PHP(2024年7月号)の裏表紙より、

                                              『そこにこそあれ』 

                                                                                    加賀海 士郎

 “白鷺や独り朝餉か梅雨まぢか”  

 

 雨上がりの朝、いつものように散策に出かける。そろそろ紫陽花が大輪の花をつける頃、瑞々

しい青葉の上には振ったばかりの水滴が危なっかしく揺れている。近くの運河に立派な飾り羽を

頭の後ろに伸ばした白鷺が悠然と獲物を探して歩いている。

 

 飾り羽は繁殖期の白鷺の特徴らしいが雄(おす)という事なのだろうか、白鷺は、大抵単独

行動が多いようだが、朝餉なのだろう、こちらの視線を感じて急に羽を広げ飛び立った。悪い

ことをしたかもしれない、そっと見下ろしていたつもりだが、近づいて写真撮影することも素人には

容易ではない。遠くから驚かさずに望遠カメラで写さないと好いシャッターは切れそうにない。

 

 今朝は牛乳を切らしていたのでいつもとは違うルートで散歩がてら近くのコンビニヘ買い物に

出たのだ。淀川べりの運河とは異なり、民家の多い街中だが、決して珍しいことではない。時に

アイガモを見かけることもあるが、驚かせて済まないと思いながら帰宅して届いたばかりのPHP

7月号の裏表紙に目をやるとそこには標題とともに次のメッセージがありました。

 「室町幕府を開いた足利尊氏(あしかがたかうじ)は、自身が洛中(らくちゅう)に建立(こんりゅう)

した寺の境内(けいだい)に立つ一本の松に強い愛着を抱(いだ)いていたという。大きさ、形

とも彼にとって理想だったらしい。

 

 尊氏の松に対する思いは募(つの)る一方で、ついに驚(おどろ)くべき行動に出た。自分の

赴(おもむ)くところに、その松を都度植えかえるように命令したのである。

 そのため、松は尊氏の故郷、鎌倉(かまくら)へも持ち運ばれることとなった。

・・・中略・・・

 

 ところが異変が起こった。松が生気を喪(うしな)って言ったのである。驚いた尊氏は養生を

命じたものの、事態は変わらない。結局、京都の元の場所へ移動させたところ、松は生気

を取(と)り戻(もど)し、事なきを得たという。

 

 このように松一本の生育にしても天地自然の理(ことわり)に即している。いくら対象への思い

入れが強いからといって、適性を欠く扱(あつか)いをしては育つものも育たない。そこにあるべき

ものはそこにこそあれ。万人万物の繁栄(はんえい)は、それぞれにふさわしい処遇(しょぐう)を

守ることに尽(つ)きるのではないだろうか。」

 そう言えば、地酒は産まれた土地固有の命を持っているらしい、その地方の特産品に合うよう

に造られているという。地産地消という言葉があるが、その地域で生産したものを、その地域で

消費することにより生産者と消費者の距離を近づけ、両者の信頼関係を醸成したり、新鮮で

美味しいものを食べられるようにすることといえるが、考えてみれば人間も又、それぞれ、生まれ

育った産地がある。

 

 その土地の空気や文化に育まれて大きくなる訳だから独特の気質や体質が体に浸みこんでも

不思議ではない。やむを得ず故郷を離れて生活することになった人も多いだろうが、長年住み

慣れた土地の水や食べ物が美味しいと感じ、気が滅入ったり、体調不良をきたしたときなどは

生まれ故郷の産品が薬になるという。

 

 近頃は産地不明の食べ物はほとんど見当たらない。ふるさと納税も故郷を応援する意味で、

良いだろうが、まず、自分の健康には日頃から医食同源と心得、出来ればふるさと応援を…。

                                                

                                                 (完)