$DRAGONBALL 孫悟空の短期間のブログ
原発事故で事故そのものには収束宣言が出されはしたが、まだ放射能漏れは続いている。(0.1億ベクレル、年間換算0.03msvミリシーベルトつまり年間被爆量30マイクロシーベルト)

もはや、このくらいは仕方ねえと思うけどな。なるようにしか、なんねーよ。
最後に、ちょっと書いてみようかなと思うんだけど、孫悟空そのままになろうと思っても無理だと思うんですよ。描かれた当の本人がまるっきりそのままはちょっと不可能だな、と考えるのだから。亀仙人には「初老の警官」があてがわれていました。時代が時代だから、俺の少年時代は今と比較すると相当に荒かった。子供をぶん殴るとかいうのは愛情表現として日常茶飯事だったからね。そして時代が変わっていって、ドラゴンボールは長期連載だったから、きちんとした次世代への橋渡しが出来るようにと「トランクス」の登場があった。意外に思うかもしれないけれど、俺はトランクスの考えている事やエピソード等の事があまりよく把握しきれていなく、知りたくも考えた。魔人ブウ編でトランクスと悟天に悟空が詰問されるシーンがあるけど、あの時の悟空は俺の性格をよく捉えていてね・・・。そのままでいいかなとも考えたのだけれど、やはりよく知られすぎていたり読まれすぎている事を鑑みれば、自らに矯正が必要だった。政治とは無関係の漫画に思うかもしれないけどど、意外にもドラゴンボールには政治介入があったんですよ。国際関係に至るまでね。「宇宙一」とかは宗教観を表していて、重力の事はプレッシャーの事です。そのような事から、自分の作品からはなるべく政治宗教性を排除したいなと考えるようになった。だがしかし、人が生きる過程においては絶対に外せない要素なのです。そこでオリジナルに目をつけて、そのジャンルで何か出来ないかと考えるようになっていったのです。最近ではトランクスと悟天の気持ちが分かる。剣道を30過ぎてから始めたのもトランクスの事があったからかもしれません。俺は悟天が好きなんです。ドラゴンボールという漫画の中で一番好きなキャラは?と訪ねられたら、ちょっと迷うけど、悟天にすると思う。次世代を担っているのは、どう考えたって悟天なんだから。悟空の子供の頃と悟天の子供の頃では時代も違うし、している事が似ていてもなにより世界観が違う。そのような「ゆるさ」が悟天には備わっていて、孫悟空の爽快さとまたひと味違う爽快さがある。俺は孫悟空を描くと自己表現になってしまうから、だいたいオリジナルを描く場合にはトランクスと悟天の事を考えています。原理化は、やはり無理だと思います。色々な読み物がある訳だし。しかしながら被災があった時、俺の中に孫悟空の気持ちが蘇り、徹底抗戦となったのは、まぎれもない事実です。このような時の為に瞬発力の応用として描かれている「瞬間移動」が役に立つんですよ。物理的には出来ない事なのだけれど移動は出来る。瞬間的に移動するというだけで気持ちが切り替えられると言う訳です。悟飯と悟空のキャラがかぶっているけど、そのような描き方なので・・・。パワーバランス的には子は父を超えていてなんぼのもんじゃないですか。そのような事から、おしまいです。また何かする事があるかもしれないけれど、その時は今回のような騒ぎはまっぴら御免と思っています。楽天家なんだから仕方ないじゃないですかー。何も考えていないようで考えていると言うところが俺とDRAGONBALL孫悟空の自己同一性で、それは拭っても拭い切れないものなのですが、加賀充は加賀充ですから。俺(加賀充)の事を知る人は「悟空は悟空だけど・・・・」と言葉を濁すと思います。俺は地位とか名誉とかに甘んじている奴はブチ殺したくなってくるタイプだから。実戦の数は知れないよ。完璧な人間などいる訳がない。そんなもんですよ。俺が漫画に負けたくなかったのはそんなところにあったのです。今では勝った負けたではなくあんまり考えないようにするようになっちゃいましたが。ドラゴンボール次世代は天真爛漫に満ちあふれているように考えているのです。俺の時代とはもう違いますが、それでいいんじゃないですか。なによりその方が俺も楽しいんだから。ありがとうございました。