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僕があがり症や手足の震えを克服でき、話し方の技術を身につけたあがり症克服プログラムについて

最悪な頃の心境の体験談

モチベーションの必要性

脳の魔術師 岩波先生という存在のありがたさ

ぶっちゃけ、人生って自信のある人間だけが生き残っている(楽しく充実して生きられているという意味で)
だけど、自信の正反対が無気力、自信喪失というやつだ。

僕は中学、高校時代を通して、緊張、鬱憤、自信喪失、不安、劣等感だけを増やして生きてきた・・・・
どもりを悪友にからかわれ、しつこくバカにされたことから、人に身構えるようになって、話し方についてすごく臆病になってしまった。
緊張が増してくると、人前で発表するときに声が震えてしまい、もっとどもってつっかえてしまうし、声が出なくなる時もあった。
クラス中の好奇の目線や冷笑やクスクス笑いがすべて僕に向けられるように思ってしまって、自信をなくしてきた。
緊張がどんどん強くなっていって、手も震えるようになったり、足が震えるようになった。

発表の時だけじゃなく、普通に会話している時も声が震えるように悪化していったし、物を持つ手がすごく震えるようになってしまった。
緊張していることを見られるのが嫌で、プライドが高かったから、知られたらおしまいだと思ったし、なおさらに僕は震えるようになってしまった。

考え方を変えようとしても自分を説得できないし、頑張っても頑張っても無駄な努力になっていって、僕は話し方教室や催眠療法や薬物療法に救いを求めるようになった。
それでも治らない、何をやってもダメ。
友人とも距離が離れていったし、新しく友人を作るエネルギーも意思も無くなって、一人で孤独に苦しんでいた。
その時もずっと時間が過ぎていって、不毛すぎる時間を僕は過ごしてきた。

普通になりたかったけれど、それも夢の遥か彼方で、現実の僕は惨めだった。
生きていてもしょうがないほど、みみっちい存在だった。
でも、このままじゃ終わりたくなかった!
自分の生きた証をちゃんと証明したかった。
僕はもっとやれる人間のはずだ、こんなところで終わってたまるかって!

だけど現実は厳しくて、何をやろうとしても無理に思える僕しかいない。
成功体験もなくて、彼女もずっとできなくて、ひとりぼっちの劣等感の塊(そのくせプライドだけは高かったりする・・・)が、できる人間だと正面することなんてできなかった。
なぜなら、人間が怖いし、会話すらできなくなってしまったから。
どうやって証明できると言うんだ?
やろうとしても、恐怖と不安で何にもできない自分を意識して、とても苦しかった。
ダメ人間だと自分で気づいてしまったからだ。

まさか子供の頃の元気なときに、こんな元気の無いくらいさみしい男になっているなんて思わなかった。
こんな未来に誰がしたんだ!!! でも過去起きたことは今更覆せない。
負の心の遺産をもって、僕はずっと暮らしていかなければならないんだと思うと、絶望の二文字しかなかった。
誰か助けて欲しい、救い出して欲しいと思って、たくさんのことにチャレンジしてきたけれど、上述の通り、何にも解決できなかった。

未来のことを考えても、治っている自分が想像できないぐらい落ち込んでいたから、生きている意味もなくなってしまったのが僕だった。
話し方教室でも催眠療法でも薬物療法でも、最初は克服しようと頑張るんだけど、どうしても無意識の壁を突破できなくて、半ばあきらめてしまう。

自分で強くなろうと行動しようとしても、すぐに怖気づいてしまう。
失敗したら傷つくし、そうしたらもう生きる意味を失う。
その時『死』のことを本当にかんがえなくちゃいけない。
もし、決断実行したら、親は嘆き悲しむだろうな・・・・とか世間から笑いものにされるか、変な目で見られるだろうな・・・という心配があった。
でも、生きたくても生きられなくなりそうな状況が、そろそろ僕には来そうなんだ・・・・そう親に訴えたかった。
でも、親に心配をかけたくないから、一人で悩んでいた・・・・
誰も、僕のこんな苦しみをわかってくれない、半ばヤケで生きてましたね・・・・

自己啓発の本を呼んだり、会話の本を呼んだり、もちろんどもりや吃音克服系の本を沢山読んできた。
でも、どれだけ知識を豊富にしても、自信だけは持てなかったし、普通の人にすら引け目を感じてしまうほど僕はコンプレックスの塊だった。
いつも不安や恐怖心があって、孤独だし、誰にも頼れない。

将来の明るい展望なんて皆無で絶望して生きていたし、自分が信じられなかった。
人が大嫌いになり、憎しみさえ抱くようになってしまった。
ムカつくムカつくムカつくことだらけだった。
くさくさした心にやる気なんて起きやしないし、行動力も無くなって、ますます自信を減らしていった。

治しようがない状態、苦しいだけの生活、だけど死にたくても死ねない状況、そういった四面楚歌で、鬱憤が爆発しそうになっていた時、僕の人生を変えてくれる出来事があった・・・・

まずは、どこかに書いたけど、どもりでも、つっかえつっかえながらも堂々と持論を主張している有名人を見たこと。
もう一つは、岩波先生がやっているいわば会話の格闘術(あがり症克服プログラムも同時に受けた)を知る機会があったことだった。
岩波先生のあがり症克服プログラムで、僕と同じ手の震えや緊張症を克服して、また手術できるようになった外科医のお医者さんの体験記を読んで、僕はすごく希望を持てた。
忙しい中、更新してくれてありがとうって、ほんとうに感謝した。

超凄腕で天才的な発想を持っている岩波先生。無意識の病巣を破壊する技術を開発した岩波先生をまだ若いうちに知ることができたのは、本当にラッキーだったと思う。(今では社会の実力者や有名人で予約が殺到しています。紹介者がいないと受けられなくなるかもしれない)

当時、僕は大学生で、何とか勉強だけはして、うまく第一志望に合格できたけれど、その後の展望は皆無だった。
書いてきた通りの、最悪の精神状態で生きる屍状態だった。
友達もできないし、負け惜しみだけど作りたくもなかった。めんどくさかったし、実を言うと怖かったんだけど・・・・
彼女が欲しいけれど、かったるいし、何より僕じゃ出来ないとまで思っていた。

こんなどもって、怯えていて、声が震えていて、すぐ手の震えに緊張が見て取れてしまう男なんて、彼氏に選んでくれる人間なんていないと思っていた。
表情もすぐひきつるし、硬くなるし、気の利いたことも言えなくなっているガチガチに固まっている男なんて、男じゃないただの糞袋だと思っていた。

いつも不満だらけで、きつくて、嫌なことからも逃げ続けていた。
いい大学を出たからって、就職できるかどうかわからなかったし、面接で必ず落とされる自信があったくらいだから、まともに会社員生活は無理だと思っていた。
仮に就職しても、職場の人間関係の悩みで潰される恐怖を持っていたし、会議も発表もできず、まともに人間関係を作れない人間なんか、すぐクビにされると思った。

ずっと逃げ場のない会社員生活で、同僚たちにバカにされて生きることを考えると、死んだほうがマシだと思っていた(どこまで後ろ向きなのだろう・・・まだ何にも経験していないのにね・・・とにかく不安と頭でっかち人間だった)
だけど、僕ははっきりそうなることがわかっていた(認めたくない心もあったが)

とにかく普通の学生のように、普通に生きたかった・・・
普通に友だちと楽しく話し、どこかに行ったり遊んだり、彼女を作ったりして、青春をエンジョイしたかった。
でも、絶望的なまでに、それができない自分であることははっきりわかっていた。
僕なんかに誘われた女性は、絶望するに違いないとすら思っていたから。
でも、このまま終わりたくない。
なんとかして治りたかった。

岩波先生の無意識から、悩み病巣を治すやり方に、すごく興味を持ったし、希望が湧いて出てきた。
でも、受けるにあたって、凄腕の人だから予約が多くて断られている人も多いと聞いた。
だから、なんとかして受けさせてもらいたかった・・・。
こんなところで希望を断ち切られたくなかった。

だから、無理なお願いをして、手の震えや書痙などを克服した外科医のお医者様にメールを送ってみた。
どうか、岩波先生に取り次いで欲しいと・・・・僕にはこれしかないってことを頼み込みました。
どうにかして予約をとれるように、お願いしました。

外科医の先生は忙しかったらしく、すぐに返信が来なかったけれど、「先生に伝えるだけ伝えておきます。希望を失わないでください。」とメールが来ていたのを読んだ時、僕はすごく嬉しくて、男ながらすごく涙が出てきたのを覚えてます。
岩波先生が直接的な僕の命の恩人ならば、外科医の先生は間接的な命の恩人です。

外科医のお医者さんの紹介ということで、僕は予約をとることができて、やっと岩波先生に会うことができた。
お金はいつかもっといい治療法に出会う時のためにバイトをしてためていたお金と、いろいろ手をつくしてかき集めたお金でなんとか、払うことができた。
無意識の病巣を破壊して、緊張するルーツやトラウマを破壊してくれる先生のやり方に、僕は希望を持っていた。
心配はあったけれど、とにかく根本から治そうと思った。
今度こそ、今度こそは、絶対に改善させて、かつての僕を取り戻そう、今までの僕の緊張の連鎖を断ち切ろうと思った。

結果を言うと、岩波先生はやばいほどの鬼才だった。
先生のおかげで、受けた人にとっての奇跡がたくさん起きているというのも納得いった。
無意識から解決できる人は、この世の中に岩波先生しかいないと思えるほど、その技術力がやばかった。

たくさん僕のトラウマや心の傷を受け続けた人生のドラマが、どんどん出てきた。
すごく哀しい感情的に抑圧してきたものも解放された時、僕は生まれ変わった。
先生の優しくそして厳しく諭す暗示も、すごく無意識に入りこんだと思う。

声の震えから僕は治っていった。
どもりも岩波先生から(先生も吃音経験者だったからうれしかった!)、どういう心構えで話せばいいのか教えてもらって、その通りにやったら、吃音へのコンプレックスも無くなっていった。
吃音がひどくなる時の精神状態も教わっていたので、慌てなくなっていった。
まずは、話し方の悩みから解消されていった。

あとはあがり症の部分(人前での発表など)と手の震えだった。
あがり症に関しては、僕がもう人前で発表する機会がなかったから、そう気に病んでいなかった。
だから、人と普通に会話しやすくなっていったことで、そちらのトラウマも無くなっていったんだと思う
(後年、人前でスピーつする機会があったけれど、無事乗り切ることができ、すごく自信がついた。そのときもう大丈夫!という確信が持てた)

手の震えは、人に見られているとコップなりお箸なり震えてしまうのがしつこかった。
だけど、前よりは震えることも少なくなっていたし、これ以上悪化することは絶対にないという自信を持てていたから、そんな焦ることはなかった。

そんなこんなでプログラムに通って、毎回新鮮ですごい無意識訴求状態を味わって、トラウマ処理やルーツ整理、プラス暗示の入れ込みをやっていた時に、僕は彼女を作ることができた。
絶対に不可能だったことが僕にもできた。
岩波先生からは、実際に行動を起こして、女性と接する場所に行くか、そういう機会を設けないと絶対にできないことを言われていたから、練習のつもりで、女性と話してみた。
最初は緊張して、うまくいかないことばかりだったけれど、失敗するのも成長の過程だと割りきって(すごく強くなれていたと思う)、何度も練習していくうちに、すごく合う女性に合うことができた。

そして、はじめて女性に告白をして(勇気を出してよかった!)、OKをもらった時の嬉しさは、岩波先生の技術を受けた時の感激を超えていた(笑)。
それは岩波先生の技術は、僕から見たら他力本願だけど、恋人づくりに関しては、先生の助言とあがり症克服プログラムの効果もあったけれど、僕の行動だから、自身の獲得は半端無かった!

彼女とデートを重ねていくうちに、やっぱり最初は手の震えとか、声の震えやどもりが復活したらどうしようとか思った・・・
失敗したら、またトラウマになるんじゃないかとか・・・だけど、なんとか乗り切ることができ、どんどん自信がついていって初めて手の震えにとらわれない自分に気づくことができた。
まあ、失敗してもいいじゃないかと気楽に思えたのも大きかった。
そこは無意識の厄介な足を引っ張る自分が変化していった証だと思う。

それ以来、どんどん僕は劣等感を払拭していけたし、とりあえず大学院に通うことにした。
社会にでることをためらったわけではなく、はじめて僕がやりたいことが見つかったから。
(その後博士課程を経て、就職に至る。会議も多いけれど、あがり症で悩むことはないです)

人前で手が声が震えても、いいじゃないか、あがってけっこう。
それで通しきってやるんだ! そんな強気になれたし、覚悟もついてきた。
そうこうするうちに自分に何か強い芯が出てきたかなと確信できてきたし、成功体験も積み重ねることができた
おどおど萎縮していたものが、どんどん無くなっていった。

ああ、僕もやっと生きられる存在になったんだな~とすごく染み染み思いました。
親に心配をかけなくて済むし、ほんとうに助かっておかったと思う・・・・

人間関係も同世代の男が一番苦手だったけれど、気後れしていた気持ちも無くなっていった。
世の中が澄んだ空気、生きやすいものだと感じられるように。
今まで様々なしがらみや自分自身へのかせが邪魔していて、全然身動きも穏やかな呼吸もできなかったことに、初めて気づいて、あまりの病的ぶりに、逆に恐ろしくなったぐらいです。
あれじゃあ、あがって当然だし、まともに喋れなくなるし、震えるのも当たり前だと思います。

先生のあがり症克服プログラムでは言われたとおりに、時にはそれ以上に言われたことをこなしていった。
家での訓練を真面目に取り組み、緊張してもいいから積極的に人の中に飛び込んでいったのは、自分でも偉かったと思う。
がむしゃらに突き進み、無意識の感情抑圧処理とルーツ整理をしながら暗示を入れてもらい、次第に壁を突破できてきた。

自分の進む前に壁を作っていたのは、周りの奴らの悪意じゃなくて、自分だったと気づいてからは早かった。
あとは乗り越えるか、壊して進むかだけだった。

そういえば、トランス状態中に、すごく自分に自信が持てる瞬間が何度もあった。
彼女ができた瞬間もすごく自信になったけれど、そういう実態のあるものじゃなくて、何かすごく深い悟りに似たものだった。
それって、すごくハイになるかと思えば、静かな・・・・それでいてしっかり根付いているような自信、心地よさだった。
大喜びではなく、静かにかみしめるような感じ。

そういうプラスのエネルギーが僕を包み込んでいってくれた。
実態のない自信のパワーというか、自分が自分でいていいという安心感というか、それがどれだけ僕の行動を手助けしてくれたかわからない。
(なぜ生まれたかは未だにわからないけれど、もしかしたら岩波先生がそういう暗示を入れてくれたのかもしれない)

僕が悩みを解決するために通った話し方教室、スピーチクリニック、心理療法などとくらべて、岩波先生はやばすぎるほどレベルが高度だった。効果を実感する量も圧倒的差があった。
講師、施術者の質はそうだし、暗示の有効性、自己催眠との違いもぜんぜん違う。

あがるメカニズムは、無意識に原因がある。
無意識であがるのだから、いくら意識や前意識で頑張っても難しい。
しかし、無意識の世界に入れるならば、あがる原因もちゃんと解決できる。
その世界に現実に誘導できる岩波先生がいなかったら、僕は今も路頭に迷っていたのは間違いない。
ほかじゃ絶対に治らないと確信しているから。
ちなみに他の方で、僕と似た症状で通ってきた人もみんな良くなっていった。
その中でも外科医の先生のブログに出会っていなかったらと思うと、本当に運が良かった。

会話術の面でも、岩波先生は誰とでもうち解けられるから、すごく参考になる。
コミュニケーション術の達人の言動を実際目の当たりにすると、岩波先生はどこに行っても快適に生きているな~と思う。
僕にはできない~と思いながらも、とても勉強になった。
先生と一緒に夜に飯を食べる機会があったけれど、まさにそこを自分の空間にしていた。
よくある話し方教室の講師は、本で読めばいいような事だけ教えることができるけれど、自分の存在と言葉一つで、空間を自分のものにすることはできないだろう。
店員さんも先生にはすごく親しげにしていて、『お店に来てくれてありがとう』オーラが全開だった。
ああなりたいな~と思いながらも、僕はまだまだ駆け出しだったから、できないと諦めていたけれど、今の僕ならできるかもしれない、とも思う。 

とにかく先生は、すごく余裕があって、元気があって、朗らかで、そして強さがあった。
場慣れしているし、人の心理をよく知っているし、説得術も超一流だった。
まさに心理面における最高の才人だと思う。

僕にとって神様のような人です。
僕が欲しいすべての要素を持っているのが先生でした。
いつまでもお体を大事に元気に、みんなを救って欲しいと思います。

岩波先生のプログラムは多くの人が通っています。
北は北海道、南は沖縄まで、全国から先生がいる東京や大阪に受けに来ています。
何でも、飛行機と宿泊費で10万円超えてしまう人も結構いると聞いています。
僕に先生の存在の情報を授けてくれ、先生に紹介してくださった方はお医者様ですが、その職業の方も多く通ってます。
一番多い悩みが、僕と同じ『手の震え』『過度の緊張』だそう。

なので、新しく通いたい人が予約を必ず取れるかどうかは微妙だと言われてます。
時期やタイミングにもよるため、新規予約者の残り枠状況が下のURLに掲載されているので、貼っておきます。
会話の格闘術&あがり症克服プログラムなどを行っているDream Art Laboratory HP
↑岩波先生は無意識解決技法や抑圧処理、暗示浸透技術のカリスマ的な鬼才だけど、コミュニケーション能力も抜群なので、僕に似たあがり症の人や話し下手の人にはうってつけです。でも、すごすぎるので、振り落とされないように! 他の先生には無理でも岩波先生だからこそ救われてきた人の数は多いです。
 

カイの話し方・緊張解消教室

イジメとからかい

トラウマと人間不信と自信喪失

無意識世界からトラウマ克服

僕が話すことを異常に意識して、緊張が増していく悪循環に陥ってしまったのは、いじめに似たからかいが原因だった。
それは心を踏みにじって、その反応を楽しむという悪質なものだった。
最初は三人組に僕の話し方(特にどもり・吃音)をバカにされた。
人にバカにされたり、何かで攻撃されるなんてなかったことだし、それがどもり(話し方)だったから、のちのちまで吃音や声の震えに苦しめられることになった。

それがトラウマになって、どもること以外の話し方にも急激に自信をなくしていった。
はたして、僕の話し方は正しいのだろうか? 変に思われていないだろうか? 普通じゃなかったらどうしよう、やばいな・・・・
僕のどもりは今までそんなにおかしかったのか? 人に不快な思いと退屈な時間と落ち着かない状況を作っていないだろうか?

普通の人じゃ、ほとんど考えないことばっかり考えるようになってしまった。
人と話すとき、その反応が常に気になってしょうがなかった。
それが芳しくない反応だと、焦るし、落ち込んだ。

ただの会話にも緊張するようになり、声が出なくなったり震えたり、どもりが強まったり、アガリや警戒心が日増しに強くなっていった。
どんどん悪化するのを僕は止められなかった・・・・

そのうち僕は普通に話すと言うことを忘れてしまった。
あんだけ普通になんにも考えず話すことができていたのに、考えなくちゃ何もできなくなった。
普通に話せるってどういうことだろう? 普通ってどういうものなんだろう?
本当に訳がわからなくなった。
それだけ当時の僕が異常な状態だったんだと思う・・・・

悩み続けて、考えこんでいたら、もっと話し方や緊張もあがり症も悪化するだけなんだけど、当時の僕にはまったく考えつかなかった。
ずーっと考えて考えて、それでも効果がなかったから、僕はどんどん病んでいった。

普通になりたい、完璧に話してやろうという実現しない夢想ばかりしていた。
完璧に話すことができれば、すべてうまくいくとまで思っていた(当時の僕には命をかけても不可能なことを追い求めていた・・・・)

とりあえず、僕には、身構えて考えて話すという選択肢しかなかった。
話し方へのとらえ方が歪みが、日ごとに悪化していった。
うまく話したいのに、焦ってもっと話し下手になったり、キョドったりする方向にいってしまった。
うまくいかないから、もっと劣等感を持って、人と話すことや接することを避けるようになっていった。

でも、本当はもっとみんなと話ししたい! もっと楽しく接していたいんだ!
僕はもともと話し好きだったし、人も嫌いじゃなかったから、それがどうしてもできない自分が悔しくてたまらなかった!
本当に死にたくなった。なんで僕だけがこんなつらい目に合わなくちゃいけないんだ? なにか悪いことをしたのか?
どもったりしていたからダメなのか? それは罪なのか? 神様はいるのか? ふざけるな!

いつも話し方で苦労するとき、初期段階では上述した屈辱のトラウマがしょっちゅう思い起こされた。
僕のどもり、いってみればコンプレックスだけを攻撃し、僕の自信を破壊し、自意識過剰にさせたあの出来事を・・・・
でも、無意識の働きはいいのか悪いのかわからないけれど、そんな辛い記憶も次第に忘れていった。
忘れようとしていったのが正しい。
それは僕の無意識が抑圧して、記憶から抹消しようとする働きだったんだろうな。
だけど、無意識では常に感じていたんだ。だから僕はずっと苦しめられることになるし、対処しようがなかった。
岩波先生に出会うまでは、すべてのあがり症や話し方の対策が無駄になっていった。
それも当然で、無意識にある根本原因を解決しようがなかったからだ。

僕は何で話し方にコンプレックスを持ってしまったのか、いつの間にか原因すら忘れてしまった。
きっかけは「あのこと」だったのはわかっているけれど、 つらいことを人間は忘れようとする性質があるらしい。
完全に忘れるなんて事はなかなかできないけれど、ぼやけさせることはできる。
それで精神の安定を図るんだろうけど、それで解決というわけじゃない。
しっかり無意識のあらゆるマイナスの感情が渦巻く部分に根付いていたんだ・・・・

いじめとかトラウマを与えられた出来事は、必ず意識上でぼやけてしまっても、無意識で悪さをする(何度も言うけれど、ここが大事!)。
あがり症や過度に緊張したり、自意識過剰になるのは、みんなそんな感じと思う。
あがり症の場合は、ただ一度の失敗がトラウマになったりするけれど。

意識上では「あがらない」「気にしない」っていくら自分に言い聞かせても通じないのは、無意識に根本的原因があるからだ。
そこを解決したり、割り切りができない限り、抑圧されたトラウマはすぐに悪さをする。

だけど、みんなも僕も無意識には自分の力では手が届かないから、ずっと苦しみもがくことになる。
無意識に原因があると話で聞いていても、いまいち実感がわかない。
あくまで想像で「そうだろうな・・・・」という感じでぼやけたままだから、どう解決していいか途方に僕はくれた。
手の届かないお月様をタッチしようというようなもんだと思う。

だから僕は知恵を使って解決しようとした、それしか知らないから。
そこをしっかり構築して、ちゃんとうまくやれば、必ず悩みは解決するなんて幻想を持ってた・・・・
いろいろ理論武装したり、完璧なシミュレーションをたてて、極度の緊張の場に臨む(普通の人はなんでもない場面なだけに心が痛い・・・・)

だけど、多くの人がそうであるように、うまくいったためしなんてほとんどない。
逆にもっと首を絞めてしまう。
さらなる緊張と自意識過剰と不安を生産してしまうから、残るのは絶望だけ。
このまま、ずっと僕はこのまま一生を送っていくのかな・・・・これじゃあ憂鬱を超えて絶望しか無い・・・・

→画期的な治療法と無意識の悩みの病巣除去であがり症が治った話

カイの話し方・緊張解消教室

人と話すことが苦痛

話し方の悩みの体験記

会話の格闘術との出会い

話し方にコンプレックスを持っていた人間でも彼女ができる

いろいろあって、人付き合いが大の苦手で、すごくコンプレックスになってしまった。
昔は人と話をするのが好きだったし、中学高校生以降の極度の緊張状態になるなんて、ありえないような子供だった。
でも、思春期から急激に人が苦手になった。
でも、いっぱい人と話をしたかった。でもそれができなくなってしまった絶望と悔しさといったらない・・・・

人と話すことが負担でたまらなくなった。
それでいて、どうにか普通に話そうと演技し続けたり、必死でどもったり声が震えないように、努力してへとへとに神経を疲れ果てさせていた。
こんな感じで人に対してエネルギーを消耗させていたから、他のことも手につかなくなってしまった。

人が怖くなり、人に過敏に緊張するようになったのは、僕の話し方(どもりなど)をからかわれ、バカにされ、笑われ、おちょくられたときから。
それまではすごいおしゃべりで、親や周囲の者達を辟易させるほどだった。
もともと会話が好きな方だったが、心の傷を負って、僕自身の話し方について自信を失って悩むと、どんどんコンプレックスの塊になる・・・・
緊張が増していって、普通に話せていた人とも壁を作ってしまって、申し訳ない思いをさせてしまった。
友達にも、人が変わったと思われたようで、どんどん溝が深まっていった。
本当はいっぱい喋りたいし、仲良くしたいけれど、どうしてもできないんだ、ごめん・・・・
何度心の中で謝って泣いたことだろう・・・・
もう二度とあんな思いはしたくない、絶対に絶対に絶対に。

話し方へのトラウマやあがり症の悩みを抱えたら、すべてにおいて、自分を出せなくなる。
僕の話し方が変だからからかわれた。
ってことは、つまり、変に思われないように話すことだ、そうすればいじめられたり、からかわれたりしなくてすむ。
急に話し方に意識と負荷がかかった。
それはすなわち緊張だけが増す流れに入ってしまったのだ。

まったく昔なんて、話し方のことなんて考えたことがなかった。
それだけに、急に話し方がぎこちなくなった。
こいつと話していて、変に思われたらどうしよう、うまく話したいものだと思うと、よけいぎこちなくなる。
声は震えてくるし、どもりも激しくなるし、普通に話そうとすることばかりに神経が向いたあげく、何を話していいかわからなくなった。
頭が真っ白になったり、言いたいことが言えなくなったり、人の話を聞けるほど余裕が無くなっていった。
だから、会話が噛み合わないし、話して楽しくないし、相手はもっと楽しくない。

人を前にすると頭が働くなくなってしまった。
相手の言葉の投げかけにうまく返せない。
こちらからは言葉を投げかけなくなる。

相手がおしゃべりだったら、まだ相づちを打てば楽だったけど(でも、苦手だった)、喋らない奴だと、黙り我慢比べに陥る。
そんな沈黙の白けた雰囲気がたまらない(みんなにはわかってもらえると思う)。
相手にも嫌な気分と時間を与えてしまったかな、と思うと気が重くなった。

もう次には話したくない。相手にまた嫌な思いをさせるから。
相手にだって、会話を盛り上げない責任はあるはずなのに、すべて僕のせいだと思いこんでしまった。
マイナス思考の塊にできあがってしまった。
昔はそんなことはなかったのに。

相手の表情が固くなったり、イライラしたり早く話を切り上げたがっているのを目にすると、すごく申し訳なくなったり、自信を失った。
相手に迷惑をかけない唯一の方法は、僕がしゃべらないことだと思った。
でも、内心は仲良くしたかった・・・・でもできない・・・

ずっとこんなことを繰り返していると、いつも人を避けるようになってしまった。
僕に話しかけるなオーラがでていたのかわからないが、どんどん人も離れていった。
僕はそれが楽だったけれど、それ以上に寂しさや孤独感が募っていった。
すごく寂しかったし、誰も僕の心をわかってくれない孤独の中で生きてきた。
親も変わってしまった僕を心配そうに見ていた。
それも申し訳なく思った。

普通に人と接したいし、話したい。
話し上手になりたい!
ずっとこんなことばかり考えていた。

この思考がよくないことなんだけど・・・・
つまり、人と仲良くやりたいなんて思うこと自体が、話し方への負荷と緊張を増してしまって、もっと上手にできなくしていたと気づいたのは後年のこと。
人に合わせて生きようとする下心が、結局自分を苦しめていただけだった。
あくまで人生は自分が主体にならないといけない。
悪意などに振り回され続けた結果が、今の悪い状況なら、その思考を外さなくちゃいけないし、そこから脱却できたから、僕は話し方のコンプレックスもなくなっていって、けっこう話し上手の部類になれたんだと思う。
意識の持ち方一つで、人は変われる! 

人と仲良くやって、合わせて生きるなんて、悩みのガン細胞の何ものでもない!!
うまくやる必要なんてない。
うまくやらないから、うまくいくんだ!

それが心底理解できた時(僕の先生がわからせてくれたんだが)、緊張が生じるメカニズムもあがり症も克服できたし、 手の震えもなくなった。

さて、話し方といえば、僕には認知の歪みがけっこうあった。
その一つに、自己主張しない方が、波風立たず、人とうまくやれるというものだ。
誰もが話し方が苦手な人や対人緊張を持つ人はそういう結論(掟)に達するけれど、僕もその信念を強く持ってしまった。

僕の場合は、周りの人間に出る杭は打たれるじゃないけれど、悪意によってやられてしまった(反発できなかった自分が許せなかった。それが自信喪失になったんだけど)。
それ以来、自分を出さないで人の陰に隠れて、うまく生きようと画策し始めた。
僕が自己主張してわがままをやれば、必ず攻撃されて、どうしようもない立場に追いやられるだろうって怯えてしまったから・・・・

だけど、その結果がますます僕自身をどうしようもない立場にしてしまった。
これは、僕が受けたあがり症克服プログラムに通っていた人に共通する境遇だった。
たくさんの人が来ていたが、例外なくそうだった。

僕が自己主張しないことが、普通に平穏に暮らす方法だと間違った認識をしていた。
それが大間違い。
そんなことだから、僕もみんなも、ますます話し方が苦手になり、磨くこともできなくなった。

そればかりか、あがり症が強くなり、声に意識が向いたら声の震えに通じ、どもりを意識したら、ますます吃音が激しくなった。
手の震えにあるとき気づいたら、そればっかりに神経を費やしてしまった。
殻に閉じこもろうとする姿勢は、すべてを悪化させる!!!
そこに気づけたから、克服できた現在があるんだと思う。

僕はいつの間にか人からの低評価ばかりにおびえてしまって、どんどん身構え続けて緊張がやばくなってしまった。
そこに主体的な僕があったかというと全く無くなってしまった。
何のための人生だろう? やっぱり僕のための人生じゃなきゃいけないのに、主役は僕じゃなかった。
いつもコンプレックスを感じて、普通になろうとしている人間が主役なわけがない・・・・

僕が話し方に劣等感が強まったのも、人からどう思われるかばかりに怯えてしまったからだ。
これから僕の人生は自殺しなきゃ長く続くだろう・・・・
ずーっと身を縮めて生きていくことは嫌だった!
そう考えると、僕は爆発しそうだった。
鬱憤がMAXになり、この苛々をどこにぶつけていいかわからなかった。

社会の幸せそうな人や弱い人間を、暴発して通り魔無差別殺人事件を起こす奴がいるが、僕はそのレールにもしかしたら乗っかっていたのかもしれない(まあそんなことは絶対にしないよ、やるなら自分をやっていただろう)。
僕はそんぐらい精神的に追い詰められていたけど、そんな時外科医のお医者さんが書いているブログを拝見出来た。

手の震えをどうにかしたくてネット検索をしたけれど、それがきっかけで、無意識から解決しないといつまで経っても僕の症状は治らないことを強く認識することができた。
患者さんとの関係や病院内での人間関係も劇的に改善していったことも書いてあり、まさに僕が求めていたことだった。

その外科のお医者さんは、間接的に僕の命の恩人になってくれた。
なぜかっていうと、それまで僕は話し方教室や薬物療法で自分を変えようとしていた。
催眠療法もあがり症に効果があると聞き、受けたけれど、催眠に入る実感が全く得られず、暗示を入れてもらっても何の意味もなかった。
だけど、本当に無意識から解決する方法があると紹介していた。
そこで、岩波先生の存在を知る。

岩波先生は無意識に巣くう病巣を克服させる神技を有しているただ一人の人で、それだけじゃなくて、会話の格闘術もやっている。
先生は人間力が半端ない人だから、コミュニケーション能力もすごくて、僕はこの先生しかないと思った。
人生っていつ運が開けるかわからないもんだ!

無意識の心の病巣破壊については、別の項目に書くとして、僕が岩波先生から話し方の技術や人間の本能、感情、心理についてたくさんおそわることができた(こちらを参照してください)

どんだけ僕がまずい話し方をしていたか、会話への間違った認識を持っていたか気付かされたし、それを改めてからは、話し方がまずくてもいいやと思えるようになった。
次第に、すごくコンプレックスを持っていたのに、自分から話しかけようと思えるようになった。
うまくいかないときもあったけれど、たまたまうまくいった時もあり、成功体験が僕に自信を与えてくれた。
絶対にうまく話そうとしなくなった。
そのままの自分でいいやと思えた。
どもっても、声が震えても、話し下手でもかまわないって。
そのちょっとした『たくましさ』がついてきて、セミナーを受けている間に、なんと彼女を作ることができた。
これ以上の成功体験は今までなくって、どれだけ大きな自信になったかわからない。
もし岩波先生のセミナーを受けていなかったら、今頃も彼女いない歴=年齢になっていたのは確かだった。

ちなみに彼女いない歴が年齢と同じ人が、先生に人間心理や本能や感情のことや話し方を教わったことで、例外なく彼女ができるようになったという話しがあります。
僕もそうだったし、すごく話し方にコンプレックスを持っていて、彼女が欲しくても絶対に難しいと思い込んでいた人間でも大丈夫だったのだから、誰でも大丈夫!

ともかく、話し方や会話の悩みは、どんどん薄らいでいって、どんどん自信がついていった。
もともと話し好きだったから、コンプレックスが無くなっていくに連れて、昔の自分を取り戻すことができたと思う。
だけど、べらべら喋ればいいわけじゃないし、実際に僕は話し下手だけど、それでも自信を持って話せています。

会話や話し方については、岩波先生が言葉・講演集でよく書いてくださっているので、そちらも読むといいと思います。
ただし知識だけで終わらせず、実践で使ってください。

→画期的な治療法と無意識の悩みの病巣除去であがり症が治った話

カイの話し方・緊張解消教室 『吃音とどもり』の苦しみと悲劇、そして・・・

どもり・吃音について

僕のどもり・吃音体験

どもり・吃音を克服して

中学の時にいじめに似た経験をした。

そもそもが僕のどもり(吃音)を笑われたことだった。
すこしつっかえることが、昔からあったけど、そんな気にしていなかった。
数人で遊ぶことがあるが、悪友というべき存在の奴らにどもりを指摘された。
そして、真似され、笑われたのがショックでトラウマに。
人生最悪の瞬間の一つ。

僕は屈辱だった。こう見えても気位が高かったのだ
いま思えば、殴りかかればよかったと思う。
じっと我慢の子になってしまったのがいけなかった。
どもりをはじめてあれほど悩んだことはなかった。
そして、それからもずっとどもりに捕らわれた。
だから笑われたりからかわれないようにするために必死で努力した。
しかし、意識するとますますどもってしまった。最悪だった。

自分はバカにされるような存在じゃない! だがみなが、僕のどもりをバカにする!
真似されたり、笑われたり、僕がどもるのを期待して待つ視線が嫌でたまらなかった。

被害意識も高じてしまい、ますます自分の話し方を意識して常にチェックしてしまった。
恥をかかないように頑張ったが、それが緊張につながり、何度も失敗した。
成績は常にトップか二番だったし、スポーツも得意だった。
だから、悩みはそれだけだった。

別に外見だってコンプレックスを持つほどひどくはない。
だけど、話し方をバカにされた。
どもりを笑われ、おちょくられた。真似をされた。
それがずっと俺の人生を支配する。
暗黒と屈辱の日々が幕を開けた。
クラスの女子にもくすくす笑われる。
「やめなさいよ!」という女子にも引け目を感じる。
同情されるほど落ちぶれている自分が惨めだった。

あまりの緊張と恥への恐怖からあがり症にもつながったし、人に心を許せなくなった。
周りの笑い声や会話に常にアンテナを貼って、へとへとに疲れるようになった。
会話や話し方がコンプレックスになった。
どんどん人間関係で構えるようになってしまった。
その身動きのとれなさといったらもう・・・・

どもりを悟られるのが怖く(実はひどい状態ではなかった)、特に初対面の人にはよく思われよう、悟られてはダメだ、と 頑張ってしまう。
本当は頑張る必要もないのに。
どもりを受け入れてくれそうな人に期待しても、僕のどもりを聞いて、一瞬引いた表情を見ると、もうその人とは打ち解けられなかった。
仲良くしてやるものか、そっちから近づいてきたら考えてもいい・・・・
こんな風に、異常に僕はプライドを高くして自分を守っていたと言っていい。
それも後年僕をずっと苦しめることになっちゃうのだけど・・・

僕の話し方・会話の格闘術の先生のセミナーに通ってから、ようやくどもりを気にしないようになれた。
どうしても気にしてしまう自分がいたが、治療や意識改革のおかげで、どもりでもちゃんと相手に気持ちが通じるし、コンプレックスを感じる必要がないとわかった。
そう割り切れたら、不思議と言葉がつっかからなくなった。

どもっても人は僕を受け入れてくれるし、認めてくれる。
逆に僕のどもりが、僕の個性として受け止めてくれるそんな人にも、セミナー参加期間中に出会うことができたのも大きかった。
とても自信が持てた。
もし先生に出会っていなかったら、今もずーっと彼女なんてできなかっただろう。
それぐらい僕はコンプレックスを抱えていたし、そんな自分じゃまともなデートもできないし、彼女なんてできっこないと思い込んでいた。

故丹波哲郎や野坂昭如もどもりがあるのに、あんなに堂々とエラソーに話している。
それを先生から教えてもらい、励まされ、セミナーで会話の格闘術の極意、人間心理の攻略を学んで実践にいかしてから、「そんな僕でもいい! どんとこい。何もやましい所などない! 笑うなら勝手に笑っていろ そんなことはもうどうでもいいこと」と思い込めるようになり自己肯定化できた。
僕がずっと執着していた話し方やどもりへの悪い固定観念が崩壊していった。
それは先生の無意識からの意識改革の暗示と技術のおかげで心がすごく軽くなったこともあるけれど、僕は自分を認めてられる成功体験も得たことが大きかった。
思ったよりも早く僕は克服できていった。
人を恐れなくなっていったし、恥をかいてもいいやと思えるようになった。

どもってもコンプレックスに感じる必要はないと断言します!
個性的な話し方だと受け入れよう。
そうすりゃ、どもりもかなり減る。
心因性は、どうとらえるかによって、治る治らないがはっきり分かれる。
僕は僕だ、それが僕の話し方だ!
強気でいこう!!

問題はなんにもない!
相手にどう思われるかよりも、自分がどう思うかで、どう行動したかだけ。
主役はあなただし僕だ。
どもっても吃音でもかまわない、どんとこい、大丈夫!

なお僕の一生の恩人岩波先生は、かつて吃音だったそうだ。
独特の話し方、イントネーションを持っている先生だけど、全くそんなことを感じない。

吃音の思考や緊張が悪循環を呼ぶことを教えてくれた。
吃音克服についての話』が岩波先生のサイトに書いてある。
吃音やあがり症克服に、岩波先生ほどうってつけの人はいないと思う。
無意識から根本的に治せるやばいほど高度な技術を開発しているとともに、吃音やあがる思考を身をもって体験しているから。
岩波先生でダメならば、治してくれる人なんていないんじゃないか・・・
最後のチャンスで僕はつかみとれたわけだ。

本当にやばい綱渡りの人生を送ってきたんだな・・・・
やばい、やばいよ、やばすぎる

いまだに吃音であがり症で手が震えて声も震えてしまう人間だったなら、僕がいま経験している幸せはすべて夢の世界だし、みじめったらしくいじけて、でもプライドを高くして、孤独に生きていたに違いない・・・
でも、当時夢を見ていた世界を、今僕は現実に送っている。
幸せな症状が無くなって、周りの人にも恵まれている自分になれている・・・・

カイの話し方・緊張解消教室

声が震える

緊張と声の震え

緊張と声の震えの根本的対処法

発表の時、緊張のあまり声が震える。スムーズに話せない。喉が締め付けられる。息苦しくなる・・・・僕が体験した記録です。

うまくストレートに喋ることができない。
どうしても声が震えているのがわかる。
抑えようと力を入れると、いっこうにおさまらない。
心臓ばくばく、血の気のひいた顔、テンパった表情、ひきつった表情、そして声の震え、すべてが僕にはわかる。
まわりの人が見たら、よっぽど変に思うだろう。

発表の時、とにかく声が震えることだけは避けなければいけないと思った。
変な発音をしたり、声がうわずったりしたら、みな一斉に僕のことを見るだろう。
そしたらよけい緊張して声が震えてしまう。どもってつっかえてしまうし。
緊張したり、あがっているのがばれて、笑われたりバカにされるんじゃないか?
そればっかり悩んでいたことがあります。

声が震えないようにしよう、すらすら話せるようになろう、本読みも失敗しないようにやろう。
そんな考えがすべて失敗につながった。
いけないとわかっていても、できない悲劇って、非常に酷ですよね。
いつも発表が本読みの指名がある授業では、針のむしろに座っていたような気分だった。

緊張すると、声が震えているのがわかる。
相手が気づいているのかわからないけれども、震えている自分が嫌だったし、もしかしたら相手も不審に思ったり、内心笑っているんじゃないかと不安になっていた。
「いい声だね」と言われたこともあるけれど、当時の僕は、すべてを裏の意味でとらえる癖があったから、「あなたは声が震えていて、つっかえるし、聞くに堪えないから話さないで」という意味で受け取っていた。
ここまで僕は声とを発することに恐れを抱き、なるべく喋らないようにしていた。

カウンセラーの先生のも「声が震えても誰も気にしないよ」とたくさん言われたけれど、緊張して声が震える自分が嫌だったから、何の慰めにもならなかった。

息苦しくなった。呼吸ができなくなって、ぶっ倒れそうになっていた。

そんな僕でも、もともとの緊張する無意識の働きを解消することに成功でき、声の震えにまず悩まなくなっていった。
僕は、あがり症克服プログラム会話の格闘術プログラムをきっかけにして、最初は半ばやけ気味にだけど、緊張して声が震える自分を楽しむマゾ的な人間になろうと決心した。
そんな発想の転換ができたことが大きかった。
声の震えがみっともなくて、人から変に思われないことばかり苦心していたけれど、プログラムセミナーの岩波先生の教えで、どう思われるかよりも、どう自分が思うか、そしてどんな弱点にもプラスがあることを教わった。
声の震えをなくそうと身構えて、もっと緊張して自滅していたのが今までの僕だったけれど、上に書いたような発想に切り替えてからは、声の震えにたいしての無意識の執着が無くなっていった。

冗談じゃなくて、「変な自分」を人前にさらけ出してやる!という覚悟が僕の無意識に暗示として入ったんだと思う。
それが実際にできるすごいセミナーだったけど、先生には覚悟を持たさせてもらったし、前向きのモチベーションもあがるようにしてくれた。
あと人間の心理についても教わった。
様々な相手の心理を攻略するテクニック、人より優位に立つ(つまり余裕がでる)技術をたくさん教えてもらった。
そこで得た自信と無意識レベルから行った割り切りスキルの獲得が僕の声の震えや緊張のメカニズムを壊してくれたんだと思う。

実際に、僕は声が震えてもいいじゃないかと楽に思えた(プラス暗示で思えてしまったのだ!)
セミナー中に、すっごく気持ちが楽になっていたとき、自然に『声の震え』の悩みを受け入れることがいる自分がいた。
無理に気張らなくてもそう思えていた・・・・なんかすごく静かな感動があった。
声の震えなんてどうでもいいと思いたくても、思えないから苦労してきたけれど、無意識の力ってすごくて(岩波先生の腕もだけど)、知識で知っていても実際には難しいことでも、無意識に入ると、完全にそう思え込めちゃうのだから不思議だった。

これって、 一人でやるには、荷が重すぎると思う。
そんなことをしたら、逆に潰れてしまうかもしれない。
無意識って、自分で思い込んだ通りに動いてくれないから、無力感と絶望感を味わってしまう・・・・。
僕の体験がずっとそうだった。

トラウマも一人では処理できないし、できることは心の隅に押しやることだけ。
でも解消できないし、抑圧されたエネルギーが緊張を巻き起こしてしまうから、一人だともっと悩んでしまう・・・・。
プラスの暗示、前向きになる暗示、覚悟をもてる暗示も無意識レベルに入れ込めないと、ただの時間の無駄になってしまうし、本番では効果が上がっていないことにショックを受ける。

この体験記で、僕ができるアドバイスといえば、こんなことしかないかもしれない。
何度も言ってきたけれど、うまく話そうなんて思わないこと!
人にどう思われるかに意識を費やすんじゃなくて、どう話すかと伝えるかがとても大事。
失敗を恐れてはいけない。逆に失敗してみよう!

すらすら話している奴はプロの司会者か、相当の修羅場をくぐっている人だけだ。
そういう達人に限って、うまく話したいなんて意識はないもんだ。
もしすらすら話そうと思っていたら、そんなレベルにはなれずに、つっかえたり声が震えたりどもったりするだけ・・・
緊張していて、声が震えているお笑い芸人でも、逆に流暢な奴よりも笑いがドッカーンととれることからも、あんまり劣等感に感じることはないです!

だから、徹底的に意識を改革するしかない。
今までのやり方だと、緊張をなくすことなんてできないから(はっきり言っておきたい! 気づかないと時間がもったいないから)
緊張が全くゼロになることなんか、最初は絶対あり得ないんだから。
できないことに、血道を上げて、逆効果になってしまっているのだから、もう今までの対策の限界を知ろう。

緊張する自分は、ずっとほっておいてしまうと、症状が広がっていくし、治りにくくなっていくと思う。
薬の効果が無くなっていくものだから、時間との勝負です。
時間は大事です、貴重です。
緊張だけで人生を費やしてしまう未来を考えてください。
一日も早く考え方を改めることが必要です(偉そうに書いてしまってすみません。でも痛いところをつかないと変われないと思うから)

→画期的な治療法と無意識の悩みの病巣除去であがり症が治った話

声の震えの体験記を書いてくださった方のHP紹介

声の震え、岩波英知セミナー体験記Dr.Strangelive または私はいかにして神経症を克服し、自分を愛するようになったか

極度の緊張

手の震え

意識と無意識

手の震えを止めたくても止められない!

緊張するあまり、手が震えるなんてことは、誰だってある。
手が震えることそのものは、何の不思議な現象でもない。
しかし、一般の人は、手が震えても次の日は自分が手が震える人間だという認識を忘れてしまっている。
だから、悩みを引っ張らない。

一方で手の震えで苦しむ人は、いつだって意識をしている。
手の震えを一生懸命抑えようとして、それでも震えが止まらない・・・・震えを止めるためにやばいぐらい力を入れて疲れ果てて、今度震えてしまったらやばいと不安を感じる

悩むと視野が狭くなるから、緊張であがって手が震えてしまう自分が異常だと思っちゃう。
異常じゃないよ、誰だって緊張するし、あがるんだ。
それが過度に出ているだけ。

みんなそうなんだと思って、ひとまず落ち着こう。
緊張で手が震えて苦しむ人は非常に多いのだ!
このホームページを開いてから、僕はますますその念を強くした。

強度の緊張が手の震えというアウトプットで出てしまう悲劇

僕も何を隠そう、手の震えにはかなり苦労させられた。
自分が緊張しているって、人から見てすぐわかってしまう部分だし、すぐ把握されちゃう。

そして、手は一番と言っていいほど、人目につきやすいし、末端だし動きがあるから目立っちゃう
手が震えることがそのまんま緊張しているとか、おかしい奴、キョドっている奴だと思われる事への恐怖!

手の震えで、何の関心も興味も悪意も持たずにやり過ごせてくれれば、それ自体たいしたことじゃない。
だけど、手が震えて、自分の弱点を見透かされることと、内面心理を悟られ、見下され、自信を激しく失うことがいやだった。

僕自体も、手が震えている自分が許せなかったし、イライラした。
どうして震えるんだ、馬鹿野郎! でも震えてしまう。

自分の意志じゃ震えを止められないから根性が足りないと思ってしまうし、そんな自分に劣等感を持っちゃう。
その手かせによって、積極的になれない自分がいやだった。

いくら抑え込もうと頑張っても、絶対手の震えへの不安が外れなかった。
いらだつとともに落胆を多く味わった。
ストレスで疲労困憊にさせられたし、人を避けるようにもなった。

もう二度とあんな疲れる思いは嫌だ

手の震えを克服できないまま、ずっと同じ悩むことしかできていない

これって、あがり症の項目で書いたことと同じじゃないか・・・・
同じ緊張と同じ思考の構図で永遠と悩んでいたんだなぁ。
結局、僕があがり症や震えやどもりで、悩んでいたときの思考や対策って、ずっーっと同じことしかできていなかった・・・・

悩みの悪循環というやつか。
ひどく狭くて苦しい世界に、僕はもがいていたんだな~呆れてしまう。
そのくせ一歩も狭い世界から抜け出せない。
泥沼とはこのことだ。

悩んでいる時って、同じ一つのことしかしていないと岩波先生が言っていたけれど、まさにそのとおりだと思った。
成功の階段を登っているならまだしも、緊張対策しかやっていない・・・・・

時間がもったいないと思う・・・僕がこのことばかりにずっと時間と意思のパワーを投入しても、何にも変わらなかった・・・
変わらない? もっと手の震えばかり気に病み、悪化させていただけだから恐ろしい。

手の震えを止めようとか止められないと悩んでいる間に、僕は普通の状態だったら、どれだけの大きなこと、やりたいことを成し遂げられたのだろう・・・・
それは、やってみなくちゃわからないけれど、それだけは克服した今も悔しくてたまらない。
(それが新しい人生を頑張ろうというモチベーションになっているんだけど。過去を覆す、取り戻す!)

物を持つ手と腕への不安、震えを見られたらやばい、震えたらどうしようの繰り返し

書痙のつらさもそうなんだけど、やっぱり物を手に持つと手が震えてしまう。
重い物を持つ時はまだいい。震えにくいから、震えが増幅しなくて済むから。

でも、震えやすい物ってあるんだよね。それがいやだった。
物を持つ前からそれを敏感に察知して、なるべく人前で持たないようにしてた。
とにかくすごく恐れた! 不安だった!

普通の人はこんなこと考えていないだろうな・・・・
何にも考えずにペンを持ったり、アップルやパイナッポーを持ったり、コップを持ったり、それを何気なく人に渡したり。

僕だけだろうな・・・こんなくだらないことに怯えているのは・・・僕はこんなふうに悩んだ。
こんな時間がもったいない、何をやっているんだと僕は自分が情けなかった

軽いモノを持った時の震えへの恐怖!

僕がコップを持った時の手の震え、これで気軽に喫茶店に人と行けなくなった。
誰にも見られなかったら、震えは大丈夫なのに・・・・

とくに対面の席に相手が座ると、もう気が気じゃなかった。
こう書いていて思い出したけれど、僕は対面恐怖症、会食恐怖症だったんだな・・・・

会食恐怖症といったら、お箸を持った時、それで何かをつまむ時も、本当に嫌だった。
緊張したし、それが手の震えがバレないように必死で隠すことばかりに気を使っていたから、おいしい食事も楽しめなかった。
そういえば、喉もしまって飲み込めなかったっけ・・・・

人に本や書類を手渡しするのもダメだった。
あとは書痙だから人前で字を書く時も震えた
人の目が届かないところでなるべく記入するようにしていた。
人前だと字がすごく下手になって、それも許せなかった。
僕は字は下手じゃない方だったから、書痙により書きなぐったような文字は症状のせいだと思うと、もう呪いたくなった。

とにかく軽いものは人の視界に入る時には絶対に持ちたくなかった!

誰もやっていない小さな手の震え対策でストレスだらけ、もう嫌になる!

バイトの時だって、客に手の震えを悟られるのが怖くて、よけい手に力が入った。
友達・知り合い(同性・異性両方とも)と喫茶店でお茶をするとき、コーヒーカップを持つ手が震える。
口に持って行く腕も震え、やっと両手で支えて震えを隠してた。

たかがコーヒー、紅茶、ジュースを飲むときですらものすんごい神経を使って異様に疲れ果てた
そういう場面が来ると身構え、今度は触れないようにと願って、力を入れるけれど、震えるとショックを受ける。

俺って、何をやっているんだろう?
こんなくだらないことに神経をすり減らしている僕って・・・・・・・

まったくコップを口に持って行かないのもおかしいと思われるし、ものすごく飲むペースが遅いやつだと思われていたと思う。
そんな自分が許せなかったし、恨めしかったし、普通の人が羨ましかった。
同時に思うのは普通にもなれない自分・・・・・

会話もそうだけど、もう人が前にいると、勝手に極度の緊張モードに切り替わってダメだった。
誰が緊張しろと言ったんだ! いつ俺が指令を出した?(無意識が強制命令を出していたのだが)
自分にムカついた、呪い殺してやりたかった

それでも必死で緊張していないよう頑張っていたけれど・・・・
それが功を奏したかどうかはわからん。

人に気づかれたり、震えを指摘された時には人生終わったと思ったし、二度と言われないように異常に震えを抑えようとして疲れ果てる。
この繰り返しで、一生を終えていく。
死にたくならないわけがない!

なんにも考えず自然体でありのまま生きたかった

そしてまた俺って何をしているんだろう、こんなくだらないことをしてて・・・・この連続。
自分で自分をがんじがらめにしてしまって、いくら震えるな、緊張するな、このばか!と言い聞かせても、説得ができなかった。

もっと自然にナチュラルに生きたい。
なんにも考えずに生きられたら!
みんなが羨ましかった

でも、いつまで経っても何をやっても手の震えの悩みが解決することはなく、自分の将来に暗雲が立ちこめた心境になった。
テレビでも出演者の手元とその震えにすごく注目するようになった。
震えていると嬉しくなったり、変にホットしたり。

あ、震えている、うれしい! みたいな(笑)
緊張しているのだろうか・・・・そうだとうれしいけれど、彼は悩んでいるのだろうか?
そんな事を考えていた。

緊張したら手が震えるのは当たり前と頭ではわかっていたけれど、どうしても割り切りがつかなかった。
僕はたかが日常でものすんごい緊張で手が震えているのだ・・・
テレビで全国の人の視線に晒されているわけじゃない・・・・

手の震えじゃだけなくて、足も震えるし、声も震えるし、頭も真っ白になってしまったり、緊張がすぐに体に反応してしまう。
とほほだ・・・・
なぜこんな運命になってしまったのか、呪いたくなっていた。

震え・・・意識したらもう外せない、どんなことをやっても外せない、死んだときだけ外れるのだろう

一度意識したら、もう(他の症状もそうだが)とことんまで震えに気に病んでしまって、常に僕の神経が手や腕に集中した。
その感じがとても疲れるし嫌だった。
異常に張り付くようなまとわりつくような神経のやばさ・・・・
意識したら最後で、手が震えるのを抑え込もうとして、へとへとに疲れるなんて日常茶飯事。

手が震える、声が震える、あがり症、話し方なんて事も、すべて「他者からどうみられているか」に起因してる。
これらの症状は、人が他にいない動物に囲まれて過ごす無人島だったら、まったく悩みの対象にならない。
鳥や蛇に見られて緊張するようになったら終わりだが(笑)

結局、手の震えそのもののきつさもあるけれど、他者という存在がまじで厄介だった。
他者によって、そういう場面に追い込まれ、他者を意識するがあまり、自分でも手の震えや話し方の悩みを強化してしまった。

他者を絶滅させる訳にはいかないから、結局自分を押し殺すしかなかったし、震えを止めるしか生きる道はなかった。
どっちみちできないことをやるしかなかった。

反射神経に極度の緊張が同化している

誰からに注目されていると感じると、例えば文字を書くとき(書痙)や、お茶を飲もうとコップをつかみ口に持って行くまでとか、震えてしまった。

昔テレビで見たけれど、ロッキード事件の証人喚問の場面があった。
証人がサインをするところがあったんだけど、すごく手が震えて、書くことができなかった。
あれが手が震える最悪の緊張の場面だろう。

有名な場面だから、年をとっている人は覚えているかもしれない。
もしあの人が、次も書痙を気にすると、立派な手の震えの悩みを抱えるだろうに。
そのとき限りなら、極度の緊張を引き起こした特殊な事情故という原因だけで終わる。

でも、その映像を見る機会があったら、僕は当事者のように胸が締め付けられた。
いつ、僕の書痙が爆発して、そうなってしまうかわからないから。

反射神経・・・・考えて対策を取る暇もなく手が震えていく自分がわかる、焦る、嫌になる、でも止められない・・・・。

ほんとうはいちいち人の手なんて、みんなは絶対注目してない。
それはわかってる。
わかっているけれど、どうしても人の視線がすべて僕の手に注がれているという自意識過剰状態になった。

注がれていないかもしれないが、たまたま僕の手を見たら、そのときに手が震えていたら、絶対変に思うだろう。
緊張の予期不安がここでも起こっていた。
まったくあがり症の悩みと同じや(苦笑)

手の震えを気にしないようにと思いながらも、常に震えているかどうかチェックする矛盾

常に手が震えていないか、自分でチェックしまくった。
鏡を見たり、僕の姿をビデオカメラで撮って、他者が見るとどんな風にうつるだろうかなんて。
こんなことやっているやつなんて、僕ぐらい(もしくは同じ症状の方々)しかいないだろうな~(涙)

「やった、震えていない」「震えていないかも」
「僕の手よ、どうか震えないでおくれ」「やばい、震えてる!」「ますます震えてしまう! くそぉ」
「変に思われたらどうしよう」
これがぐるぐる頭の中を駆けめぐった。

いっつも手が震えそうな場面になると、頭の中がぐちゃぐちゃになり、事前の震えを止める対策は木っ端みじんに吹き飛び、脳みそと全神経を病的な考えと焦りと緊張で支配された。

腕に力が勝手に入る、震える、止められない、焦る、しょげる

ぎゅーっと腕に力がもはや自動的に入り(たぶん無意識で震えを止めようと力が腕に集中するんだろう)、すんごい疲労感。
なんで僕はこんなばかげたことで格闘しているんだ? もっと有意義なことで闘うならまだしも。

すんごいみじめな気分
そんなことじゃ、自分に高い評価を与える事なんてできない(本当は自分を信じてやりたかった)し、くだらないことで悩んで自信も喪失してしまった。
ああ、惨めったらありゃしない・・・・

周りの奴らは、僕の手の震えを気づいていたかどうかわからない。
それとなく言われたかもしれない(でも確かめるのが怖かった!)ことはあったかもしれないが、現実に向き合うことがとても恐怖だった。
どんな僕に対する悪評も抹殺したかった。
生きていけなくなると思ったから。

「何気ない手の動き」に見えることに、どれだけ僕の努力と神経と願いが込められていただろう。
あんだけ悩んでくよくよと考えて、震えないように必死で頑張っても、「何気ない手の動き」に近づけることしかできない。

普通の人が何の努力もせずに、ゼロのエネルギーしか使っていないのに、その域に達するために僕は百万のエネルギーを費やしてなお届かない
くだらないことに対策をとらなければいけない苦しさと無念に苦しんだ。

だから周りの手の震えない人間、話し方が上手(もしくは普通)の奴らが立派に見え、その反動で自尊感情がどんどん低下していった。
それとも、自分に劣等感がすごいから、まわりがすごく思えるだけなのかもしれない。

震えを意識しないことを強烈に意識してしまう

意識したら最後、「気にしない」「考えない」事は不可能だとわかった。
みなさんもよくご存じだと思う。

「気にしない」「手の震えを考えない」ことそのものが、強く意識していることに終わるのだから。
僕の手の震えも緊張も他の症状もすべて、強く意識しすぎることが原因だった。

グッーと、絶対に震えまいと全身に力を込めていたが、逆にどんどん体に柔軟性が失われていったのか、ますます震えるようになってしまった。
かすかな震えが自分の目にもはっきり映るくらいに。
首や肩や背中がすぐ凝るようになってしまった。

これだけ悩んでいるのだから、体ぐらいは凝らないようにして欲しいけれど、悩む人ほど体調も狂うという救いのない世界・・・・

自分の力で極度の緊張も震えも止められないことを思い知る

大学の時、意識上の努力&対策では、このままだと極度の緊張も震えは止められない、ダメだと悟った。
だけど、一番の問題はどうやったら、手の震えや緊張を起こす自分を克服できるのかということに尽きる。

世の中にはたくさん心理療法や、病院があるけれど、僕が助かる道はなにがあるのか、ちんぷんかんぷんだった。
実際、たくさんの緊張やあがり症を治す心理カウンセリングや心理療法を受けたり病院に通った。
コンプレックス解消のため話し方教室にも通ったがいっこうに解決しなかった。
一緒に通っている人もぴんと来ていないようだった。

僕はそういう教室や心理療法で、劇的に良くなっている人を目にしたことがない。
でも、なにか対策をとらないといけないから、やっているだけのように見えた。

やらないと、人生を諦めた敗北者になってしまうだけだから。
もがくことに人生の意義がある!
でも、普通の人はこんなことにもお金を使っていない・・・・

どれだけ僕は損をしている生き方をしているんだろう。
まるで苦労して苦労し続けて、普通にもなれないという呪いをかけられているようなものだと思う。

心理カウンセリング、話し方教室、心療内科、心理療法

まず心理カウンセリングでは、僕のあがり症や手の震えなどの悩みを打ち替えてホッとしたこともあったけれど、根本のあがる場面ではなんにも役立たなかった。
意識の上での対策しか取れないからだ。

知識として、どうすれば緊張しないのかというメカニズムは本で読んでいたし、いまさらカウンセラーにアドバイスされても無意味だったから、これを繰り返していたら時間の無駄だと思って次第に足が遠ざかった。

話し方教室もダメだった。
より実践的に話すこと、発表することに特化した教室だったけれど、いくら伝える技術を会得しても、緊張する場面ではまったく役立たなかったし、そもそも手の震えにはジャンルが違っていた。

何か病気だと思って(また期待して)、数軒の病院を回ったが、心因性のものと言われた。
じゃあ心因性ならばどう治せばいいかまでは教えてくれなかった。

それに薬を飲み続けても、いずれ効果が無くなっていくというし、毎日薬を飲み続ける事を考えると、憂鬱になった。
何かあると薬に逃げる自分が嫌だった(そういう自尊感情だけはあったのだ)

その次に心理療法で手の震えを治そうとしたが、あがりや緊張の元凶まで破壊できなかった。
催眠療法は何の実感もなくて、時々暗示をかけてくれるが、症状解決には全く無意味だった。

最初の恩人、外科のお医者さんの手の震え克服闘争記を発見

そんな中、「手の震え 克服」もしくは「手の震え 治し方」などでネット検索したら、『外科医神経症闘症記』というサイト(ブログver.はこちら)を見つけた。
書痙や手の震えの症状が僕と似ているため、非常に参考になった。

外科のお医者さんの体験記で、手の震えや書痙、過度の緊張で苦しんで、その中でも克服することができた、というほんとうに尊敬する人です。
手の震えのせいで、手術恐怖症にかかり、大失敗を起こすか、自分で退職するかどちらかしか先がないくらい、追い詰められたお医者さんです。
僕なんかよりももっと苦境に立たされていたことでしょう。

お医者さんの手の震え克服体験談のおかげで、僕の手の震えやあがり症が克服することになったことを思えば、大げさではなくて命の恩人でもあります。
おそらく僕が癌になって名医に手術してもらってガンを治したとしても、その外科医のお医者さんほどの恩人にはならないだろうと思います。
それほど僕は精神的に極度の緊張症状に苦しめられてきたのです。

当直あけの手術をこなすぐらいに忙しい外科医のお医者さんですが、ホームページやブログで体験談をのせてくださっていることにも感動しました。
それがなかったら、僕は岩波先生を知れていたかわかりません(いずれは知っていたかもしれないけれど。評判の非常に高い人だから)が、その時点でいち早く岩波先生のセミナーを受けられたのは、すべて外科医のブラックジャックさんのおかげです。

僕も、同じ悩みと戦って疲れ果ててしまっている人や将来への不安を強く感じて生きている人に、僕の克服体験を発表して、少しでも未来を明るくして欲しくて、こうやって書いています。

こんな体験記がお役に立てればうれしいです。
僕の悩んできた無駄な時間にもちょっとは意味が出てくるだろうから。

極度の緊張症、手の震え、書痙克服における人生最大の恩人

さて、何よりも最大のヒットは、外科医ブラックジャックさんがよくなったプログラムの先生(岩波先生です)のことを知ったことだ。
そこに参加してホームランをかっ飛ばせたわけだけど、無意識から問題を解決しないと心の悩みを解決できないことがよくわかった。

心理療法で無意識からの解決をしようとしたけれど、自分の無意識がどんなものなのか全然実感としてわからなかったし、その世界まで入れなかったことは書いたと思います。

だけど岩波先生の心理脳内プログラム(僕はあがり症克服プログラム)は、びっくりするくらい無意識の世界に入ることができた。
それは先生の神業に近いトランス誘導技術、脳覚醒技術のおかげだった。
とにかくびっくりした。

こんなことがあるのかと思った(すごすぎて驚かない人はいないよ、マジで)。
あれほどの体験はそれまで心理療法をやっても全くなかったし、深さの質も次元も違っていた。

無意識から極度の緊張を発する元凶を破壊するのに最善の方法だと思った。
医学知識をたくさん持つお医者さんもたくさん通うわけだ(手の震えで悩むお医者さんは多いそうですよ)

手が震えることなんてどうでもいいや

それにあがり症克服プログラムを受けていく中で、普段からの考え方も生き方も間違っていた、もしくは歪んでいたことも気づいた。
モチベーションの重要性も、覚悟の必要性もわかり、甘さの排除を自覚し、僕がどうしても悩んでしまう性質を変えてやろうと思った。

結論から言えば、心に余裕を持てば、手の震えなんか起きなくなる。
起きないようにして頑張ると起きてしまうだけなのだから、発想を転換しなくてはいけない。

割り切りが必要になる。強さも身につけなくてはいけない。
強いといっても、どんなことにも不安にならない強さではなく、自分の弱さや、強さ不足をしっかりと直視できる強さ

手が震えるんならしょうがない、どうでもいい。
ある種の達観と強さが必要だ。
それが手の震えを根本から治す方法だと思っている。

僕は岩波先生のプログラムを受ける過程で「どうでもいい」という感覚を身につけることができた。
どうでもいいと思おうとか、頑張るとかじゃなくて、「どうでもいい」気持ちになってしまったのだ。
次第に手の震えが止まってきた

意識しないときも増えてきて、今はもう完治したと言っていいです。

でもそれはいくら「どうでもいい」心境が大事だと僕が言って、知識でわかっても意味がなくて、やっぱり先生のプログラムを受けないとわからないことです。
僕は自力では一生あがり症や震えの苦しみを断ち切ることは、100%できなかったです。

今でも社会の片隅を逃げ回っていたと思います。
自尊感情をボロボロにしながら

根本から治さないと抜け出せることはないことを痛感

とにかく僕の無意識からの改革がなされ、他の緊張症状にもいい具合に波及した。
緊張して当たり前、手が震えるのもそんな無意識の状態では当たり前。

緊張しやすいのは自分の人生の中に悩みの元凶があり、それを意識的にも無意識的にも育んでしまったから。
緊張するのが僕の人生だし、同じ症状の人生だった。

だからまずそれを受け入れよう。その上でトラウマとか原因を意識的に認知し、無意識から強く自分に訴えかけていこう。
強烈なプラス暗示を自分に常に言い聞かせよう。

そうしないと、よっぽど自分で強い覚悟で割り切ることができない限り、症状を治すには難しいと思う。
時間もロスしてしまう。

自分で治すということは、「手が震えるなよ!」と強く言い聞かせて、ねじ込もうとするだけに終わるだろうから。
古来から、緊張するなと強く言い聞かせて緊張しなくなった御仁などおらぬ! 
よけいガチガチに緊張してしまったのがほとんどだ。

その間に、楽しい思いが少ないまま生きると、うつ病になるだろう。
うつ病までいかなくとも、憂鬱のまま一生過ごすことになるかもしれない。

そんな人生なんていやだ、死んだほうがマシだと思っていたし、死ぬ(苦しいのは一瞬だけ)よりも苦しい思いをしながら生き続ける可能性が僕にはあったわけです。

夢をあきらめないでください、自分を制限して生きないでください、人生はやり直せません

でも、ちゃんとした無意識からの克服プロセスを経たら、手が震えなくなる日は必ず来ますよ! 
どうか僕の体験記をお役立てください。
一刻も早く暗闇から脱してください!
長引くほど、自由な解放された時間は少なくなっていきますから。

→画期的な治療法と無意識の悩みの病巣除去であがり症(手の震え)が治った話【次ページ】

 

手の震えを克服した人達(岩波先生のあがり症克服プログラム、自己正常化プログラムの体験記)

手の震え解決外科医神経症闘症記 ←←僕が岩波先生の存在を知ることができた外科医ブラックジャック先生のブログ

僕の恩人の外科のお医者さんの手の震え、書痙、自律神経失調症の克服体験記

手の震え解決体験記脳外科医 手の震えとうつ病の体験の手記 身の毛もよだつ最悪の日々からの生還 ←←同じく手の震えで実際にうつ病になってしまった脳外科医あしかわ先生のブログ

同じく脳外科のお医者さんのブログで、手の震えやうつ病の苦しみやそこからの回復記録

あがり症って何だ?
僕のあがり症経験
あがり症になった原因
あがり症の苦しさと

 

あがり症の苦しみ

あがり症は、失敗する事への恐怖心とうまくやりたい、恥をかきたくないということで、極度の緊張を起こし、あがってしまうということだと僕は定義してる。
それが常態化すりゃ、有無をいわさずあがってしまうことになり、そんな場面への予期不安に苦しむ。
で、毎日が不安で楽しくない。特に会議やスピーチの順番があるとわかっている時は・・・・。

だから憂鬱だ。下手するとストレスと恐怖がすごすぎて、鬱病になってしまう。
恥や不安、緊張、恐怖、頭真っ白、どれもこれも僕の頭の中を四六時中駆けめぐってた。
先のことを考えるだけでも重いため息(はぁ~)、それをどうやって避けようか対策を練ってもうまく行かなかったり。
憂鬱とふさぎの虫に取り憑かれてた。
そんなあがり症の自分がムカついてたまらなかった。

まあ、誰だってあがったり、緊張したりするもんだ。
あがらない人間は皆無。どこか神経がおかしいと思ってよい。
だけど、人から「あれ??」「なんかおかしいぞ」と思われたり、ひそひそささやきあわれたり、笑われたり、ものすごい大恥をかいてしまう(と本人が思う)ようになったら、立派な神経症としてのあがり症だ
(僕がそんな場面は何度も経験した。「その次」はものすごい不安だし恐怖だよね)

普通にできないあがっちゃう自分・・・・

あがる人から見たら、なんでみんなうまくあがらずやれているのか不思議なほどだった。
普通にやれている人が羨ましい、その反面、自分が情けない・・・・

何で自分はあがってしまうのか、自分の心や神経回路、いんや、トラウマを作ったあいつらを恨みたくなる。
思い出したくない大恥をかいた経験が僕にはある。それを揶揄されたり、笑われたり。それがトラウマだ。

失敗経験があると、次が怖くて、ガチガチに緊張してしまって、極度にあがり、ついには失敗する。
予期不安で次の場面が来るのが恐ろしくて、もう不安でたまらなくなり、人生のほとんどがあがり症やその場面に集約されちゃう・・・・

あがるためだけに神経か過敏になって、その対策ばかりに知恵を全力投入している人生じゃ! 書いていてもムカムカ来る・・・・
それだけのパワーをもっと建設的なことに投入できていたら、博士か大臣になんて簡単になっちまう(そんな単純にいかんけどさ)
でも緊張して、あがって……そんな自分が腹立たしい。
なぜできないんだ???? こんなに緊張している奴なんて他にいないぞ、ボケが・・・・
そんな自問自答しても、あがってしまう僕は変えられない絶望感がすごかった。
尽きることのない責め苦を負う心境だった。

よく僕は耐えられたと思う。
今克服できていなきゃ、耐え切れずにうつ病に完全になってしまって、生きる屍になっていたんだと思う・・・

話し方教室に通ったし、必死でスピーチや会話術の本を穴が空くほど読む。
僕にとて死活問題だから、どうしても解決したかった。
でも、あがる自分は、そんなもので対策がとれるほど甘くない。

そんで、自分をますます呪う(きっかけをつくった奴らも)。
他人とのギャップに苦しみ、どうしてもあがり症が発症してしまう自分に自信が持てなくなる。
行動も夢も出世も制限されて、お先真っ暗状態だった・・・
あがり症を隠して生きていければいいが、どうしても無理なことが多い。

絶対に笑われている、眉をひそめられている、こんな僕は存在するに値しない人間と申し訳がなかったし、悔しくてよく泣いていた・・・

あがり症対策に費やした無駄な時間と死にたい心境

普段人と話すときは平気な人でも、会議や人前で話す場面があると、ノミの心臓以下になってしまう。
何も対人緊張を起こす人だけが、あがり症になるわけじゃなく、奥が深い。

一番怖いのは、あたふたどぎまぎしどろもどろになっている自分をみんなに笑われたり、好奇の目で見られり、心配されることのショック!
心配はありがたいことなんだけど、あがり症だって恥だと思っていたし、誰にも相談できないから、体調が悪いせいだと、僕はその場を取り繕ろっていた。
でも次が来たら、そんないいわけはもう通用しない。
次は失敗できないプレッシャーとストレスに襲いかかられる。
つらい、つらすぎる人生だ!
何のために生まれてきたのやら・・・・

他にやりたいことがたくさんあったはずなのに、やれているのは空虚なあがり症対策だけで、それも対策になっておらず、為す術がなかった。
できるだけあがる状況を避けていたけれど、そうもいかないときもある。
『その日』が迫ってくると、いんや、その日があるとわかった時点で、僕はもう生きた心地がしなかった・・・・
落ちつかない、不安になる、孤独で誰にも相談もできないでアタフタするだけ。
だけど、時間はどんどん迫ってくる。

対策する時間はあったはずなのに、どうにもできなかった無力感といったらないな・・・・
僕はどんだけ無駄な時間を送っているんだろう。
なんにも起きずにダラダラ時間が過ぎていく平凡な人が羨ましかった。
僕は、生きるか死ぬかの心境で苦しんでいるのに、なんにも解決できなかったのだから・・・・
泣きたくなる、泣き叫びたい! すべてを打ち壊したい、自分も社会もすべて!!
誰か、俺を事故死させてくれ! 名誉と同情される死を賜りたい・・・・

僕があがり症や震えで自殺していたら、家族は笑いものになるだろうし、僕自身も死してなお笑いものにされる。
それも嫌だった。死んだとしても僕の心労は尽きないのだ・・・

普通の人になりたい。でも絶対なれないあがり人間

僕は、うまくやろうという下心が強いというより(その通りなんだけどさ)、失敗して笑われたり、その場を凍り付かせたり、恥をかくことが何よりも嫌だった。
他のあがり症とは無縁の人が、一生に一度あるかないかの戦闘状態を毎回やっているのがあがり症だとも言える。
(僕のあがり症、どもり克服を成し遂げてくれた岩波先生は、硫黄島かヴェトナム戦争に行く気持ちと表現していた。言い得て妙だと思う)

敵弾飛び交う最前線を何とかグロッキーになりながらも切り抜けたとしても、次の激戦地に行かなくてはいけない。
そりゃぁ、あがり症ってぼろぼろに疲れるわな・・・・
こんなことがしょっちゅうある。避けていてもいずれは来てしまう・・・・

あがり症がひどくなっていった原因とトラウマ

そもそも、僕はどもり(吃音)をクラスメートや悪友にからかわれたことで、授業で人前で何かを読むことに恐怖を覚えるようになった。
それが高じてあがり症になってしまった。
また大きな大失敗をやらかした。

小学生の時なんか、何にも考えずできていたのにさ。
変な病的なことを考えたら人間はお終いだ。
俺は変な事を考えさせるように、あいつらに仕組まれたわけだけど。
あいつらさえいなかったら、手の震えもあがり症もなかっただろう。

トラウマを克服するのにかなり苦労したよ・・・・だけどあいつらを抹殺しても、僕の無意識に叩きこまれた心の傷は消えはしない・・・・

もう一つ、僕の心が追いつめられていたことを書きたい。
授業中、あがり症ゆえ、恥をかいたり大失敗するのが怖くて、当てられるのが嫌だった。
ストレスのあまり胃潰瘍になったこともあった。

いろいろ知恵を使ったり休んだりして、授業中に当てられるのを避けていたんだけど、心配があった。
それは、誰かに「カイはまだあてられてねーよ」と指摘されることだった。
そうなったら僕は最後、さらし者にされるに違いない。
生きていけないと思った。
そんな予期不安をずっと抱えて授業に望んでいた。これをずっとやり続けていたんだから、神経がボロボロになっちゃうよね・・・・
これじゃ、授業の内容なんて頭にはいりっこない。
苦痛でたまらなかった。
みんなが敵に思えてしまう。人に気が許せなくなる。

仲良くなったところで、僕の大きな弱点を笑ったりバカにして、どうせ離れていくに決まっている。
そんなショックを受けるくらいなら、最初から誰にも心を開かないぞ!・・・・でも、それも孤独でたまらなかった。
死ぬしか無い、という答えしかなかった。解決するためにはそれだけだった、当時の僕には・・・・

ある時、「カイはまだあてられてねーよ」という声が、クラスのどこからか聞こえたとき、ものすごい衝撃を受けた。
僕が悩んでいたから、幻聴としてその声が聞こえてきたのか、実際に聞こえたのかわからない。
そんなこといわないでくれ!という願望が強すぎて、必死で幻にしようと無意識でしたのだろうか。
人は病むとここまでなる。

そして、よくならないまま心が重圧で押しつぶされ続けると、病院に入院するか、薬漬けの悲惨な生活になるのだろう。
僕には精神病になって、廃人化していく人の精神的な崩壊の様子がよくわかる。
僕も先生に出会っていなかったら、今頃そうなっていたから。 怖いことだ・・・・

僕は幸い運が良くてそこまでいかなかったけれど、今考えても寒気がする。
本当によかった。
僕のあがり症克服と話し方の最大の恩人である岩波先生がいなかったらどうなっていただろうか。
人生の分かれ道はどこにあるかわからない。

もし今は明るさが差し込む出口が見えないでいる人も、未来を捨てないでください。
僕もそんな状態から、救われることができましたから!

とにかく、当時、僕は人間を抹殺したかった。
自分一人だけで生きたかった。他は邪魔だった。あとは動物と植物があればいい。
中学と高校時代は人生で一番苦しく心が病んでいた時期だった。
社会に刃を向ける暴発した犯罪者の気持ちもわかる・・・でも僕はしない。その刃は自分に向けていただろうから。

あがり症や震えで苦しめられていた時期、悪夢によく悩まされた。
ハッとして目覚めたことはしょっちゅうだった。
そんなときは汗をびっしょりかいていた。
恥ずかしいくらいの寝汗で、どこか体が壊れたかと思うぐらいだった。

手の震えも足の震えもおさまらなかったときもあった。
僕もとうとうここまで来てしまったかととことん落ち込んだ。
派生的にあがり症(緊張)から症状がいろいろ広がっていった(各項目・一番下のサイトメニューを参照してね)

夜見る夢といえば、僕があがり症や手の震えの悩みと無縁の爽快な人生を送っていた夢を見たことがある。
すがすがしかった。僕もとうとうここまできたか!という感じ。
やっと念願のあがり症が治った! これからは存分に力を発揮して、遅れを取り戻せるぞ! これでやっと生きられる!
すごい喜びでいっぱいだった。

だけど、目が覚めると、暗い現実が待っていた・・・・
天国から地獄に一気に落とされたようなショックだった。
僕は夢のなかでも完全にあがり症が治っていた。その喜びがすごかった!
しかし、何も変わっていない!
暗い現実にひどく憂鬱になってしまった。
ずっとその日は、厳しい現実に心が打ちのめされた。
逃避のあまり、そんな夢を見たのだろう。
しかし、そんな夢見ない方が良かった。
期待させておいて、あれはないよな~・・・・・・
肩すかしどころじゃない。天空に舞い上げておいて、アスファルトにその高さからキン肉ドライバーをかけて叩き落とすようなものだったから。

まぁ、のちのち正夢になったんだけど、それは先の話しのことだ(^_^)v
それ以来夢も怖くなった。
ベッドに入るのもストレスになってしまった時が一時期続いた。

こんなに疲れる、神経を使う中高学生は僕だけかと思うと情けなくなった。
みなさん、同じ境遇を経験した人はいませんか? 

自分の話し方上達、あがり症や手の震えを克服した体験、経験がそのまま話し方教室になると思う。
話し方といっても、会話がうまくなるよりも、自分自身のベース構築のほうが重要なんだけれど。
何か僕の経験から、前向きに頑張れるようになったら嬉しい!!


項目別に体験記をまとめてます。
該当していない項目でも読めば、参考になると思う。
なぜなら、左のメニューはすべて同じ心の持ちようでよくなることができるのだから。
まずはどんだけ自分が認知の歪みで症状を悪化さえ、損をしているか思い知ろう! 

あとは絶対オススメの会話の格闘術あがり症克服プログラムについて
無意識から発生する緊張のメカニズムから断ち切ってくれるプログラムです。
僕のあがり症、震えの症状、話し下手に圧倒的効果をあげた
セミナーです。
その体験談も書いています。


ともかく、同じ悩みの人の心が軽くなれるとうれしい。
できるよ、がんばろう!! 
僕は頑張って克服したから
無理だと諦めていた時もあったし、あまりに暗すぎる未来を呪ったこともあった。
それでも、結果がついてきた。

一人で孤独に道に迷わなければ、緊張症もあがり症も完全克服できますよ