翌朝、狭い、宿舎前に装備、点検を終え、部員全員が集合。宿主ご夫妻が見送りに。静寂に囲まれ、和やかな、空気が流れる中。腕時計を見た。


「○7、○2(午前7時2分)、出発!」


「おせわになりましたーっ!」ご夫妻に、全員で、答礼。部隊旗を腰に巻きつけ、キスリングを確かめ、肩を回し、先頭を行く。一人一人を、目で追うように、ご夫妻が。


「お気をつけて~」手を振り、会釈しながら、後に続く、部員達それぞれに。温かい、声をかけてくれる。サブリーダーが最後尾から。


「ありがとう、ございましたー!」声を上げたのが、聞こえた。山道は取り付きから、生い茂る藪の中だ。枝葉が顔に当たる中を突入。安足間岳を目指す。背後から、規則正しく、靴音が、野鳥の声と溶け込んで。行軍開始から、およそ、2時間。藪が途切れ、低木に変わった。底が抜けたように、青空に晒された。右手を挙げ、小休止の合図を。


 前方に、剥き出しになった、岩肌が見えてきたのだ(急坂やな~、迂回ルートもなさそうや)。地図を確かめ、行軍を開始した。先人が踏みしめたのだろう、足場はしっかりしていた(これ、辿って行ったら、いける)。が、登攀は意外に苦戦。体力差がモロに出て、部員の数だけ、少しずつ間隔が開き、遅れ始めた。


「伝令、伝令、でんれいー」押し殺すような、声が届き、一枚の紙が、リレーされてきた。最後尾のサブリーダーからだ。行軍中は私語は禁止である。大声も、だ。張り付いた、岩場で、サブから届いた、紙切れを受け取った。


「一人、負傷、足を痛めた」と、書かれてあった。右手を大きく振って、隊を止めた。一人を手招きし、ロープを取り出し、岩を突き破って、力強く生きている、木に括りつけ、リレー式に、後方へ送る。たるんだ、ロープが線になった。最後尾が、ロープを確保したのだ。ロープを両手で掴み、足場を固め踏ん張る。


「よっしゃー、行けー」一人ずつ、先に、急坂を登攀させる。部員が、次々に、追い越して急坂を登って行く。ロープが揺らされた。サブが負傷者を確保した、とする合図だ。登りきった部員から、ロープが投げ込まれてきた。サブが負傷部員を後押ししながら。


「○○、ロープ、たぐってくれ」言い置いて、そのまま、いま、投げ込まれたロープを負傷部員に巻きつけ、引き上げるよう、上にいる部員に合図を送った。


「OK」手繰り寄せたロープの先端に、負傷部員のキスリングが。見あげると、サブが、登りきったと、合図を送ってきた。キスリングのロープを付け替え、合図を。引き上げられる、キスリングと、歩調を合わせ、登攀した。登りきると、なだらかな、尾根道が開けていた。負傷部員は、左足の踵に靴擦れができ、皮が剥けていた。


「どうや」、「大丈夫です」答えるが、靴を、履ける状態ではない。サブリーダーを呼んだ。


「うん、あいつやったら、大丈夫やろう(部員きっての頑健派だ)」負傷部員を支える者を選び、彼等の、キスリングの荷物を、全部員で分担させることにした。部員1人当たり、20キロ前後の荷物を、背負い込んでいる。


「よ~し、○○君、○○(負傷者)についてくれ、全員で、二人のキスリングをバラし、分担せー」


「はい、了解!!」部員達は、二手に分かれ、機敏に動いた。こういう訓練は、何度も行っているのだ。二つのキスリングから、荷物が取り出され、手際良く、それぞれの、キスリングに分担させた。地図を睨み、サブと行軍の再確認を行った。


「安足間岳は、この尾根道伝いで、もう直ぐやな」サブが。


「そこから、黒岳石室までも尾根伝いやな~、山頂で、ながい、せ~へんかったら、層雲峡へは、予定通り下れるやろう」


「ああ、日の入りまでには、下っときたいな」(この男は慎重や、薄氷を踏むようなことは、絶対しない)。


「よし、最後尾につくから、おまえ、負傷者と、先行してくれ」部員達が、整列を終え、出発の合図を待っていた。


「了解!。よ~し、イチ、イチ、ニイ、ナナ(午前11時27分)出発」腕時計を見、行軍開始を告げた。万年雪を頂いた、大雪山連邦の主峰、朝日岳を右手に眺望しながら、緩慢な尾根伝いを、ゆっくり、行軍。低く、山に這い蹲る深緑の草木を、分けるように、一筋の尾根道が続く。左手に先端が尖った比布岳らしき、山が見えてきた。先頭を行っていた、サブリーダーが、大きく右手を揚げ、左右に振っている。


「ん、安足間岳(標高約2200㍍)山頂か?」尾根道が、踊場に広がった所が、安足間岳山頂であった。


「イチ、ニイ、イチ、キュウ(午前12時19分)、これより、20分間、昼食休憩!」踊場で待っていた、部員に。


「はい!!、、、うぉ~」笑顔が拡がる。


「先輩!、パノラマですよー」部員達は、禁黙からの解放に、それぞれに、喋りだす。四面、天地は青、緑、白、茶の原色が、人工では描けない配分を、見せてくれるのだ。



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                         安足間岳山頂から比布岳を望む