〈池田先生と共に 新時代を築く〉
太陽輝け 無事に包まれ 2019年10月21日
池田大作先生
我らは、妙法という究極の法則で結ばれている。
日蓮大聖人は、
「題目を唱え奉る音は 十方世界にとずかずと云う所なし」
(御書808ページ)と仰せである。
打ち続く豪雨災害で、筆舌に尽くせぬ苦労をされている方々に届けと、
題目を送る日々である。
19日には世界聖教会館を再び訪れ、先月の「言論会館」に続いて、
「言論城の間」で真剣に勤行・唱題を行った。
この仏間には、聖教新聞社の常住御本尊が安置されている。
「大悪をこれば大善きたる」「各各なにをかなげかせ給うべき」
(同1300ページ)
創立の師・牧口常三郎先生は、この御聖訓を拝し、
「どんな時、どんな場合でも、それをバネとして、大きく転換していくのだ。必ず転換できる」と激励された。
後継の創価家族は一段と励まし、支え合って、
一切を変毒為薬していきたい。
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「言論城の間」には、私が記した「聖教桜」の書も掛けられてある。
いかなる試練も越えて、「冬は必ず春となる」(同1253ページ)と、
誰人も勝利の桜を爛漫と咲かせてほしい。
聖教新聞には、この願いが込められている。
毎日毎朝、聖教を配達してくださる尊き無冠の友の皆さまに、
妻と感謝の祈りを捧げた。
寒さが厳しくなる時節、健康と絶対無事故、福徳無量を、
いやまして祈念せずにはいられない。
祈るらむ
君の頭上に
幸福の
太陽 輝け
無事に包まれ
これが私の変わらざる心である。
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聖教新聞に多くの寄稿をしてくださった、
フランスの美術史家ルネ・ユイグ氏は、
ナチスの魔手から人類の美の至宝を守り抜いた、
「精神の闘士」「文化の闘士」である。
現在、そのまなざしを偲ぶ「フランス絵画の精華」展が、
東京富士美術館で開催されている。
ユイグ氏が誇りとする原点は、
20代の若さで、ルーブル美術館の重責を担い、
二つの重要な展覧会を任されたことであった。
若くして、たじろぐほどの責務に挑むことで、
どんな困難も克服してみせるという、
積極果敢な人格になれたと言われるのだ。
「常に自分自身を超越し、自身以上を目指せ」とは、
青年への万感のエールである。
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思えば、阪神・淡路大震災、東日本大震災など、
未曽有の苦難を乗り越えゆく中で、
わが創価の青年たちは、
不撓不屈の「人間革命」のスクラムを、築き広げてくれた。
今も被災地で、清掃ボランティア「かたし隊」をはじめ、
若き友の奮闘が頼もしい限りである。
この秋、新しいリーダーが澎湃と躍り出ている。
聖教は、女性が輝き、多宝の父母が光り、
そして青年が躍動する新聞である。
聖教と共に、さあ、勇気の前進だ! 人材の拡大だ!
〈池田先生と共に 新時代を築く〉2019.10.21
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きょうの発心
~ 同志と共に常楽我浄の楽土を!~ 2019年10月21日
「呵責謗法滅罪抄」日蓮大聖人御書P1132
何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと
湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり
~通解~
いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。
強盛な祈りが、不可能を可能に転じると教えられています。
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「上野殿御返事」日蓮大聖人御書全集P1574
仏(ほとけ)になりやすき事は別(べつ)のやう候はず、
旱魃(かんばつ)にかわけるものに水をあたへ・
寒冰(かんぴょう)にこごへたるものに火をあたふるがごとし
~通解~
(人がものを教えるということは、重い車に油を塗って回りやすくし、
船を水に浮(う)かべて進みやすくすることである。)
仏にたやすく成(な)る道は、別なことではない。
旱魃(かんばつ)の時に喉(のど)が渇(かわ)いた者に水を与え、
寒さに凍(こご)えている者に火を与えるようなものである。
~池田先生のご指導~同志への指針
学会は究極の「善知識(ぜんちしき)」の世界だ。
“これほどまでに”と祈り、心を砕き、励ましてくれる父母たちがいる。
幾重(いくえ)にも良き先輩の触発(しょくはつ)がある。
ゆえに、青年が輝き光るのだ。
今、男子部の大学校生も、
女子部・学生部の地涌の人材群も、躍動(やくどう)している。
後輩を自分以上に!──この大誠実が、
自他共(じたとも)に「人間革命」しゆく推進力(すいしんりょく)だ。
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「転重軽受法門(てんじゅうきょうじゅほうもん)」
日蓮大聖人全集P1000編379)
先業(せんごう)の重(おも)き今生(こんじょう)につきずして
未来に地獄の苦をうくべきが今生にかかる重苦(じゅうく)に
値(あ)い候へば地獄の苦しみぱっときへて
~通解~
過去世の重い業が 今生では尽きずに、
来世に地獄の苦しみを受けるところを、
今生にこのような重い苦しみにあえば、
地獄の苦しみがぱっと消えて・・・。
~池田先生の指導~同志への指針
どんな苦悩にも断じて負けない。絶対に克服できる。
究極の正義に生き抜く生命が、不幸になどなるわけがない。
「転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)」は、
苦難を跳ね返す真髄(しんずい)の力を明かした希望の法理だ。
太陽が昇れば、闇(やみ)は消え去る。
強盛なる信心を貫(つら)く中で、
苦悩が「ぱっ」と消える時が必ずある。
一番、自らを悩ませる難問が、
一番、境涯を躍進させゆく転機となるのだ。
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「聖愚問答抄」日蓮大聖人御書全集P497
只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉(たてまつ)らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福(さいわい)や有るべき、真実なり甚深(じんじん)なり是を信受すべし
~通解~
ただ南無妙法蓮華経とだけでも唱えるならば、滅(めっ)しない罪(つみ)があろうか。訪(おとず)れてこない幸福があろうか。このことは真実であり、極(きわ)めて深い法門である。これを信受(しんじゅ)すべきである。
~池田先生の指導~同志への指針
全ては「祈り」から始まる。
真の祈りとは、漠然(ばくぜん)とした願望などではない。
「断じて成(な)し遂(と)げてみせる!」という、
深き強き「誓願(せいがん)の祈り」だ。
それが自分自身の崩(くず)れぬ境涯(きょうがい)を開くのだ。
題目の功力は、宿業(しゅくごう)を転換(てんかん)し、
福徳(ふくとく)を呼び起こす。
この真実にして甚深(じんしん)なる、
妙法を信受(しんじゅ)して進むのだ。
真剣に唱題し抜いた人は、
いかなる苦難があっても、最後は必ず勝つ。
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