ギョンスは毎回、兄弟たちを目的地まで送り届けた後彼らが窮地に陥ればいつでも逃げられるよう備えると同時に、
他に敵が来ないか外で見張る役目を担っている。




実戦に参加しないので一見地味な仕事ではあるが、
実はこれこそとても重要で
ギョンスにしか出来ない
と兄弟の誰もが思っていた。

何故なら彼はどんな時も常に落ち着いていて、
もし何か不測の事態が起こったとしても
最も的確な判断を下すことが出来る男
だから。

それに加えて
行動には無駄がなくスピーディーだから。

普段口数が少ないせいで周囲からは
何を考えているのか読めないとかマイペースな性格だと言われがちだが、
兄弟たちは当然彼の良さを熟知しており
その上で任せたのだった。

ギョンス自身は
「戦闘に向いてないからこう言う役が合っている」と言う。

でも実際、彼はかなり強い。

それなのにそう言うのは彼が暴力行為を嫌うせいもあるが、
それ以上に、万が一彼の能力が暴走すると敵も味方も関係なく奈落の底に落としてしまう危険性があると感じているからだ。

自らの能力に気付いたばかりの頃ならいざ知らず今では上手くコントロールする術を心得ているので暴走することなどまずあり得ないのだが、
それでも尚計画を実行する度に彼は、
自らの能力に関してもそうだしそれ以外の部分でも
自分がどう行動するかによって兄弟たちを危険な目に遭わせるかもしれないと考え
常に慎重な行動を心掛けている。

そういった姿勢こそが
まさにギョンスという男なのであり、
弟だけでなくヒョンからも絶大な信頼を得ている所以でもあるのだ。

そんな彼には
ここのところずっと気がかりな件があった。

スホが不在にしていることだ。

たまに帰って来ると、
自慢の肌は荒れていて疲れた様子。

そう言うことには人一倍気を遣う人なのに、
気遣う余裕もないくらい疲れているということなのか。

一体何処で何をしているのか。

シウミンはスホが不在の理由について皆の前で、
「店の経営に関してトラブルがあってスホにしか解決出来ないから任せている」
というような説明をした。

そのトラブルとやらの内容について更に詳しく聞かれると彼は、
「実はちょっと法的なこととか絡んでて難しくてさ、俺もよく分かんないんだ」と言って事も無げに笑うので、
その様子からして
きっと大したことじゃないんだ
と皆納得しそれ以上は何も聞かなかった。

しかしギョンスだけは、
決して口にこそ出さないものの
何かがおかしい
と感じていた。

そして最悪の事態を想定したうえで
自分に出来ることは何か、
とも考えていた。

考えても考えても
結局行き着く答えは
自分に与えられた任務を全うすること、
それだけだったのだが...




「ねぇ」

到着してすぐさま降りて行った他の兄弟に対し
カイはなかなか車から降りようとせず
ギョンスをじっと見つめながらそう声をかけてきたので、
ギョンスは自分の気持ちをカイが察したのだろうかと少しだけギクリとした。


次にどんな言葉が続くのか、
元より大きな目をよりいっそう大きくして
カイを見つめ返しつつ待つ。

「やっぱり行かなきゃダメ?」

カイのその言葉に
なんだそっちか
と、
ギョンスはほっとする。

そして
カイはやっぱりカイだな
という思いが、ギョンスの顔をほんの僅かだが綻ばせた。

他の兄弟たちが内心嫌だとか悲しいだとか思っていても口に出来ないようなことを、
この弟は言ってのける。

そんなカイを時と場合によっては厳しく突き放すこともあるギョンスだったが、
今日は、
こんな時は、
愛しく感じられて突き放すことなど出来ない。

カイが甘えられるのは
ギョンスの前だからこそ
なのだが、
ギョンスもまた
カイのそういった部分に助けられていることがしばしばあった。

傍目には、
お互いに心を開いていて
他とは違う存在同士
のように映る二人だったが、
本人たちがそんな関係性だと自覚しているのかどうかは分からない。

「帰ったら何でも好きな物を作るよ」

ギョンスがそう言うと、
今度はカイの顔が分かりやすく綻んだ。

実際のところ、
彼ら兄弟は栄養補給としての食事を必要としない。

食事は普通の人間の真似事に過ぎない。

でも皆ギョンスの作る料理を喜んで美味しく食べた。

なかでもとりわけカイはギョンスの料理が好きだったし、
ギョンスが自らの為に何かを作ってくれる行為そのものが嬉しかった。

しかも今夜はカイのリクエストを聞いてくれると言うではないか。

そんなチャンスは滅多に巡ってくるものでない。

「行ってくる」
そう言いながらカイは颯爽と車を降り
兄弟を追いかけた。


ターゲットのアジトに向かう凛々しい姿からは、
先程の弱気な表情など想像もつかない。



一方で
まだ車内にいたギョンスは一つの任務を無事終えたことで一瞬安堵したが、
すぐに緊張感を取り戻した。


次の重大な任務が待っている。

ギョンスもまた車を後にした...

(つづく)