サッカー新人戦「フルバック(元のタイトルは・蹴り屋・です)」
「なでしこジャパン、サムライJAPANやりよったね~」
1966年、春。大阪の、服部緑地公園内にある、サッカーグラウンドで、関西大学リーグ、春季新人戦が行われていた。
前夜から、降りしきる、雨が、小降りにはなったが、霞みがかったように、まだ続いている。ボールが、ドロ水を吸い込み、重い。蹴っても、蹴っても、飛ばないし、まともに転がりもしない有様だ。
「ドロンコになってきたな~、1点ぐらい、取らな、なぁ~」ぼそっと、監督が(伝統だけでは、あかんな~)。1勝6敗3分けだ。新人戦も、今日で最終戦を迎えた。両目を明けたい、大事な試合の、後半戦が終了。ロスタイムに入った。
「、、、、、、、、!」円陣を組み、輪になった、部員達は、肩で息をしながら、誰も口を。
「おい、ロスタイムだいぶん、あるやろ~」ドロまみれの、部員を見回しながら、監督が。
「はい、15分くらい、あります」主将が、顔のドロを拭いながら。
相手は、一部リーグの強豪校だ。全国各地から、優秀な新人を、特待生で、掻き集めているのだ。最悪のグランウンドコンディションにも、場数を踏んでおり、対策も心得ている。スピード、パワー、格が違う。ドロンコの前半戦で、4点も決められた。
後半戦は、こちらも、伝統校の意地を見せ、全員が、退場覚悟で、果敢なファールやマークを徹底し、捨て身で守備に回った。それでも、後半戦40分過ぎに、鮮やかな、力技で、トドメのミドルシュートを決められ、、5-0となってしまった。
「あのう!、、、監督!」泥茶の顔をした、前衛のエースが。
「なんや?」
「はい、蹴り屋を使ってやってみて、下さい」
「蹴り屋?、って、誰やー!」怒鳴る、監督。
「あいつです!」泥顔が、ベンチで、眠っているような、男を指差した。数人のOBに混じって、足を投げ出し、ベンチに座っている。
「あれ!、OBちゃうんかー」新人戦には、例年、OBが数人、応援に、かけつけて来る。試合が、始まる前から、ベンチに、ふんぞり返って、居た男だ。その態度から、監督はOBだと、思い込んでいた。ユニフォームを着ていないのだから、当然か。声を上げるでもなし、ただ、静かに、戦況を見つめていた。
「監督!、あいつ、1ヶ月前に入部したんですわ」主将が慌てて、付け加えた。
「アホ!、俺は聞いてないわい!」怒鳴り顔のままで。
「メンバー表には、載せてますけどぅ、、、」声が消えていく。
「もうえー、使えそうなんか?」主将の顔を、覗き込む。
「はい、高校時代は、蹴り屋、ちゅうあだ名が付いてたらしいんです、部長が言うてました」ドロだらけの顔を上げ、白い口を開けて、説明する。
「部長が、か!、ふ~ん、、、何んでもえ~、おまえら、1点くらい、なんとかせーぃ!」吐き捨てるように、怒鳴って、監督は、輪の中を出て、背をむけ、ベンチを蹴り飛ばした。
大正の初めに、関西初の「蹴球倶楽部(サッカー部)」を創設した、伝統校も、この数年、新興勢力校に押され、一部リーグの下位に甘んじ、低迷している。伝統校だけに、フェアプレイを重んじる。要するに、お上品なサッカーなのだ。
「ようし、あいつ、呼んでこい、メンバーチェンジや」主将が。輪の中から、1人が、蹴り屋のベンチへ走った。
「パシーィ、おい、出番やどー!」男の頭をはたいた。
「痛っ!、」ずぶ濡れの顔が、振り向いた。
「はよ、ユニフォームに着替えー!、時間がないんや!」と、怒鳴る。
「着てまっせー」と、男は、素早く、上着、ズボンを脱いだ。下に着込んでいたのだ。
「んん、、、」
「行きましょか~」言うなり、円陣へ向って、駆けだした。
「ちょっ、、、と待てー」慌てて、追いかける。主将の前で、男は軽く頭を下げ。
「お前かー、どのくらい、蹴れるんや?」鋭い目を向け、主将が。輪になった眼が、敵を見るかのように、一斉に男に向かう。男は、顔をあげ。
「相手のゴールポストまで、蹴れまっせー、入るかどうかは、分かりません(おー怖っ、俺、敵ちゃうでー)」主将の眼を、射返すように。
「何!、ん~、、、お前、そんな練習、やったことあるんか?」疑わしげな、眼を。
「は~、高校の時は、毎日やってましたんで」田舎の高校だ。部員は9人、陸上部から選手を借りて、ようやく、県大会に出場出来た。廃部寸前の3年間であった。
「んで?、どうするつもりやねん!」中核になっている、部員の1人が喧嘩腰で、声を飛ばした。
「後衛の左サイドに、入れてくれませんか~?」構わず、男は主将に。
「えっ!、前衛ちゃうんか?」
「相手の、GK遊んでましたで~、上手いこと、いったら、蹴り込めるんちゃうかな~、と思います」相手は、5点のリードをしている。こちらは、防戦一方だ。敵陣エリアに、ほとんど入り込めていない。田んぼのような、グラウンド、向こうもかなり体力を消耗しており、ロスタイムでは、余裕の逃げ込みを、図る戦略が眼に見えているのだ。
「それでー、どないして、点取るんやー!」主将は、男の意図する意味が分らず、声を荒げた。ボールは、飛ばないし、転がらない。が、男は笑顔で。
「そやから、ですね、うちの、キーパーのとこから、相手のゴール狙いますねん」
「う、、、んん、こいつ(アホかー、あのドロボールが、そんなに飛ばせる分けないやろう、100メートルあるんやどぅ、、、!)」輪になった、部員全員が、そう言う表情を。が、主将は、男の表情から、何かを感じた(こいつ、相手のGKが遊んどる、言いよったな~)。その言が、主将の頭に突き刺さった。
「お前の言うてること、よう分らんが、、、よ~し、時間がないわい!、フルバックやなっ!、」男は、頷き、主将を手招きし、二言三言、耳打ちを。それを、受けて。
「うん、うん、、、分った!、(もう、何でもえ~、O敗だけは、、、こいつに賭けなしゃーない)ほな行けー」主将が、前衛の4人を集め、それぞれに、耳打ちし、指示を出した。ロスタイムの15分戦に入った。雨は、こやみになったが、敵陣のゴールポストは、霞んで、殆ど見えない。
「こっちに(自陣エリア)、ボール持ち込んでこい、ってどう言う意味や~」ボソッと、中核の、ストライカーが。主将と男が、なにを企んでいるのか、分らず。
「さあ~、分りません!?」アシスト部員達も。それぞれに、誰に言うともなく、下を向いて、ボソボソ。その時。
ホイッスルが鳴り、ロスタイム戦に入った。開始から10分近く、もみ合いのすえ、前衛の2人がタッグを組んで、指示通り、身を挺して、ボールを奪った。奪ったボールを、巧みなドリブルでライトウィングに展開させ、敵のマークをハズした。
自陣のゴールキーパーへ、滑り込むようにして、GKにボールを返すと、見せかけ、安心し切っている敵のマークをハズし、左サイドのフルバックの男へ、ポ~ンと蹴り上げた。泥水をたっぷり吸い込んだ、ボールがフワ~ッと、宙に舞い上がった。
「おっ!え~ボールや!」男は、数歩、助走し、跳び上がるような、恰好で、地面に落ちる寸前、ボールを霞む中空へ蹴り返した。ボールはライナーで、霞みの中へ消え、一瞬、場内の空気が止まった。
「ピー、ピー、、、ッ!」何秒たったのか、ホイッスルが聞こえ、空気を動かした。両軍の選手全員の顔が、音の方向へ。
「はいったーっ!!、はいりよったー!」主将が、大声をあげながら、男のもとへ、駆けてきた。
「わーっ!」男の頭上に、主将が翔びつき、抱きついてきた。次いで、キーパーが、次いで、ドロ顔の面々が、折り重なるように、声をあげながら、男を上から押し潰した。
「痛い!、痛い、苦しい~、、、ちょ、、、っと!」男は、全員の下敷きになっていた。敵の選手が、慌てて自陣へ、引き返す。ゴールポストで、GKが立ち竦んでいる。
「あっ!?、、、」茶色の塊が、キーパーの頭上をカスめた。振り返ると、ゴールポストのネットが揺れている。
「うん?、、、あっ!」と、思わず、声が漏れた。左側隅っこのネットに、ドロ水をたっぷり吸った、ボールがぽつんと、鎮座していたのだ。拾いあげるのも忘れて、ボーッと見ていた。
「ゴール!」主審が、手をあげ、笛を吹いている。我に帰って、ボールを取りに、その直後、ロスタイム終了の、ホイッスルが鳴った。
試合は5-1で、完勝であった。が、まるで、勝ったかのように、騒いでいる伝統校を見やった。
「何がやねん、あいつらわー、こっちが勝ったんやー」呟いた。センターラインに両軍が整列し、挨拶を交わす。勝利者が全員複雑な表情を見せ、敗者側が全員満足そうな表情を浮かべる、奇妙な光景が、あった。
PS:なでしこジャパンが、W杯で優勝した。
「なでしこジャパン、やりよったね~」
「来年は、ロンドンオリンピックや、楽しみやっ!」で、今年。
2012年 ロンドンオリンピック、サッカー予選。男女とも、予選第一戦を「勝ちよりました」。
この、掌編小説は、半世紀前の話です。
日本のサッカーが、世界に通用するなど「天地がひっくり返っても、、、」でした。「やまと魂か~、あるんやね~、日本人、不思議な民族やっ!」。