕く覆はれてゐるに過ぎぬ、その絶對的性質を 保持してゐる。(中略)これを粉碎することこそ、日本における革命的主要任務の第一のものと見なされねばならぬ。」
(コミンテルン32年テーゼ:拔粹)
日本の左翼は俯瞰せよ。それはソ連に於て「事實上の絶對君主」であったスターリンの意向に添ったものである。
即ちスターリンは自らを正當化させるために、明治維新を強引に批判してみせたのだ。
「科學的社會主義者」は、斯くの如き理論的根據を全く無視し、嘘八百を竝べ立てたものに基づく 天皇觀、明治維新觀を改めなければならない。
●「Democracy」の最大の擁護者は天皇である
その權威(※)が獨裁者の出現を抑止し、世界に類を見ない君民共治の國體がDemocracyの弊害を補完するのである。
※ AuthorityやReligious powerに非ず。外國語に飜譯する事は不可能な概念である。
そも/\本質的に在られ方を異にする御存在を、外國のそれと關連付けた事自體が大きな誤謬であったのだ。
●日本の左翼は、未だに人類の前に横たわる「マルクスの骸」をのりこえろ。
參考・「囘天」平成三年冬季號

