ちょっとタイトルは重たいですが、旅行記も兼ねて、極力明るめに書きたいと思います。
父が改めて検査の為、別の病院に移り、ほどなくして余命宣告なるものを受け、本格的に最後の日々を過ごす為、在宅看護の準備をし、私にそろそろ会いにおいで…と母から連絡が入りました。
当初、一人で会いに行く予定でしたが、娘がついて行くと言うので、少し気が楽になりました。
一人だと鬱々しそうだったので…
すぐ飛行機を取って行くつもりが、健康診断の予約をしていたので、それが済んだ後…と思い、どうせなら息子も…と思ったのですが、運悪く検定が3つも予定に入っていて、それは無理そうなので、とりあえず二人で行く事にして、飛行機を予約しました。
コロナ禍で移動制限されている為、飛行機の本数が限られていて、そのせいで値段も割高
そうも言っていられないですが…
1/30(土)朝5:30起床
朝早めの飛行機にしたので、寝坊しないかヒヤヒヤしました。
空港に着いただけで、一仕事終えた気分でお腹が空いて、朝から「東京カルビ」というお店で、牛タン定食をいただきました。
ガッツリながらもサッパリしていたので、スルスルと食べ終わり、タリーズでコーヒーをオーダーしてのんびり待ってると、私達の名前を呼ぶ声が…
時間を間違えていて、最後の搭乗者として名前を呼ばれていたのです
慌ててコーヒーを持って飛行機へ
長崎空港に到着、バスで実家近くのバス停へ!
すぐ家に向かおうとしましたが、母から電話で、お昼ご飯をバス停近くのレストランで済ませておいで…と言うので、そうする事にしました。
せっかくなので、佐世保名物「トルコライス」を久々に食べました。
お店によって、色々と違いはありますが、ここのトルコライスは、カレーピラフにトンカツ、ナポリタンでした
食べ終わる頃に、母の妹のS子姉ちゃんが迎えに来てくれました。
母は8人兄弟で2人は幼くして亡くなり、2番目のお兄さんも数年前に亡くなりましたが、長男と母を含めた4人姉妹は健在で、ワイワイしてます。
家に着くと、ちょうどお医者さんの訪問検診中で、私達が来ると知って集まっていた母の姉のA子おばちゃん、父の妹のY子おばちゃんも来てて、密でした
なので、診察が終わるまで、別室で待機しました。
診察が終わり、父と対面!
「パパ、会いに来たよー!」と言うと、呼吸器をつけて苦しそうに息をしながら、じーーーーっとこちらを見てました。
喋るのも苦しいかな?と思いましたが、急に、
「12/16~1/16で2万リットル血が出たっちゃん!」と報告してくれました。
うつらうつらして、時々お茶とかジュースとかを飲んで過ごす感じで、点滴での栄養も拒否したので、なんだか複雑な気分でした。
栄養を取らなかったら、すぐに死んじゃうんじゃないの?とモヤモヤ
でも、頭はハッキリしてるので、時々喋ったりして過ごしました。
昼は誰かしらが来てくれて父を見てくれて、訪問のお医者さんが診察、訪問介護の人が体を綺麗にしたりお世話をしてくれて、母はその間に休み、夜は飲み物をあげたり体勢を変えたりして過ごしてるようでした。
周りみんなが父と母を見守ってくれてて有難かったです。
夕食は撮りわすれましたが、馬肉、ステーキ、ホタテ貝柱のサラダでした。
私達だけ申し訳ない気持ちでしたが、ビールまでいただきました
1/31(日)7:00起床。
お土産に持ってきた晴れパンの朝食
昨日来たばかりなのに、ずっと家にいるのも退屈だろうから…
と、A子おばちゃんが昨日忘れていったスマホを届けるお使いを頼まれました。
A子おばちゃんは、佐世保玉屋という老舗デパートの近くのマンションに住んでいるので、玉屋で待ち合わせ。
そして、これまた知る人ぞ知る玉屋の「ラビアンローズ」のサンドイッチを購入
トルコライス同様、佐世保のソウルフードです。
ほんのり甘いマヨネーズが決め手
A子おばちゃんに会い、ホントはお昼ご飯を一緒に食べたかったけど、あまり長時間一緒にいるのは良くないから…と、早々に別れました。
息子に好物の角煮まんのお土産を買い、父に飲みたがっていたヤクルトを買って帰宅。
帰宅すると、お医者さんが来てたので、別室でサンドイッチをいただきました。
お医者さんが帰った後、父の所へ行くと、
「何時の飛行機や?」と言われたので、
「明日だよ、帰るの」と言うと、
「なんや、そうか…」と。
買ってきたヤクルトを吸い飲みに入れてあげると、ゴクゴクと一気飲みして、
ヤクルトって栄養あるよね?
これで、長らえるかな?と思ったり…
夜はお寿司をとってくれました。
まったく、何しに行ったんだか!と飽きれるほどおもてなしを受ける私達…
でも、ベッタリ側にいるより、普通にしてた方がいいのかな?と都合よく考えたり…
コロナ禍であまりネタがなく、いなり寿司多めの田舎寿司でしたが、美味しかった!
2/1(月)7:00起床。
息子は学校なので、電話して起こす。
お別れの朝を象徴するかのような雨の朝
朝からY子おばちゃんが来てくれました。
お茶が飲みたい!と父が言うので、吸い飲みに入れてあげると、口との位置が合わずに少しこぼしてしまい、
「なんや!」と怒られました
もう生きて会うのは最後かな?という憂鬱な予感を抱きつつ、もう帰る時間になり、
「じゃあね!」と言いながら、
…またね!と言えない自分に泣きそうになりました。
「おぉー!」と返事を返す父。
「じゃあね!じぃじ!」と娘が言うと、
顔をタオルケットで隠し、
「バイバ〜〜イ!」と手を振ってお茶目に返す父。
母が、
「昔はよく車で空港まで送っていったよねー!」と言うと、
「送って行こうか?」と起き上がろうとするフリをして、アハハと笑ってました。
これが生きてる時の最後の会話になりました。
余命いくばくもない時だから、最後の時まで一緒にいれば良かったのかもしれないけど、息子も心配だし、何より死ぬのを待つみたいで耐えられなかったのが本音です。
後ろ髪をひかれつつ、実家を後にしました。
コロナ禍で人が少なく、憂鬱な気分も相まって、この世の終わりみたいな風景に思えたこの景色…
これから数日のちに父は亡くなりました。
今日は父の日のお花、天国から見てくれたかなぁ?