お久しぶりです。

先月、なんの気無しに応募していたプレゼント。


応募してすっかり忘れていたら、




日程は9月9日(木)アップ


コロナワクチン注射2回目の翌日…


コロナワクチン1回目は翌日の筋肉痛に加えて、何日かの頭痛…

ナロンエースが効かず、ロキソニンで治りました。

2回目の方が副作用が強く出る場合がある!と聞いてたので、熱とか出ないかとドキドキ滝汗


結果…


驚くほどなんもなし‼︎‼︎


なので、行けて良かったです。

思いが通じたのかな?




演目は宙組公演「シャーロック・ホームズ」

真風涼帆さん、潤花さんがそれぞれ男役、娘役のトップスターで、見目麗しいこと…

他の出演者さん達もビシッと決まってて、見ていて引き込まれました。


ベルーナの貸切公演だったので、アドリブで、

「退屈だーーー!ベルーナのカタログで買い物でもしよう!ワトソン、君にも冬用にセーターを注文してあげよう!」なんていうのがあって、笑えました。


「Delicieux!」はスイーツをテーマにしたショーで、噂に聞いていた大階段、羽の衣装、フレンチカンカンなどなど、めくるめく世界に目を奪われました!


ピンクマカロンマカロンパフェスイーツショートケーキホットケーキクッキーピンクマカロンマカロンパフェスイーツロールケーキショートケーキ


途中一緒の振り付けで踊ったりして、本当に楽しかったです!



久々に舞台を見て、夜は早く帰らないといけないので、昼は娘と外食しました!

これまた久々の大戸屋割り箸


タッチパネルでの注文、キャッシュレス決済も導入されてて、コロナ下のご時世を感じました。


プルコギ定食美味しかったラブ



また機会があったら見に行きたい!と思いました!

ちょっとタイトルは重たいですが、旅行記も兼ねて、極力明るめに書きたいと思います。


父が改めて検査の為、別の病院に移り、ほどなくして余命宣告なるものを受け、本格的に最後の日々を過ごす為、在宅看護の準備をし、私にそろそろ会いにおいで…と母から連絡が入りました。


当初、一人で会いに行く予定でしたが、娘がついて行くと言うので、少し気が楽になりました。

一人だと鬱々しそうだったので…


すぐ飛行機を取って行くつもりが、健康診断の予約をしていたので、それが済んだ後…と思い、どうせなら息子も…と思ったのですが、運悪く検定が3つも予定に入っていて、それは無理そうなので、とりあえず二人で行く事にして、飛行機を予約しました。

コロナ禍で移動制限されている為、飛行機の本数が限られていて、そのせいで値段も割高ガーン


そうも言っていられないですが…


1/30(土)朝5:30起床晴れ

朝早めの飛行機にしたので、寝坊しないかヒヤヒヤしました。


空港に着いただけで、一仕事終えた気分でお腹が空いて、朝から「東京カルビ」というお店で、牛タン定食をいただきました。



ガッツリながらもサッパリしていたので、スルスルと食べ終わり、タリーズでコーヒーをオーダーしてのんびり待ってると、私達の名前を呼ぶ声が…


時間を間違えていて、最後の搭乗者として名前を呼ばれていたのですガーン


慌ててコーヒーを持って飛行機へ飛行機



長崎空港に到着、バスで実家近くのバス停へ!


すぐ家に向かおうとしましたが、母から電話で、お昼ご飯をバス停近くのレストランで済ませておいで…と言うので、そうする事にしました。


せっかくなので、佐世保名物「トルコライス」を久々に食べました。





お店によって、色々と違いはありますが、ここのトルコライスは、カレーピラフにトンカツ、ナポリタンでしたパスタ


食べ終わる頃に、母の妹のS子姉ちゃんが迎えに来てくれました。


母は8人兄弟で2人は幼くして亡くなり、2番目のお兄さんも数年前に亡くなりましたが、長男と母を含めた4人姉妹は健在で、ワイワイしてます。


家に着くと、ちょうどお医者さんの訪問検診中で、私達が来ると知って集まっていた母の姉のA子おばちゃん、父の妹のY子おばちゃんも来てて、密でしたてへぺろ


なので、診察が終わるまで、別室で待機しました。


診察が終わり、父と対面!

「パパ、会いに来たよー!」と言うと、呼吸器をつけて苦しそうに息をしながら、じーーーーっとこちらを見てました。


喋るのも苦しいかな?と思いましたが、急に、

「12/16~1/16で2万リットル血が出たっちゃん!」と報告してくれました。


うつらうつらして、時々お茶とかジュースとかを飲んで過ごす感じで、点滴での栄養も拒否したので、なんだか複雑な気分でした。

栄養を取らなかったら、すぐに死んじゃうんじゃないの?とモヤモヤえーん


でも、頭はハッキリしてるので、時々喋ったりして過ごしました。


昼は誰かしらが来てくれて父を見てくれて、訪問のお医者さんが診察、訪問介護の人が体を綺麗にしたりお世話をしてくれて、母はその間に休み、夜は飲み物をあげたり体勢を変えたりして過ごしてるようでした。

周りみんなが父と母を見守ってくれてて有難かったです。


夕食は撮りわすれましたが、馬肉、ステーキ、ホタテ貝柱のサラダでした。

私達だけ申し訳ない気持ちでしたが、ビールまでいただきました生ビール


1/31(日)7:00起床。


お土産に持ってきた晴れパンの朝食パン



昨日来たばかりなのに、ずっと家にいるのも退屈だろうから…

と、A子おばちゃんが昨日忘れていったスマホを届けるお使いを頼まれました。


A子おばちゃんは、佐世保玉屋という老舗デパートの近くのマンションに住んでいるので、玉屋で待ち合わせ。

そして、これまた知る人ぞ知る玉屋の「ラビアンローズ」のサンドイッチを購入食パン


トルコライス同様、佐世保のソウルフードです。



ほんのり甘いマヨネーズが決め手イエローハート


A子おばちゃんに会い、ホントはお昼ご飯を一緒に食べたかったけど、あまり長時間一緒にいるのは良くないから…と、早々に別れました。


息子に好物の角煮まんのお土産を買い、父に飲みたがっていたヤクルトを買って帰宅。


帰宅すると、お医者さんが来てたので、別室でサンドイッチをいただきました。


お医者さんが帰った後、父の所へ行くと、

「何時の飛行機や?」と言われたので、

「明日だよ、帰るの」と言うと、

「なんや、そうか…」と。


買ってきたヤクルトを吸い飲みに入れてあげると、ゴクゴクと一気飲みして、

ヤクルトって栄養あるよね?

これで、長らえるかな?と思ったり…


夜はお寿司をとってくれました。

まったく、何しに行ったんだか!と飽きれるほどおもてなしを受ける私達…


でも、ベッタリ側にいるより、普通にしてた方がいいのかな?と都合よく考えたり…



コロナ禍であまりネタがなく、いなり寿司多めの田舎寿司でしたが、美味しかった!


2/1(月)7:00起床。


息子は学校なので、電話して起こす。


お別れの朝を象徴するかのような雨の朝雨


朝からY子おばちゃんが来てくれました。

お茶が飲みたい!と父が言うので、吸い飲みに入れてあげると、口との位置が合わずに少しこぼしてしまい、

「なんや!」と怒られましたてへぺろ


もう生きて会うのは最後かな?という憂鬱な予感を抱きつつ、もう帰る時間になり、

「じゃあね!」と言いながら、

…またね!と言えない自分に泣きそうになりました。

「おぉー!」と返事を返す父。

「じゃあね!じぃじ!」と娘が言うと、

顔をタオルケットで隠し、

「バイバ〜〜イ!」と手を振ってお茶目に返す父。

母が、

「昔はよく車で空港まで送っていったよねー!」と言うと、

「送って行こうか?」と起き上がろうとするフリをして、アハハと笑ってました。


これが生きてる時の最後の会話になりました。


余命いくばくもない時だから、最後の時まで一緒にいれば良かったのかもしれないけど、息子も心配だし、何より死ぬのを待つみたいで耐えられなかったのが本音です。


後ろ髪をひかれつつ、実家を後にしました。





コロナ禍で人が少なく、憂鬱な気分も相まって、この世の終わりみたいな風景に思えたこの景色…


これから数日のちに父は亡くなりました。


今日は父の日のお花、天国から見てくれたかなぁ?


ご無沙汰しております。

なんと、今年初ブログ!!!!!


コロナ禍で、私達の生活様式も変わり、1年に何度も何度も通っていたライブにはここ1年行ってない状態です。

アフターコロナは夢のまた夢おすましペガサス


私の人生においても、大きな変化がありました…


今年の2月13日、最愛の父が亡くなりました。

享年82歳…


年齢的には早すぎる…という年齢ではないですが、まだずっと、生きて私の事を見守ってくれると思っていたので、しばらく…というか今もショックで落ち込み気味です。


一緒に住んではいなかったので、暮らし的には何ら変わりはありませんが、夜眠る時にふいにもういないんだ、会えないんだ…と思うと泣けてきます。


去年の12月4日、父の誕生日だったんですが、毎年リクエストを聞いてプレゼントをしてるのですが、今年は父の年齢と食欲を考えて、噛まなくても「飲めるハンバーグ」というのを見つけたので、それを送ろうと思ったのですが、父に言う前に母が、「パパはあまり最近は具合が良くないから、食べ物は食べられないかも…」と言われ、じゃあ何がいいか考えといて!と深く考えずに言いました。


なかなか返事がないので、また連絡すると、パパがちょっと息苦しいみたいで、病院に行くというので、そこで少し心配になりました。←薄情な娘だ…


病院に行くと、肺にかなりの量の血液が溜まっていて、よく我慢出来たもんだ…とお医者さんに言われたそうです。

即入院し、いきなり、今日が峠です。って、ドラマみたいな事言われたわ…と母は他人事みたいに電話してきて、私も、先生何言ってんの?そんな訳ないじゃないと母に言い、内心はザワザワして、よく眠れませんでした。


翌朝電話したら、峠は越えたって!と…


ホッとしつつ、当たり前じゃん!と少し安心しました。


それでも毎日肺に血液が溜まるので、原因を突き止める為に検査入院する事になりました。


ただ、コロナ禍なので、母は一切面会出来ず、ヤキモキする日々…


電話は出来るというので、一日置きぐらいに携帯に電話して、父と会話しました。

ちょっとガサガサする声と息苦しそうな感じから、長くは喋りませんでしたが、何回目かに、

「もう会えないかもしれないなぁ…」と言うので、だんだん事の重大さに恐れおののいて、絶望感に苛まれました。


そこで、ふと、そうだ!今更ながら誕生日プレゼント渡してない!と気付き、母に相談すると、何年か前にプレゼントしてもらった冬用のベストを気に入って、擦り切れるまで着てて、最近処分した…というのでそれを再度プレゼントする事にしました。


検査の結果ですが、癌でした。

しかももう手遅れの…


これ以上の治療は、もう痛みを抑えて、栄養の為の点滴をする以外には何も出来ない…と先生に言われ、このまま亡くなるまで病院にいると、会えないし後悔する…と思った母は、お家に連れて帰る事を先生に相談すると、賛成してくれて、介護ベッドやら呼吸器やらの準備を手伝ってくれて、家に帰る事になりました。

それが今年の1月の半ば…


何度も言いますが、コロナ禍なので、本当にもう父に会えないかも?と思って焦っていたら、母に寄り添って一緒に付き添ってくれてた叔母ちゃんが、「いくらコロナ禍とはいえ、亡くなってからじゃなくて、今少しでも会話が出来る時に会いに来るように言ったら?」と言ってくれたのがきっかけで、急遽実家に帰る事にしました。


病人がいるし、念の為こちらでPCR検査を受け(勿論陰性)、1月末に実家へ。


長くなりますが、ちょっと気分が落ち込んできたので、実家での事は後日書きたいと思います。