「脱皮できない蛇は滅びる」は勝 栄二郎(かつ・えいじろう)さんの「なるほどなと思う言葉」です。
勝 栄二郎さんは1950年生まれ、埼玉県出身。東大法卒。75年、大蔵省(現財務省)入省。為替資金課長、主計局主計官、官房長、主計局長などを経て2010年に財務事務次官。12年退官。13年6月からインターネットイニシアティブ社長。
(勝栄二郎さん)
自己実現へ常に変革
役所の中の役所といわれる財務省で、37年間働いてきた。大切にしている言葉も多くあると思いきや、「役人がいるのは現実の世界。座右の銘はない」と素っ気ない。一呼吸置き「なるほどなと思う言葉」としてあげたのが、哲学者ニーチェの<脱皮できない蛇は滅びる>。4歳から16歳まで暮らしたドイツで、知らず知らずのうちに頭に刻まれた。
この言葉を、「危機対応の時、もしくは(政策が)中長期的な過程に入った時に自己変革を行わなければならない」と解釈する。役人の仕事は、現状を分析し、それに対して政策を打っていくこと。日々「脱皮」を迫られる。「正に役所、役人の根幹」と話す。
それで思い出すのは、1995年6月、当時の為替資金課長に就いた時のことだ。円相場はこの年の4月に1ドル=79円75銭の戦後最高値を記録したばかりで、依然として1ドル=80円台の水準が続いていた。当時の外国為替市場は、米国の経済指標には反応するが、日本の指標には反応せず、円安に動いていい局面でも動かないことが多かった。
そこで当時の大蔵省が指標を発表する時間を夕方から午前9時前に変え、発表内容に合わせて為替介入を実施して市場に方向性を示した。8月には、国外にお金が出やすくなるように海外投融資の規制緩和を行い、米国との協調介入にも踏み切る。日本経済を悩ませていた円高は急速に解決へ向かった。
その後、日本経済は97、98年の金融機関の相次ぐ破綻、2008年のリーマン・ショックと何度も危機に直面した。政府の中枢で奔走してきたが、「対応がうまくいったのかどうかよくわからない」と振り返る。新しいタイプの企業は多くは現れず、既存の日本企業は合理化を最優先したとみるからだ。技術革新を生み出すような「脱皮」を果たしたかどうかは疑問だ。
昨年6月、インターネットイニシアティブ社(IIJ)の鈴木幸一社長(当時)に請われ、畑違いのインターネットの世界へ飛び込んだ。IIJは日本で最初に商用プロバイダー業務を始めた企業だが、次々に現れるライバルや新サービスとの競争は激しく、常に「脱皮」が続く。
「職場は自己実現の場」という社是を知った時は感激したという。仕事に費やす時間は人生の大半であり、意識一つで生きがいが違ってくるからだ。社員が生きがいを見いだせる環境をトップが提供すれば、「あとは自分たちでいろいろ考え、脱皮する蛇になるはず」と確信している。
(読売新聞「言葉のアルバム」2014年4月11日)
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