こんにちは

無事退院をし、今は実家で世話になっています。
つい10日ほど前まではお腹にいた我が子が今横で寝息を立ててスヤスヤ眠っていること、奇跡以外の何物でもないこの幸せを心から噛み締めています
少し記憶も遠のき始めているので、そろそろ出産の記録を書いておきたいと思います
ありのまま、覚えている限りのことを、書いていきたいと思うので、生々しい表現など含むと思います。
また、超長文になります。
予めご了承ください
出産は、私にとっては、とにかく、一言で言うと、想像を遥かに遥かに遥かに超える、凄まじい痛みとの戦いでした


次があったら、100%無痛分娩を選ぶ、そう断言できます笑
私自身、痛みには強い方ですが、結論、陣痛に痛みに強い弱いは関係ないですね笑
陣痛、恐るべしです


39w1d、最後のウォーキングなることを願い、トータル16000歩を歩きました
最後のご褒美スイーツは途中立ち寄った、シナボンのシナモンロール


超高カロリーで、産後の授乳期には食べない方が良さそうなので、食べておいて良かったです^ ^
そして翌日の診察。
子宮口は、前回の1センチから、2〜3センチまで開いていました
主治医の先生も満足そうで、
それでは明日入院だね‼️
ということになりました。
翌日、39w3dで入院。この日は子宮口がそこそこ開いているため前処置は特になし。
促進剤の点滴用のルートをとったり、NSTで赤ちゃんの様子を確認したり。
助産師さんに、
院内を歩いたり、スクワットしたりしたら?
と勧められて、消灯前の1時間ぐらい、暗い病院の中、かなり怪しい徘徊をしてました笑
スロープを往復したり、夜の病院探検をしたり、階段の昇り降りをしたり。
病室に戻る頃には汗だくでした笑
そして夜中の1時頃。
腹痛で目が覚めました。
明らかにこれまでの前駆陣痛とは異なり、痛みは結構強め。
陣痛アプリで計測を開始してみました。
痛みの長さはほぼ1分と規則的なのですが、間隔が7分〜20分とかなりバラツキあり、本陣痛ではなさそうだけど、今までの1日に1、2回あった生理痛のような痛みとは明らかに違う痛みでした。
その後本陣痛に繋がるかと思いつつ陣痛アプリを測っていたのですが、あまり間隔は変わらず、そのまま朝を迎えました。
出勤前の主人が6時半ごろ来てくれました。
午前中はどうしても外せない仕事があり、いったん職場へ行くので陣痛室へはとりあえず私一人で行くことに。
私が通う産院は基本的にLDRはなくて、2つの分娩室と、その隣のスペースに5台のベッドが置いてあり、個々のベッドはカーテンのみの仕切りとなっている陣痛室があります。
なので、基本的に同時に分娩進行中の人がいると、声など丸聞こえなんです
ま、最初は恥ずかしいなとか、迷惑にならないようにしなきゃとか思っていましたが、そんなのは最後どうでとよくなることをその時は知る由もなかった私でした笑
7時前には陣痛室に荷物を持って移動。
荷物は、
病院支給の産褥セット
カメラ、ビデオカメラ
飲み物
軽食のパン
ウィダーインゼリー
テニスボール
という感じ。
結論から言うと、上の3つ以外は使いませんでした。
飲み物はすごく喉が乾くので500mlを4本は必要だと思います。
もちろんペットボトル用のストロー付じゃないと、余裕がなくて飲んでられません
陣痛室では、分娩のメイン担当の助産師さんと初めてお会いしました。
この方がうちの息子を最後取り上げてくださいました。
若いけど明るくチャキチャキして、頼りになる助産師さんでした
7時20分に若い男の先生がいらして、バルーンを入れる処置をしました。
この処置は特に何も痛みもありませんでした。恐らく既に子宮口が3センチほど開いていたからだと思います。
以前ラミナリアを入れた時はかなり痛みがあった記憶がありますが。
そして、その男の先生の指示により、1時間後の8時20分から陣痛促進剤を投与することが決まりました。
それまでは余裕で、朝食が運ばれて来たのを食べる余裕もありました。
が、この朝食、後から後悔することになります
8時20分、助産師さんがやってきていよいよ陣痛促進剤が開始されました。
それまでも弱い陣痛があったので、その延長かな〜と軽く見ていたのですが。。。
とんでもありませんでした
投与開始された5秒後ぐらいからいきなり強い痛みがやってきました
こんなに早く効果あるの
と少々びっくりしながらも、何しろ初めてのことなので耐えるしかない、まだまだこれからだと思ってました。
ただ、痛みは重い生理痛のマックスぐらいの痛みでなんとか予測はできたのですが、問題は間隔。
いきなり1分半おきくらいのその痛みがやってきたのです
投与開始直後だったので、助産師さんもまだまだ効いてこない(普通はそんなにすぐ効いてこないらしいです)と思ったのか、一旦ナースステーションに行ってしまいました。
必死に痛みに耐えていると、バタバタと助産師さんが走ってきて
大丈夫ですか?かなり痛いですよね、お腹張ってますよね?
と聞かれました。
張りのモニターはナースステーションでも見ることができたそうで、慌てて飛んで来た様子。
いきなり1分半の陣痛は投与開始時点では過強陣痛とみなされ、最悪子宮破裂を起こしたりするため、危険だったそうです。
しばらくモニターも一緒に見ながら様子を見ていると、段々と感覚が伸びていって、2分半から3分間隔ぐらいになって落ち着きました。
助産師さんはその様子を確認してから、医師に確認しに行き、本当は20分おきに促進剤の量を10ずつあげていくところ、少し様子を見ながらにすることになったとのことでした。
それにしても、促進剤をドンドンあげていくというのは、患者からしたら結構恐怖です
もちろん、自然陣痛と同じような状態にするためにはしっかり陣痛を起こさせないと赤ちゃんにとっても良くないそうで、促進剤の量を上げることは大事だそうですが、ドンドン強くなる陣痛が前もって分かるというのはかなり怖かったです。
ところで、最初はベッドに腰掛けて足は地面についている体勢が1番痛みを我慢できたのですが、陣痛が強くなっていくにつれ、座る体勢は耐え難いものに
私の場合、後ろに寄りかかる体勢より、前傾姿勢がまだ楽だったので、
ベッドのリクライニングを90度近くまで立ててもらい、後ろに枕を入れ、あぐらをかき、大きな柔らかいクッションを抱き抱える形で次の波は耐えました。
すごく暑くて、なんとなく気持ち悪さも出てきたので、首の後ろに氷枕を入れてもらって気持ちよかったのを覚えています。
ベッドに座る体勢も、あぐらの体勢も、重心が下にいき、特にあぐらは骨盤が開くのでお産中にとる体勢としてはいいと褒められました
この頃から、時計を見る余裕がなくなってきき、曖昧な記憶になっていきます
午前中の診察の合間に、主治医が駆けつけてきてくれました
陣痛と陣痛の合間であれば、
かなり痛いです
とまだなんとか普通に会話ができた頃です。
計画分娩のいいところは、主治医が必ずお産に立ち会ってくれるところ。
とはいえ、ずっと側にいて指示を出したり立ち会ってくれるのは最後の最後。
この時点では少しするとまた診察へと戻っていきました。
産科の先生は本当忙しいですね
その後仕事を終わらせてお昼頃には駆けつけてくれる主人に
ヤバイ、痛すぎる
という程度のラインをするのが限界。
これ以降スマホを触ることはありませんでした。
そして、主人が戻ってきてくれた頃なので、お昼頃だったと思います。
担当の助産師さんがお昼休憩で席を外し、代わりの助産師さんがやってきました。
あぐらの体勢も取れなくなり、横向きで寝ることに。それでもものすごい痛みでベッドの柵のパイプを握りしめて耐えます
代わりの助産師さんも、主人も腰のあたりなどさすってくれますが、どこもあまり効果なし、むしろさする場所はほとんど痛みをより強く感じ、逆効果
痛みと関係ない背中などをさすってくれるのが1番良かったような気がします。
必死に痛みに耐える中、お腹に巻いてるNSTのバンドがズレるようで、そうすると赤ちゃんの心拍が取りにくくなるため、助産師さんは必死に私のお腹のバンドを赤ちゃんの心拍を取るために押さえてくれてました。
それでも後から聞くと、心拍が取れてない時間帯が結構あったので、何事もなくてよかったなと思います
ちょうどこの頃から、吐き気が襲ってきます。
朝食を食べたことを後悔。
痛みと吐き気のダブルパンチで、本当に辛く苦しい時間が始まりました
メインの助産師さんが戻ってきて、朝の若い男の医師もやってきました。
バルーンの様子をみるということで、見てもらうと既にバルーンは外れていて、バルーン以上に子宮口が開いているとのことでした
助産師さんがその場で内診をし、(ほんと、おもむろに手を突っ込むんですね笑)
子宮口が5〜6センチまで開いていることが分かりました
促進剤を入れているとはいえ、かなりいいペースらしく、早く産めるかもと言われます。
でも、その分痛みが強くなるスピードが速いわけで、私の体力はドンドン消耗していきます。
また主治医が様子を見にきてくれました。
終わりが見えないと体力の使い方も分からないので、恐る恐る、
出産の目標は何時ごろになりますか
と質問。
先生は
教科書的には16時ごろ、でも進みが速そうなので15時ぐらいもいけるかも
とのこと。
やっと15時という具体的な時間が出ていて目安になりました。
とはいえその頃はまだ12時ごろ、まだ三時間もあるし、耐えられる気がしない、と思った記憶があります。
午前中の時点で既に経験をしたことのない痛みだったので、子宮口5センチから6センチになってからは本当に記憶が曖昧です。
意識は朦朧とし、痛みさえなければ寝たいようなよく分からない次元に入っていきます
その頃も横向きが1番痛みに耐えやすかったのですが、内診のたびに仰向けにならなければなりません。
また、助産師さんは、陣痛が来ている時の子宮口の様子チェックしたいそうで、陣痛と陣痛の間ではなく、陣痛時に仰向けの状態にならなければならないのが本当に辛かったです。
ただ、変な話、助産師さんに手を突っ込まれている状態で笑、いきむように言われる時が実は1番痛みを逃すことができたのが不思議でした
そうこうしてるうちに子宮口はあっという間に8センチくらいになりました。
それまではとにかくずっと陣痛が来ると
ふぅ〜〜〜


と長く息を吐くことだけに集中し、痛みを逃していましたが、その頃になると、痛すぎて、
痛い!痛い!
と叫ばずにはいられませんでした。
この頃から、息を吐くだけと、いきむ時を決めてどちらかを自分でやるように言われました。
体験談なんかを読むと、いきむのは最後の最後だと思っていたので、もういきむのかと不思議におもいましたが、私の場合赤ちゃんがまだ子宮口の開き具合に比してまだ降りて来てなかったからだったようです。
実際、朦朧とする意識の中、いきんでる最中にも、胃の下のあたりで赤ちゃんの足がバタバタするのを感じていました。
赤ちゃんも頑張ってくれている!
と励みになると同時に、
もう早く降りて行ってよ〜お願い!
と思ってました。
いきむのも、息を吐くのも、どっちもめちゃくちゃ辛くて、でも、体力が温存される息を吐く方をどうしてと選択してしまいます。
すると、赤ちゃんは降りて来てくれなくて、時間だけが過ぎていくんですね。
そんな私を見かねた助産師さんは、
辛いけど、今が大事だから、立ってスクワットしましょう


と言います。
えええ〜

何それ、今この状態でスクワットしろと


あり得ない提案に
無理です
もう無理です
麻酔入れてください。。。


と私。
もちろん、私の産院では、麻酔するのは事前に計画で無痛を選んだ人のみ。
途中から麻酔追加、というようなイレギュラー対応はしてません。
それでも助産師さんは
今ここで頑張れば赤ちゃん降りて来るよ〜
と必死に私を説得笑
嫌々ながらも、その時既に
このまま産まない選択肢があったらその選択肢を取りたい
どうしたれこの状況から逃れられるのか
そんな馬鹿なことを考え始める自分もいて、でも冷静に考えると、
頑張ってるお腹の子をちゃんと産んであげなきゃ、
お腹の子も今苦しいんだ、
と思い直し、なんとか助産師さんの提案に応じました。
テーブルの上に大きなクッションを置いてもらい、そこに肘をつきながら必死にスクワットを繰り返します。
一旦立ってしまうと今度はベッドに戻る体勢に戻れなくなり、クッションにもたれたまま、陣痛に耐え始めます。
本当は息を吐きたいけど、本能的にダメだとやっと気づいたのでしょうか、誰にも言われてないけど、いきんでる自分がいました。
このいきんでいる時に、肛門周辺全体を手で押してもらうと、少し痛みを逃すことができ、助産師さんがいないときは、主人にいきみに合わせてグッと押してもらってました。
もう周りのことなんて何も考えられません。
とりあえず叫びながらいきみ続けました
スクワットの後、立ちながらいきむのが効果あったようで、その後の内診で子宮口10センチの全開大に!
赤ちゃんの可愛い髪の毛の頭が見えるよ〜
と助産師が言ってくれましたが、こちらはそれどころでなく。
でも、子宮口全開になってからは割とどの方の体験談でも、すぐに分娩台に上がって、あっという間に出産!
というのが多いような気がしていて、あと少しで分娩台に乗れるのかも!
と期待を抱きました。
がそれもすぐに打ち砕かれるのでした。。。
子宮口全開大になったのが13時ごろ。
それと同時にバルーンを入れてくださった先生と、主治医の先生がやってきて次から次へと内診をしていきます。
もはや完全にまな板の上の鯉
先生方と助産師さんが医療用語で、なんか会話をしてますが、どうやらまだイマイチ的なことを話しているようなんです。
子宮口全開大の割にまだ赤ちゃんが降りきっていない様子。
そして助産師さんが手を突っ込みながら私の骨盤の骨を必死に押している感覚がわかります
恐らく産道で頭が引っかかっているところがあるらしく、
ここがな〜
と言ってます。
仰向けでいきまされてもなかなかそこから進まず、時間ばかりが過ぎていきます。
その時でした、パシャっと一気にぬるい水が産褥パットに流れ出ました。
破水です。
はっきり破水したと分かったので、
破水しました!
と自己申告。
助産師さんがパットの中をチェックして、
破水ですね〜
と、パットを交換してもらいました。
とほぼ同時に上からリバース。
午前中からずっと気持ち悪かったのがやっと破水とともにスッキリしました。
朝食食べなければ良かった
破水してからはなるべく早く産まないといけない、というなんとなくの知識があり、本格的に産まなければ!と改めて自覚。
でも自分でも八方塞がりな感覚。
下から産める気がしないです
もう無理です
と助産師さんに弱音ばかり吐いてました。
そんな中、主治医の先生の提案で、横向きでいきむことに。
またベッドの柵のパイプを握りしめながらいきみます。横向きだと陣痛が強くなるとか云々若い先生に説明してます。
もはやここまでくると、早く分娩台に上がりたい、いきめというならいきみますよ、的な境地に入ってきて、痛いのをあきらめて、一心不乱にいきみ始めました。
すると、赤ちゃんの頭が段々と股に挟まってくる感じが強くなってきました。
降りてきてくれてる!
という一方で、これが鼻からスイカか、というのを初めて実感。
もう少し感覚的に例えるなら、2週間分くらいの便秘の硬い硬い固まりが挟まってる感じでしょうか。
よくう◯ちが出ちゃう!といってしまったという体験談ありますが、まさにそんな感覚。
そりゃ肛門の手前から肛門を押しつぶしながら、直径10センチほどものが出てくるわけで、感覚としては便なんですよね。
私も思わずう◯ち出ちゃいそう!
と言ってしまいました。
助産師さんには
う◯ち出てない出てない、大丈夫よ〜
と軽く返されましたが笑
その後もいきむことを繰り返し、赤ちゃんの頭がかなり挟まってる感覚を自覚した頃、再度2人の先生と助産師さんによる内診。
結果、皆、満足そうな顔で、
そろそろいけるかな〜
との主治医の一言で、分娩台への移動が決まりました。
その状況で歩くのは本当ありえない感じでしたが、実質1分を切っている陣痛間隔の隙を狙って必死に隣の分娩室まで歩きました。
もちろん、赤ちゃんの頭がお股に挟まっている状態なので、なんかすごい変な歩き方
分娩台に乗って、色々と準備をされます。
その間も痛みは規則的にきます。
研修医の先生やサポートの助産師さんなども増えて、分娩台周りには7、8人のスタッフがいました。
分娩台に乗ってからの景色は今でも鮮明に覚えてます。
担当の助産師さんが目の前で両手を構えて、
さあ来い
みたいにものすごく頼もしい表情でいてくださり、
その隣に主治医の先生。後ろには主人。
この時ようやく私産めるかも!と再確認。
で、分娩台に乗ってからのイメージって、助産師さんの掛け声に合わせていきむタイミングとか教えてもらえるんだと思ってたのですが、これまた自主的に任されました笑
私の場合、とにかく陣痛が来たら、一回深く息を吐き、そして大きく息を吸って思いっきりいきむ、
するとそこでやっと助産師さんの掛け声で更にすぐ息吸って!といわれ、すぐに再度立て続けにいきむ、
という繰り返しでした。
このいきむ動作で最後の方辛かったのは、痛いことよりも、息が吸えない、ということでした。
なぜ息が吸えないのか未だに分からないのですが、吸ってといわれても苦し過ぎて、呼吸困難みたいになって、吸えないんです。
息が吸えない
と叫ぶと、意外にも主治医の先生が吸わなくていいよ〜と笑
要はしっかりいきめるのであれば息を吸わなくていいということなのでしょうけど、
私的にはこれまでずっと息が吸えなくて苦しくて辛かったのに、早く言ってよ〜!
という感じでした。
いきむこと5ターンほど。
まだまだ産まれません。
可愛い髪の毛が見えてるよ〜!
とは声をかけてくれますが、いつになったら出てきてくれるのか、また気が遠くなります。
主治医の先生が、
赤ちゃんを斜め上に飛ばすようにいきんでごらん!
というのでなんとなくそのつもりでやってみると、
少し進歩があるような感覚。
そういえば、マミーサロンの講座で、いきむ時は骨盤のJカーブをしっかり作ることが大事だと習ったのですが、そういうことか!とやっと理解。
それでもまだ出てこない
そんな中、会陰切開をすることになった様子。
私の産院では、極力会陰切開は避ける方針というのは聞いていましたが、
さすがに赤ちゃんの頭が少し大きめで、会陰の伸びがイマイチだったらしく、一箇所5ミリ切開されました。
しかし全く痛くも痒くもなかったです。
すでに膣の中がズタボロになっている感覚があったのでもはやどうでもよく。
そして会陰切開してから3回ほどいきんだところで、赤ちゃんのお顔が出てきてくれた様子、主治医の先生が
あと少し!赤ちゃんもう今にも泣きそうな顔してるよ!
と教えてくれて、もう一度いきむ
そこで助産師さんが引っ張り出してくれて、
赤ちゃんの泣き声とともに
おめでとうございまーす



と周りのスタッフの人たちの声。
主治医の先生の予告通り、四時すぎの出産となりました。
その瞬間のことは一生忘れません。
後から後から涙があふれてきて、
赤ちゃんに頑張って出てきてくれてありがとう!
スタッフの皆さんに支えてくれてありがとう!
という気持ちで涙が止まりませんでした。
1人じゃ絶対産めなかった。
主人も側にいてくれるだけでも心強かった。
何よりスタッフの皆さんのチームワークと温かいサポートのおかげで出産をすることができました。
後から聞いた話ですが、分娩台に乗ってから出産まで、赤ちゃんの心拍数がかなり下がり、ギリギリラインで耐えてくれてたそうです。
強い陣痛と張りが来ても心拍が下がることがほとんどなかった強い赤ちゃん、最後はそれでも苦しかったんだな、頑張ってくれたんだな、もう無理、産める気がしないとか言ってごめんね!
と心の中で伝えました。
また、分娩所要時間は7時間40分、安産だったそうです。
私にとっては全く安産とは思えませんでしたが、2日以上に渡ってお産をされる方など本当に大変なんだなと思いました。
世のお母さんたち、本当にすごい!
横でサポートの助産師さんが赤ちゃんの酸素濃度を測ったり、体をきれいにしてくれたりするのを見ながら、ほっとしつつ、
自分の方は胎盤を出されてました。
助産師さんに
ちょっと気持ち悪いよ〜
と言われながら少しお腹を押されて胎盤がドロっとした感覚と共に出てきました。
そのあとは色々な傷の縫合
局所麻酔をしながらチクチク縫われてたみたいですが、笑っちゃうのが、
塗ってくれている若い男の先生に、
お痛みはありますか?
と聞かれ、
心の中で
(ん?この先生はなんの痛みのことを言ってるんだ?陣痛はもう終わったし?傷のこと?うーん今はよくわからないなあ。)
と思いながら、
痛いとどうなるんですか?
と変な回答をしてしまった私。
すると先生は
麻酔を追加しますけど?
と。
(なるほど、縫合時の痛みってことね、っていうか、もはやどうでもいいんですけど!陣痛の時に麻酔追加して欲しかったんですけど!陣痛に耐えた人舐めるなよ笑)
と心の中で笑ってしまいました笑
でもちょっとチクチクしたので麻酔追加してもらいましたけどね。
そうこうしてるうちに、胸の上に赤ちゃんがやってきました
パパ似の大きい手と足が特徴の赤ちゃんでした
生まれたてほやほやの赤ちゃん。ちょっと独特な匂い(羊水の匂いかな?)がまた愛おしく感じました。
さっきまで私の胃の下で足をばたつかせていた赤ちゃんが今私の胸の中にいる。
なんて奇跡なんだろう。
陣痛は二度と経験したくない痛みだったけど、お産って素晴らしいものだな、生命の誕生って本当奇跡だな、と感じました。
これも後から助産師さんから聞きましたが、陣痛中、私はこれでも割と静かな方だったそうです笑
妊娠できたこと自体が私の中でまず1つの奇跡
そして不育症を乗り越え無事に妊娠期間をすごせたことがもう1つの奇跡

最後に母子無事で、元気な赤ちゃんを出産できたことが最後の奇跡


不妊治療を開始してからちょうど6年。
やっとやっと、夢にまで見た光景が現実のものとなりました。
一生叶えられない夢だと思っていたけど、今私の横でスヤスヤと寝息を立てて寝ている息子が叶えてくれました



今後は私たち夫婦が息子に恩を返していかなきゃな、って思います。
たくさんの経験をさせてあげたいし、
どれだけ望まれて生まれてきたのか教えてあげたいし、
命の尊さをしっかり教えてあげたい。
出産は十人十色、色々なお産があって、それぞれに奇跡があって。
私にとってはこれまでの人生の中で最もと言っていいほどの壮絶で、印象的な、そして幸せな体験でした。
それを自分の記録としても残して起きたかったので、こうして全て事細かく書いてみました。(気分を害した方がいらしたらごめんなさい!)
息子、生まれてきてくれてありがとう。
母さん、これからあなたを守るために全力を注ぎます。
