ここは高輪の超高級マンションの最上階。
薬師寺涼子の住まいだ。
だだっ広いリビングに設置された黒い皮製のソファーには白い毛皮が敷かれていた。
そのソファーに実用的とは思えないクラッチバッグをポンと放り投げ、彼女は言った。
「泉田センパイ、どうぞテキトーに座ってくださいな。アタシ、ちょっとシャワー浴びて来るので。」
「えっ!?ちょっ!」
オレを無視して背中のファスナーを下ろしながら奥へと薬師寺涼子は消えて行った。
「テキトーに座ってって言われても……。」
オレはどうすればいいのか分からず、とりあえず近くにあったソファーに腰掛けみた。
正面の窓からは都会の夜景が広がっていた。
オレはなんとなくその夜景に惹かれ、フラリと立ち上がり窓に近寄った。
高級レストランなんぞ行ったことはないが、よくドラマなんかで男女が高層ビルの屋上にある高級レストランでデートするシーンを起想させる風景が広がっていた。
「こんな景色……ホントにあるモンなんだな……。
」
現実離れした夜景は日々起こるこの都会の事件など忘れさせた。
どのくらい時間が経ったのか、『あら、ヤダ』と言う薬師寺涼子の声でオレは現実に引き戻された。
ふと窓に映し出された彼女の姿にオレはドキリとした。
「センパイ、なに突っ立ってるの?アタシ、テキトーに座っててって言ったと思うけど?」
そう言う薬師寺涼子の髪は濡れたままで、バスローブを羽織っているだけだった。
「あ……イヤ……。そ、そのぉ……。夜景がキレイだったから……」
オレは振り返らずに言った。
振り返れば風呂上がりの妖艶な美女がバスローブだけを羽織りそこに立っている。
オレだって男だ。
【狼】に変貌することがあってはいけないと思ったからだ。
「ウソみたいでしょ?」
薬師寺涼子はオレの隣に立った。
その声はいつになく落ち着いた真面目なトーンだった。
「こんな夜景の中のどこかで今日も血なまぐさい事件が起きてるのよ……。誰かの命が奪われ、その命の奪った人間は何喰わぬ顔で逃走する……。」
どこか悲し気に彼女が言った。