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kahn96のつるっぱおやじブログ

kahn96が気が向いたときに、いろいろ(サッカー・料理・お酒・BBQなど)
一貫性のない内容を更新するかもしれないブログです。

W杯も終わってしまった…泣く


応援していたドイツ代表ドイツ代表ユニホーム2010も準決勝で敗れ

3位決定戦はテレビ中継もなくダイジェストで

観るしかなくなんとなく不完全燃焼ダウン


しかし3位決定戦はなかなかいい試合で

若返りしたドイツ代表ドイツ代表ユニホーム2010の今後の活躍に

期待したいがんばろー!


また2002年のW杯ではカーンとレーマンの次の

第3キーパーですっかりベテランのブットが

3位決定戦に出場してナイスセーブで活躍している

姿がうれしかったしっぽフリフリ


2002年のW杯直前のドイツ代表宮崎キャンプを

見に行きドイツ代表と同じホテルに宿泊した際に

エレベーターに乗ったら先にブットが乗っていて

あたふたしたのを思い出すあせる


先週金曜日は久々の会社の飲み会ビール

自分がいる部署の歓迎会だクラッカー

その日はいろいろ午後から用事があったので
午後から会社を休んでいたので早めに街に行った音譜


せっかくなのでペタしていただいた
Jamming cafe さんに行ってみようと探したが
見つけきれず断念…汗

また今度チャレンジしようがんばろー!

Jamming cafe さんを諦めて1人0次会でいつもの
『やきとり一番』 GO

とにかく串がうまい!!

熊本だけではないと思うが鶏の串だけじゃなく
豚バラや牛タンやさくら(馬肉)の串もあり
ここの豚バラと牛タンは半端なく分厚くて
食べ応えがある

そして普通味噌で煮込んだホルモン(馬)も
ここのは醤油ベースで1人でおかわりして
食べるほどうまっ!!

1人満足して1次会でも盛り上がり
2次会に行くメンバーの輪からすぅ~っと離れ

下通りを歩いていると別の部署の女子社員

3人とばったりラブラブ

4人で以前のブログ でも紹介した
『H(アッシュ)』

シャンパンに生ハムを注文して乾杯!!

これまたうまっ!!

うまいもの食べて飲んでがやっぱ一番だ合格

この後1人で帰っていたら以前小学校でサッカーを
指導していたときに教え子にばったりaya

もう大学生になっていてバイト帰りで
声をかけてくれたのだ

そして次の日には教え子のお父さんから
「あまり家庭を放り出してビール過ぎるとイカン

ですばい!!」と携帯にメールあせる

教えていて大変なことも多いがこうやって

覚えていてくれてつながりがいつまでも

続いていくことにうれしさを感じたアップ

そして教え子が増えるとともにこうやって

目撃されることも増えるかと思うと

やっぱ悪いことはできないなぁと感じた叫び

まぁ気が小さくて悪いことは出来ないから

心配する必要もないが…ドクロ

土曜日は金曜に飲んで食った分のリセットで
いつもの武蔵ヶ丘から北バイパス交差点で
折り返して光の森ゆめタウン先の突き当たりで
再び折り返す10キロはないぐらいの距離の
ロードをジョギング走る人

ちょうど光の森のゆめタウンを過ぎた突き当りで
折り返すときにいつもの紅茶屋さんの隣に
新しいお店がOPENしていた目

店頭のポスター?をチラッと見ると「熊本風味の
プリン
」と書いてある

その時は気にはなりながらも走っている
途中でお金も持っていないので通り過ぎたが
次の日にさっそく行ってみたGO

ちょうど小1長女が土曜からお友達の家に
お泊りに行っていて日曜日に帰ってくるので
お友達のお宅へのお礼と自宅用に購入

贈答用と家庭用があり贈答用はかわいいビンに

入っていて6個から贈答用のお洒落な箱に

入れてくれるようだプレゼント

「ロイヤルミルク」「イグサ」「マンデリン」「天の紅茶」

4種類

材料(牛乳・卵など)も厳選された熊本のものに

こだわられてるようで「イグサ」は熊本の八代が名産で

畳に使われるい草を独自の製法で練りこんであるらしい

自宅には「ロイヤルミルク」「イグサ」「天の紅茶」
を買って帰ったがどれもううまっ!!


「イグサ」もどんな味だろうとどきどきしながら食べたが

きれいなお店の方が言われたように抹茶のような

なんともいえない風味で大人も子供も好きそうな味だグッド!


またまた人に教えたい・応援したいお店 発見!!

光の森の『Studio Cogwheel』さんへぜひ!!

詳しく&オンラインショップはコチラ↓
http://www.studio-cogwheel.com/index.html

今までなぜ気が付かなかったんだろうと
よくよく考えたら次女が産まれた日と同じ
6/25にお店もOPENクラッカーしていてしばらく
ばたばたしてロードを走れてなかったからだ
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偶然にも同じ日に誕生したこちらのお店を
偶然にも発見したこととは何か意味があるのかなと

考えてしまう今日この頃であるひらめき電球


6/28は入院している『仁香(きみか)』のMRI検査病院

出産時の影響で脳にダメージがないか検査したが

ほぼ問題ないということだったあせる

ちょっとMRI画像で気になるところがあるものの
恐らく成長とともにMRI画像から消えるだろう程度の
ものらしい

ただ成長の経過を見たいと先生から言われ3歳ぐらい
までは定期的に通院することになったがひとまず
ほっとしているほっ

そして7/2には退院したので子育てモードに
切り替える

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新生児センターに入院中には直接会うことも

触れることもできなかったお姉ちゃんもとても

喜んでいる音譜

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お姉ちゃんモードに切り替えていろいろお手伝いも

頑張っている

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サッカーだけではなくいろんなスポーツでもそうだが
なにかミスがあったり納得できないジャッジで
心の乱れが出てプレーに影響する

指導していても試合中に何度か「切り替えろ~」
と声をかけるが小学生や中学生で心の乱れを
コントロールして立て直すのはなかなか難しい…

しゅんとなってしまったり頭に血が上り冷静さを

なくしたりして失点したのを取り返して勝つために

どうするかなどを考えることなどできない

今回のワールドカップでも気持ちの切り替えが
出来ずに選手が退場したり強豪チームが早々に

敗退したりしまう場面が多く見られた目

そういった意味では自分が指導している年代で
「切り替え」を要求するのも酷なのかもしれない
とも思う…

ブラジルは選手・監督ともに追いついて逆転するために

必要な冷静さを失ったなと感じながら観ていた

そして多くの国が世代交代でも苦しんでいる中
ドイツはある意味うまく「切り替え」をして世代交代にも

成功してるグッド!

アルゼンチンとは厳しい試合になるだろうと予想して

いたがアルゼンチンのお株を奪うパス回しですばらしい

勝利だったクラッカー

アルゼンチンのディフェンダーがドイツの今までにない

パスサッカーに翻弄されて疲れきった表情をして

いたのでもうまく世代交代できたかがよく伝わってきた

核となるバラックが怪我で今大会出場していないにも

かかわらずすばらしい合格

もしかしたらバラックがいないからこの
パスサッカーが出来たのかもしれないが…汗

以前WOWOWでブンデスリーガを放送してたときに
たしか17歳ぐらいでバイエルンミュンヘンの
新星としてあらわれたシュバインシュタイガーが
まだ若いがすっかり成熟したプレーでチームを
引っ張っている

ずいぶん前に国立にバイエルンミュンヘンVS
ジュビロ磐田の試合を観に行った時は試合には
出なかったが試合前の練習中にずっとグラウンドの
外周をひたすら走っている姿が思い出されるひらめき電球


日本代表もすばらしかった合格

川島もすばらしかった合格

記者会見もすばらしかった合格

川島のPKは1本目2本目と完璧な読みだったが
相手の蹴ったコースが良すぎて触れなかったのと
駒野が外したことの焦りからか3本目からは
やや動き出しが早くなり相手に逆をつかれた

でもよくやったと思うグッド!

日本代表は十分に応援して満足だアップ

こちらも気持ちを切り替えて昔から好きな

ドイツ代表を応援しよう!!

ドイツと言えば『ゲルマン魂』


この『ゲルマン魂』も好きな言葉だ

今まで劇的な逆転で勝利して優勝してきた歴史の

中での独特な表現かもしれない

不屈の闘志で逆境を跳ね返すイメージだが
そのためには気持ちを切り替え逆転するための

冷静な判断を生み出すださなければならない


それができる精神力の強さもあってこその

『ゲルマン魂』だと思う


2002年にサインをもらっていて今大会も出場している
選手は先日の試合でもゴールしたクローゼだけと
なっているだけにクローゼに頑張ってもらいたいがんばろー!

同じくサインをもらったバラックとバラックの隣に
いたビアホフが試合中映し出され一人興奮していたお~

本当に若返ってベテランが少ないだけに冷静さを

失わないかという心配が残るが今大会はぜひとも

優勝してもらいたいものだ


ドイツ代表頑張れ~ドイツ代表ユニホーム2010


それにしてもドイツといえばAdidasで

2002年にはドイツ代表のほとんどの選手が

Adidasのスパイクを履いていたと思うが

今大会は…


宮崎でのドイツ代表キャンプの模様はこちら

        ↓↓(昔作ったHP)
http://www.geocities.jp/kahn_kuro/


自分も仕事に子育てにサッカー指導に

その他もろもろ切り替えながら頑張ろうがんばろー!

祝 日本代表決勝トーナメント進出!!

25日の試合も川島の目が三角になっていて
石原軍団のような顔つきでナイスセーブグッド!

あの目つきや面構えがなんとも頼もしい

PKの読みもすばらしくナイスセーブグッド!

その後のこぼれ玉を押し込まれて失点した
場面で地面をこぶしでたたいて悔しがる姿は
同じキーパーとして熱いものが込み上げてくる

ゴールキーパー(GK)というものは自分の
ミスではなくても失点に対してあれだけの
悔しさを持たなければ上達しないのだと
改めて感じた

今教えている子供達やサンフレッチェユースで
頑張っている中村公治もこれからたくさんの悔しさを
経験してそれをばねに練習して大きく成長して
川島のような目つきの頼もしいGKになってほしい

火曜日に中学生の指導をしに行ったときに
教え子と日本vsオランダの川島の失点した
プレーや相手との1対1での絶対的不利な状況で
ナイスセーブした2つのプレーについて話をした

こういう大きな大会はみんなが観ていて
何度もスローの映像が流れていい教材になる合格

失点直後は判断ミスしたなぁと自分も思ったが
シュートの瞬間にコースを読む判断や動き出しの
速さがスロー映像でよくわかった目

川島すげぇ~クラッカー

自分だったらあのシュートスピードに判断も
動き出しもなにも出来ず結果的に正面で
止めれてたかもしれないが川島の判断や
動き出しが恐ろしく速かっただけに
ボールの変化で失点してしまったのだ

それもボールが逆方向に変化してたら
完璧なセーブだったはずだ

キーパーとして一番求められる判断や
動き出しの速さが完璧だった

それだけにやっぱり悔やまれるが…

イングランドGKのグリーンがミスで失点した
シーンなども教え子達にはいい教材だ

1つ目の壁(手)でキャッチできなかったり
ファンブルしても2つ目の壁(体)で防ぐために
ボールの正面に素早く入り手と体で
2つの壁を作るのが基本だがグリーンはボールに
対し斜めにキャッチしにいってファンブル…

こうやって教え子と練習の合間に一緒に話をするのも
一緒にトレーニングするのも楽しいものだ音譜

2週連続で中学生と一緒にハードなトレーニングを
したが思った以上に膝の痛みが気にならなくなってきたアップ

膝の裏のガングリオン(良性腫瘍)による腫れも
圧迫感も徐々に大きくなって次の通院のときに
先生に相談しようと思っていたがハードな
トレーニングをした後に消えていたアップ

怪我でトレーニングをしていなかったことから
さらに膝裏に水が溜まったり自然と右膝をかばった
動きになり股関節や腰まで負担をかけていたダウン

また立ったり座ったりする度に痛むので
指導のときも日常生活でも精神的に
すっきりしない日々が続いていたダウン

ひとつの怪我から他のところにまでダメージが
広がるのは心の傷と同じだなぁなどど考える…

以前腰の椎間板ヘルニアで手術したのも
前と同じにはいかないがうまくそれと付き合い
弱い部分を補強しながらここまでサッカーを
続けてきた

膝の半月板損傷も同じようにうまく付き合って
いこうチョキ

と今回のブログはここまでの予定だっが
もう一つ『』を追加

25日の午後はずっと会議で眠気に襲われていた
ときに妻から『お腹痛いから病院に行くけど
まだわからん』と電話…

7/6出産予定だったのでまだ大丈夫だろうと
思って15時までの会議のあと妻に電話したら
『救急車で運ばれてもうさっき産まれた』と 叫び


15時からの会議は欠席して妻が入院している

菊陽レディースクリニックへ行った


その時産まれた赤ちゃんはすでに別の病院

(福田病院)に運ばれていた…


へそのおが首に二重に巻いていてへそのおも

結すばった状態で無呼吸でやや低酸素の状態で

産まれてきたようだがしばらくしたら泣きはしめた

ようでそれを聞いて少しほっとした


とにかく産まれてきてめでたい祝クラッカー


赤ちゃんがいる病院に行くと親しか部屋に入れず

一緒に行った娘も妹の姿をモニターでしか見れず

残念そうだ…


部屋に入るにも時計・指輪など全てはずして指先から
腕まで
丁寧に洗ってさらに消毒してからじゃないと

入れない…


デジカメは持ち込みOKだが携帯はNG

静止画撮影はOKだが動画撮影はNG


救急車を呼んだのと最初の処置が早かったため

状態はよさそうで先生も数値的には今のところ

問題ないでしょうとのことだったが念のため

明日(28日)はMRIで脳にダメージがないか

検査をしてしばらく様子を見て退院となりそうだ


菊陽と新町の病院の1時間弱の距離を運転して

毎日行き来してすっかり体は疲れ肩こりもひどいが

娘も小さい体で頑張っているので自分も

頑張らなければがんばろー!


昨日やっと名前を決めたクラッカー


候補をいろいろと考えている途中だったが

予定より早く産まれたので焦ったあせる


そして25日の日本の勝利で第一候補に

上がってきたのが『

本田圭佑サッカーボールから一字もらおうかとえへへ…


字画もよさそうだがどうも書いた感じが男の子の

名前っぽい


あれやこれやと考えて最終的に『仁香(きみか)』

名づけた


自分達の名前から一字づつとり思いやり・いつくしみ・
情けを持った美しい心が香りたつよう育ってほしいと
いう願いを込めてラブラブ


【仁】思いやり。いつくしみ。なさけ。
特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、

思いやりの心をもって共生(きょうせい)を実現しようと

する実践倫理。
【香】1 よいにおい。香気。2 顔などのにおいたつような
美しさ。

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これはワンカップ汗

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小学校の創立百周年記念のときのものだから
30年以上前のもので実家の食器棚に飾ってあったあせる

いよいよ2010南アフリカWカップサッカーボールが始まったFIFAワールドカップトロフィー

盛り上がりに欠けていたが日本の初戦の勝利で
やっと盛り上がってきたようだアップ

知人から記念切手のおすそ分けがあったが
その知人が後日郵便局にまた買いに行ったら
売り切れてたようで盛り上がりを実感ひらめき電球
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初戦はあまり期待せずにだらっとソファーに座って
観ていたがいつの間にか「お~」とか「あぶね~」
とか言いながら身を乗り出していたメラメラ

やっぱサイドからの攻撃だなぁとか中盤で激しく
相手ボールをカットできてサイド奥に正確なパスを
供給できてる稲本だよ~とか川島で正解!!とかも
思いながら巧

いつ頃からWカップを観ているのかはっきりした
記憶はないが西ドイツ代表が好きでその中でも
ハラルト・シューマッハー というゴールキーパーが
好きで応援していたので1982スペイン大会とか
1986メキシコ大会ぐらいで小学校高学年から

中学校の頃だろう

オリバー・カーン と同じくキーパーとしてとても

勇気ある選手だったがカーン以上に気性は荒い

選手だった


そして二人とも決勝で負けた姿が印象に残っている


その前のフランツ・ベッケンバウアー が活躍した
世代の
ゼップ・マイヤー というキーパーもプレーは
ビデオでしか観たことはないが2002日韓Wカップの
時に実際に会っているがサインをもらい忘れたダウン

Wカップ直前の宮崎でのドイツ代表キャンプを
2回見に行って2回目は選手と同じホテルに宿泊し
この2回でカーンやヤンカーや今も活躍している
クローゼ(今日(6/18)退場になった)などほとんどの

選手のサインをもらったが大きなドイツ代表選手の

中でもそれほど大きく見えないニコニコしたおじさんが

まさかゼップ・マイヤーとは…叫び

宮崎でのドイツ代表キャンプの模様はこちら

        ↓↓(昔作ったHP)
http://www.geocities.jp/kahn_kuro/


1994アメリカ大会は…予選の方が「ドーハの悲劇」
として記憶に強く残っている

確か泣いた泣く

1998フランス大会も予選で岡野が決勝ゴールを
入れたシーンやそれまでに相手キーパーが
腕を痛めて度々試合を中断したシーンが頭に
残っている

前回のドイツ大会は単身赴任中だったので

マンションの部屋でひとりユニホームを着て

日本代表を応援していたサッカー ユニ ユニフォーム 日本代表 侍


日本代表を応援ながらもユニホームを脱いでからは

ドイツ代表も応援していたドイツ代表ユニホーム2010

このときの単身赴任中は横浜スタジアムでの
キリンカップやWカップ直前の埼玉スタジアムでの
日本代表壮行試合も会社の後輩と観に行っていた

のを思い出す

そして今回はユニホームはイマイチなので
購入してはいないが携帯は応援モードにしてみた

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ゴールキーパーの『1』をと思ったが今回は

サポーターナンバーの『12』だグッド!


先日同世代の三浦カズが今回の初戦後に
インタビューを受けていた

現役最年長のカズが年下の代表選手のことを

呼び捨てにせずにどの選手にも「○○選手」と

ちゃんと敬意をはらっていたのが人間として

すばらしいと感じた合格


体育会系だと先輩後輩の上下関係は絶対的な
ものがあり自分もその上下関係が嫌で後輩には

高圧的な態度で接しないよう心がけているが

まだまだ見習わなければならない


自分が教えている子供達が将来Wカップに出場して
もらいたいという思いとともにカズのようにすばらしい

人間としても成長してほしい


正月の試合で右膝の半月板を損傷し膝裏には

良性の腫瘍(ガングリオン)がありその腫瘍による

圧迫で痛みもあるが毎週ヒアルロン酸注射をして

ジョギングもできる走る人


そして横の動きで踏ん張りが利かなかったのも

注射のおかげで少しずつできるようになってきたチョキ


カズのようにストイックではないし人間的にも

すばらしくもないが教え子の成長のために

一緒にトレーニングをして頑張る姿を見せて

いこうと思う


いよいよ明日は日本日本代表ユニホーム2010vsオランダオランダ代表ユニホーム2010


強豪国が敗れる番狂わせが今大会は多い


とても難しいとは思うが番狂わせを期待しようがんばろー!

久しぶりのブログ汗

GWのことを途中まで書いていたが中断…

ペタやブーシュカやグッピグも…

実はGW前に同級生から電話があり「ひできが
もう長くないらしいから集まろう」と…

ひできは幼稚園から中学までの同級生で
小学校の頃はYMCAで一緒にサッカーを
習っていた

高校からは少し疎遠になっていた時期もあるが
30歳を過ぎた頃に仲間で作ったチームで正月などの
年代別の大会などで一緒にプレーしていた

数年前の正月の試合前に彼から電話があり
ちょっと手術をして車の運転を禁止されてるから
試合に行くのに迎えに来てほしいとはてなマーク

たまたま彼の家の近くに住んでいたので
迎えに行きその行き帰りの車中ではじめて
脳腫瘍で倒れて発作を起こし手術したことや
倒れて病院に運ばれるまでの経緯などを聞いた

それからもサッカーの試合には来ていて今年の
正月の試合にも来ていたのですっかり完治したと
思っていたがそれまでにも2度の手術をしてたようで
奥さんには試合に行くことは黙って来ていたようだ

そしてちょうど1ヶ月前の4/28に病院に見舞いに
行ってきたのだ

本当は一時帰宅して自宅でみんなとBBQをして
中3と中1の娘にパパはこんなにたくさんの
仲間がいるんだよというのを奥さんは見せたかった
ようだが結局BBQを中止して病院に見舞いに行く
ことになった

病院で奥さんが「今まで人のために生きてきたような
人がはじめて今日は帰りきらん」って言うからと…

奥さんが言う通り手術してちょっと回復したら
メンバーが足りないからと試合に来たり
教師をしていたので教え子のことが気になるからと
予定より早く職場復帰するような男だ

そしてそんな男が選んだ奥さんも自分の身を削って
必死に看病しながらも変わってしまったひできを
見て言葉を失う見舞い客に何事もなかったように
明るく話しかけ冗談を言って気を遣われなければ
いけないはずの立場なのに逆に見舞い客を気遣う
ような立派な人だ

見舞いの帰りの車の中で高校のときに脳腫瘍で
亡くした親友のときのこととオーバーラップして
涙が出た


そして家が一番近い自分に何か出来ないかと
考えた


一番の親友を高校のときに亡くし父親を10年ほど前に
癌で亡くしてているので看病する人の大変さや家族の

辛さもわかっているつもりでいたが思いつかない。。。

次の日「きついのにみんなでおしかけてすまん。
家が近いから俺に出来ることがあれば何でも
言ってくれと」メールしたらひできから電話が
かかってきた

電話ではもうほとんど何を言っているのか
聞き取れないほどしか声が出ないが必死に声を
振り絞って感謝の言葉を言ってくれてるよう
だったがよく聞き取れない

「うんうん」とうなずくしかなく「俺への感謝

なんていいから一日でも長く家族といる
ことにその力を使えよ!!」と涙ぐみながら

心の中で叫んだ

それから願掛けの意味も込めてでGW中は毎日

走り続けた

そしてもしものときは自分がいつでも二人の
娘さんを病院に連れて行けるよう禁酒をする
ことに決めた

自分が離婚しなければ…
自分が再婚しなければ…
自分が転勤しなければ…

今の家に引っ越すこともなく彼の家の近所に
なることもなかったんだと思う

最初のほうに「たまたま」と書いたがなにか
自分の今までの人生はひできとひできの家族と
向き合っていくことのためにあったのかもと
思えるようにも感じた

そこから気を遣う奥さんといろいろな話しをして
なんとか頼ってもらえるようになり見舞いに来た人と

病室で撮った大量の写真のプリントやひできが力を

振り絞って二人の娘にあてて書いたメッセージの額装や

仕事帰りにプリントした写真を病室に持って行き

そのまま二人の娘さんを自宅まで送ったりと微力ながら

手伝うことができた


家族が好きな写真や手術直後の写真などを

プリントをする際に必然的にすべての写真を見たが
自分の知らないひできを目に焼き付けることが
できて

この家族にかかわることが出来てよかった


残されるひできの家族のために何が出来るだろうかって
いう気持ちで向き合いそのことで今まで知らなかった

ひできの一面もわかった


プリントした写真の中には仲間の前ではちょっとクールな

ひできが自宅で家族とおどけた表情をしている写真があり

ひできにとって本当の自分を出せる存在が家族であり

その場所…彼の居場所は自宅だったんだと…


ひできが家族のために一日でも長く生きようとする頑張りも

目に焼きつけることもできた


見舞いや手伝いをするうちにすでにに覚悟を決めている

奥さんから相談…

葬儀にはひできが幼少のときから今までかかわってきた
人が集まるしその中でもこれまでの教え子のみんなは
ひでき先生という姿しか知らないから小さい頃からの
写真を集めて思い出のパネルを作って見てもらいたいし
それを見ながら大同窓会のようにわいわいとひできとの
思い出を語ってほしいと。。。

覚悟を決め「パパはこんなお葬式がいいよね」という

奥さんの問いかけに「う~ん」とうなずくひできの姿が

そこにあった

そしてその日に向かってパパはこの写真が好きとか

この音楽が…と亡くなる前から準備が出来るって…
すごい絆がないとできないなぁと…しっかりと死に

向かい合って受け入れてるなぁと…心から感じた


もし自分が…と考えたときに自分の好きな曲を

家族はわかるだろうか…


奥さんの覚悟に賛同して中学までのは自分とあと二人で
パネルを作り高校からのは高校のときの同級生が作って
準備をしていた

そして仲間と相談しサッカー日本代表を応援するために

サムライブルーリングを取り寄せた
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これをチームのみんなとひできの家族とひできが左手に
はめることにしてサムライブルーリングは日本代表を

応援するものではなく自分と同じ青色のAdidasの

ジャージが好きでサッカーを愛していたひできを

応援するためにものとなった

しかし5/20にそのリングはひできを追悼するためのものと
変わってしまった…

5/20(木)の22:00ごろ奥さんから9時半ごろ亡くなったと
電話で知らされた


覚悟はしていたが辛すぎる…


高校のときの親友もそうだがなぜみんなに愛された
やつがこんなに早く…という悔しさと悲しさで
仲間への連絡するときも涙が止まらない

しかしこの1ヵ月のことやひできの家族の頑張りを

考えたら涙は止まった


その後大量の写真などを奥さんが飾りまるで自分の家の
ようになった病室(リビング805と呼ばれていた)の
荷物を病院から自宅に運ぶために仲間が集まり
21日(金)の夜中1:00から静かにそしてすばやく運び出し
自宅へ運んだ


21日(金)は夕方から仮通夜でその前に手伝いがあるのと
自分が半月板損傷で毎週膝に注射をすることになったので

午後は会社を休んで帰宅してから病院に行く準備を

してたがなぜだか走りたくて仕方がない

青いAdidasのジャージに着替えてジョギングへ

そしてひできの家の近くを走っているときに奥さんから
携帯にメールがあった

普段走るときは携帯は置いて行くのだがなぜか持って
いかないとと思ったのだ

病院から運んだ大事な日本代表のユニホームが
見当たらないとのことでそのまま自宅に行くと
不思議とすぐに見つかった

ひできは横になって動かなくなっているが
ひできを見てると走りたいと言ってるように思えた

走りたいから自分を自宅まで呼び寄せたかのようにも
感じた

「ひでき、ずっと寝てたから走りたかろ?俺の身体を
使っていいけん一緒に走りに行くばい!!ひできを
おかりしまぁ~す」と言って風を感じひできを
感じながら青いAdidasのジャージで二人で走った

仮通夜前には二人の娘さんとひできのサッカー用具を
整理して棺に入れるものと斎場に飾るものと家に
残すものを分類した

そして棺にサッカー用具を納めさせてもらえた

22日(土)は夕方から通夜

午前中は娘が保育園のときからのパパ友の奥さんが
ひでき夫婦と大学時代からの友達ということが
わかり通夜と葬儀には参列できないからその前に
お線香をということで自宅まで案内しお昼からは
ひできの長女と斎場でパネルや思い出の品の飾りつけ
を行い通夜に参列した

通夜は今までのひできの教え子や娘さんの同級生など
1000人近くの人が参列されてお焼香をするのに会場の
外まで列が出来ておりひできの人柄と人望の厚さを
改めて感じた

23日(日)は朝から火葬に立ち合わせて頂き14時から
の葬儀では受付をさせていただいた

友人の弔辞…娘さんの挨拶と受付をしながらも
涙が溢れ出る

そして奥さんの挨拶…喪主として立派な挨拶で
やはり涙が溢れ出た


しかし普通は亡くなった後に悲しんで故人を偲ぶもので

うちの母も父の葬儀後しばらくは抜け殻のようなっていて

恐らくまわりはなんと声をかけていいのかって感じだったが

ちゃんと死と向き合いって死を受け入れて準備をしている

姿を見ている中で奥さんの「やれるだけのことはすべて

やってあげられた」という言葉に悲しみを超えてひできにも

家族にも「お疲れさん」と声をかけれるすばらしい葬儀だった


もっとなにかできたかもしれないという思いもあったが

奥さんの言葉で自分もこの家族に近いぐらいやれることは

やったあげられたのかなぁと思えるようになった


どう向かい合ってどう受け入れていくのか…

そしてどうやって悲しみを乗り越えていくか…

考えさせられた1ヶ月だった


自分は近所に住んでいたからこの家族にかかわれたが

遠くに住んでいる友達はそれがしたくてもできなかったし

彼の家族だけしか知らないような一面も知ることが

できなかった

自分は残された家族を微力ながら
サポートし続けて

友達にひできや彼の家族の死への向き合い方や

みんなが知らない一面を伝えていこうと思っている

そして彼は全てをわかっていたことも…

ひできの闘病も長くなると家族全員がストレス系の

病気と闘うようになっていた

ひできは最後のほうは脳腫瘍の影響で目がほとんど

見えない状態だったが耳は聞こえていてうなずいたりは

していた


でも徐々に意識がない時間や眠ってる時間が増えてきた

ときに奥さんは妻という立場で毎日病院に泊まりこんでいたが

病んできている子供たちのために母に戻らなければと決めて

夜はほとんど眠ってる彼を病院に任せ「今日から夜は母に

戻るからね」と言い残して夕方自宅に戻ったらしい


その日の夜にひできの容態は急変…


そして自宅から家族が到着するのを待ち続け

最後の最後まで意識がある状態で待ち続け
到着して家族がひできの手を握って2分後に亡くなった

そうだ


恐らくひできは全てをわかってて「中途半端にじゃなく

ちゃんと母に戻れ」という最後の彼からのメッセージを残して

自分自身頑張るのをやめて旅立ったんだろう…と

ひできの全てをわかっている奥さんが話してくれた


まわりに気を遣う奥さんだがひできがこれまで
人のために尽くしてきたのには残された家族が
我々仲間に頼りやすくする意味があったのだろう


病室にも斎場にも飾られていたひできのユニホーム
の背番号は彼が好きだった『12

この番号はサッカーでいうとサポーターナンバー

ひできの闘病とそれを支え続けた家族の頑張りを
見届けた多くの仲間がこの『12』という番号を
心に刻み今後ひできの家族をサポートしていこうと
思った


自分のためより人のために生きてきたような

彼そのものの最後の生き様を…背番号『12』の

生き様を伝えていこう


長くなったがこの1ヶ月ことをしっかり残して
おきたい

ひでき…また一緒に走ろうなっ