今回のW介護生活を前向きにとらえるため、ポジティブ変換をしてみる。
精神疾患もあり要介護状態の義母を老々介護していた義父。その義父が動けなくなり、悩む間もなくふたりを引き取った
トイレにも行けないくらい動けなかったわけで、そんな状態なら病院直行という選択肢もあったのでは?と後から考えてしまったりもする。そうだったとしたら、義父の入院中に今後のことを考える時間があり‥いや、実際はなんとかその場をやり過ごし、義父が退院したらまた2人での生活を再開した可能性もあるから、結局は、どうにもこうにもならなくなってからしか具体的には動けないってことで、考えても仕方なしとする
仮に、入院中が長引いて今後のことを考えて施設に入ることにしたとしたら、私の魔の七カ月
はなくて済んだのにと考えてしまうところだが、いや、いきなり施設に入れると、本人や親戚から冷たいと思われたり、夫自身(私も?)にも罪悪感のようなものが芽生えてしまったかもしれない。
魔の七カ月を経由した結果、夜中に歌を歌う義母とは暮らせない、私たちの仕事、生活が制限されるということが分かり、また、義姉の介護放棄により私に精神的負担をかけるということがあったため、罪悪感を抱かずに施設に入ってもらえた
いや、実際は、やっぱりどこか心が痛むのはある。でも、この程度で済んでると思おう
義両親がなーんにも言わずに出て行ったのも、そのおかげで心の痛みが少なく済んでると思おう
そして、この魔の七カ月から学びもあった。
自分自身の老後について考える機会になった
介護制度について知ることができた
実母の偉大さに触れた(ただただ私の話を聞いてくれた)
愚痴に付き合ってくれる友のありがたみを感じた
引き取る前日に始動した副業を(状況的に無理だったため)断念し、今の別の道を選んだ
夫との絆が深まった!?
「いいこと」と書くのには抵抗があるのだけど、いや、もう「いいこと」があったとして一区切りをつけよう。
そして、今の私の幸せは、これまでのすべてがあってのこと。
義両親や義姉夫婦によくしてもらった過去があるのは事実。
うん、そう、元々悪い人たちではない。老いや状況がおかしくさせただけ。
本人たちも望んでそうあるわけじゃない。
なーんて、これからもずっとそう考えられるかっていうと自信ないけど、これ書いてる今は、そう思える。
時間が経てば、そう思えることも増えるはず。その方が自分も楽。
元の生活に戻っただけだけど、人や時間のありがたみが増したわけで、後悔しない老後を送れるよう、前を向いていこう