御書と師弟 第4回 勝利の因果 2
青春を決した師弟の因果
さあ今日も"元初の太陽"を胸に
正義の反転攻勢へ
二十三歳の二月、
戸田先生の事業の危機を打開するために
奔走する中で、私は日記に記しました。
「業因、業果、善因、善果、この理法は、
誰よりも悉く自己自身が知悉しているものだ。
所詮、誰人を責めるものでもない。
誰人の責任でもない」──。
透徹した 仏法の因果律に照らすならば、
運命は 嘆き悲しむものではない。
決然と立ち向かうものである。
いな、断固として創り変えていくものである。
わが師・戸田先生は、師子王でありました。
ゆえに、その弟子である私も、
一切の悲哀や感傷を打ち破りました。
私の胸奥には、広宣流布の師匠のために
命を捧げて戦う随喜が燃えたぎっていた。
この「師弟不二」の烈々たる一念を因として、
正義の反転攻勢の渦を巻き起こしていったのです。
仏法も人生も、成長への最高の「因」となるのが
「師匠」の存在です。
師と出会い、師に応え、師と共に戦い、
師の勇気と智慧を 生命に刻んでいく中で、
自分の小さな境涯のカラを破ることができる。
それこそが、大いなる未来の自己を築きゆく
勝利の根源力となるのです。
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また現在から未来への幸福を 照らし出す道です。
「過去の因」に縛られ、
「現在の果」を嘆く人生は不幸です。
確かに、一面では「過去の因」があって今がある。
しかし、今の自分の境涯を 高めていくことで、
過去の因は 悪因ではなくして善因となる。
過去に囚われない。
いな、過去さえも変えていくことができるのです。
そして、今この瞬間の一念が変われば、
それが「現在の因」となって
「未来の果」をいくらでも変えていけます。
日蓮仏法は、太陽の仏法です。
現実を変革し、未来を創る希望哲学です。
わびしさや諦めなどない。
くよくよ愚痴をこぼすことなどありません。
今の一念がどうか。
それによって、常勝の道が深く、強く、できあがっていく。
生死流転の苦しみを断ち切り、
勝利と栄光の果を創造していけるのです。
名字の言>20
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